MISSYOU | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
MISSYOU

19

「リオン!ごっ、ごめんね、遅くなって・・・」
「全くだ。ただでさえそこの、水族館というのはオープンしたばかりで混むんだろう。お弁当作って早起きしようねなんてほざいていた奴が12時になっても呑気に寝てるんだもんな」

大型連休最終日という事もありUターンラッシュでごった返す高速道路を制限速度ギリギリと言いながら120キロスレスレのスピードを保ちながら駆け抜ける1台の車。
助手席は酔うからと後部座席で有名なファーストフード店の朝のマフィンを食べながら甘いココアを飲み干すリオンに謝り続ける海の化粧はいつもよりも濃く見えるし、昨日のカジュアルファッションから再び今日は淡いピンクの清楚なワンピースに足元は少しヒールのあるパンプスとめかしこんでいる。昨日は海にとってはただの買い物、そして今日は、海はリオンとの初めての遠出に胸の高鳴りを感じていた。

「昨日の埋め合わせにデートしようなんて誘っておきながら肝心の言い出しっぺが遅刻か。」

「本当にごめんなさい・・・」

しょんぼりと叱られた犬みたいな表情で落ち込む海を横目にリオンは窓の外を眺めながらも内心海が気を遣って自分を外へ連れ出してくれたことを嬉しいと思っていた。
昨日の海翔とのデートが結局どうだったのかは知りたくもないし、興味が無いといえば嘘になるが、こうしてデートに誘ってくれたこと、デートと言う名目。海が海なりに自分との遠出を申し出てくれたことが捻くれた思考の中で嬉しくもあった。そして何よりもポケットの黒いスマホ。

海が買ってきてくれたお土産に早速フィルムガラスを貼り、黒地にクロスの入ったスマホケースも海がわざわざ買ってくれたのかクールなリオンに良く映えている。
海が自分のことをどう思うかなんて興味もないし知らなくてもいいが、海なりに自分を気遣ってくれるのが本当は嬉しいと感じていた。

「車酔いは平気?」

「ああ、問題ない。」

初めての遠出。高速道路をひた走り、この前行ったアウトレットの近くの大きな水族館を目指す。海の担当している顧客がキャンペーンで当たった水族館のフリーパスをあげると言われ、海がリオンを誘ったのだが、内心文句を言いながらもリオンは海と初めての遠出という事で普段家と図書館にしか行かないリオンにとって知らない場所へ出かけるというのは楽しみでもあった。

「思ったより混んでるな・・・」

「でも、連休最終日の割には少ないほうだよ、」

「これでか?」

さもうんざりしたかのように日本特有の湿っついた暑さにうんざりしながらリオンは冬は凍える風が寒くて痛いくらいだったのに半年も変わるだけでこんなにも暑くなるなんて温厚なセインガルド暮らしのリオンには日本の四季は驚かされるばかりだ。しかもこれはまだ暑いとは言わないと海に言われ、これ以上暑くなるなんて有り得ないと思った。

「水族館というのは単に魚を水槽に入れて人を呼ぶだけなのか?これだけのためにわざわざ県外から人を呼んで大掛かりな装置やら何やらしかけて高い金を巻き上げるのか」

魚が自由に海の中を泳いでいるかのような錯覚にするトンネルやかわいいペンギンやラッコにうっとりしたように見とれる海を横目にリオンはとにかくごった返す人の群れにうんざりして辛辣な口調だ。

こんなことなら遠出してまで人にもみくちゃにされるくらいなら図書館で静かに本を読んでいた方が遥かにマシだと思ったが、いちいちかわいいだとか素敵だとか思ったことを隠さずぽんぽん言い放つ海のころころ変わる表情を見ればそんなことはとても言えない。やたらといつもよりめかしこんでいるが、リオンにとってはどうでもよかった。

「でもね!それだけじゃないのよ!メインはこのイルカのショーなんだから!早く早く!次の始まっちゃう!」

そうして海がリオンの手を引き歩き出すとふわふわと柔らかそうな髪やピアスが揺れてリオンの視界に映った。遠巻きに見て海はマリアンのように黒髪の美しい美女ではない、しかし、その無邪気な微笑みに何故か惹かれる自分もいた。無垢で純粋な海。大人という生き物は野心や欲望で汚れているとうんざりして、彼女も同じなのかと思えば、同じ時間を共有するうちに海を知れば知るほど、海は穢い大人とは違うのだとわかる。
慌ててふたりが腰掛けたのはぐるりと観客席に囲まれた透明なショーにしてはアクリル面のない珍しい大きなプールだ。イルカとアシカのショーと言うことでウエットスーツを着たスタッフがイルカに乗って姿を現すとあっという間にプールを取り囲むように人が埋め尽くし、海とリオンも狭そうに身を寄せ合い可愛いイルカとアシカのショーに海は瞳を輝かせている。

お茶目で愛嬌もあり、愛らしい瞳と可愛らしい鳴き声に知性も高く、そして人間と同じ哺乳類。イルカという生き物を生で目の当たりにしたリオンはそのツルツルした身体で様々な芸をお披露目するイルカに釘付けになっていた。
海といえばリオンの世界では魔物の住む危険な地域。しかし、ここの海は穏やかで優しくて、そしてたくさんの生き物たちが生きている。

「あっ!かわいい!!お利口さんだね、ちゃんと挨拶してる!」

「イルカは知性が高いらしいな・・・お前より頭がいいんじゃないか?」

「むっ!」

考えてみたりはしたが、自分はいつあの世界に帰れるのか、そもそも帰り方も知らないのに。まして、帰ったところで自分は裏切り者として罪を犯したのだから囚われるに違いない。
これからも海と暮らし、この世界で生きていくのだろうか。しかしこの世界もリオンたちの世界から比べれば平和であるが、その平和のために抑止力として核を保持し、ギリギリの状態で均衡を保って暮らしているようにも見えた。この世界の過去の歴史を知ればリオンは幾度も戦乱や災害にこの日本という国は見舞われているのだと
感じていた。

「あっ!リオン!イルカさんこっち来るよ!」

「お姉ちゃ〜ん立ち上がると見えなーい」

「ご、ごめんね、」

「馬鹿め、」

こっちに向かってイルカがすいすいと泳いでくると海は嬉しそうにスマホ片手にそのジャンプの瞬間を撮ろうとすると海の後ろに座っていた子供に注意を受けしょんぼりした顔で腰を下ろす。子供にまで注意される大人なんて見たことがない。思わず吹き出してしまい海は真っ赤な顔で目を背けた瞬間、イルカが二人の眼前を横切り尾鰭をバタバタと動かし、そのまま観客席に向かって水をかけてきたのだ!

「くっ・・・!あいつ!!」

「あっははは!お水飛んできちゃったね!」

頭から水をかぶり見事にずぶ濡れの2人。リオンはもう我慢ならないとお怒りに肩を震わせているが海は楽しくてたまらないのかハンカチをリオンに渡しながら大声で笑っていた。

「楽しかったね!」

「最悪だ」

ずぶ濡れになりながらも暑かったので清涼感も味わうことが出来て素晴らしいショーだった。
去り際にイルカがみんなに挨拶をしてスタッフを乗せてプールから去っていく。

「ありがとうございました!!ではリオンにもう一度拍手をお願いしま〜す!」

「えっ?」

リオンが思わず耳を疑えば確かにリオンと聞こえた。いたずらっ子のまだ幼いイルカはなんとリオンとおんなじ名前だったのだ!これには耐えられず再び笑い出した海にリオンの怒号が再度飛ぶ。

お昼を食べる頃にはリオンはぐったりしていた。
ダリルシェイドも都会だったがこっちの世界とは訳が違う。見兼ねた海が頼んだのは。

「なんだこれは」

「オーシャンパフェだって、一緒に食べよう」

「同じ皿で食べるなんてマナー違反だぞ」

「まぁまぁ、そんな固いことは気にしないで、ほら、あっちのカップルも」

そうして海が指さす先には仲良くひとつのパフェを食べさせあいっこしている光景が視界に飛び込んできて。確かにリオンの好きなのパフェだが1人で食べられるか?と言われたらそうでもない。最近この世界の食事には慣れてきてあの世界にいた時には全く食べたいと思わなかったのに、食欲も出てきた胃袋だが海の笑顔に促されまだずぶ濡れになって暫くしか経っておらずまだ不機嫌なリオンだがそのままスプーンを手に取るとパフェを一口、二口と食べ始めた。

「おいしい?」

「まぁな。」

相変わらず素直ではないが、はじめは冷徹なリオンの表情はだいぶ和らいだのか美味しいと聞かれればそれなりの返事も返してくれるようになり、海は今日リオンとここに来てよかったと笑みを浮かべた。

「ねぇ、リオン、」

「なんだ?」

ふたりでふよふよと、海に浮かぶ不思議な生物、クラゲの水槽を見つめながら少し暗い幻想的な世界の中で海はぼんやりと、見つめながら彼を呼ぶ。

「マリアンさんのこと、聞いてもいい?」

そうして、海が控えめに問いかけたのは、忘れもしない、最愛の人、自分が命に代えても守ろうとしたマリアンのことだった。

「聞いてどうする。」

「だって、いっつもクールで、女の人の身体を見たり、キスしてるシーンとか見てもなんとも思わないリオンの好きな人だよ?きっと、すごい綺麗な人なんだよね。」

「エミリオ!」

棚引く切りそろえられた腰まである長い髪。綺麗な微笑み。大きな瞳。確かにそうだ、いい香りがして、いつも自分の帰りを待っていてくれた。危険な任務が伴った時、風邪を引いた時も献身的に看病してくれて。いつも傍に居てくれて・・・冷えきった屋敷での生活を明るく優しく照らしてくれた。

「そうだな、そこら辺のテレビに出てる女優よりも綺麗だった。屋敷のメイドをしていて、出会った時は僕はまだ6歳で、・・・黒い髪の長い、綺麗な女性(ひと)だったな。」

「好きだったんだね、」

好き?しかし、そう問われてリオンは立ち止まる。
確かにマリアンは好きだった、しかし、キスがしたいとか、触れたいとか、恋人が抱くようなそんな感情は、決して、抱いたことはなかった。触れたくても触れられない、そんな存在だった。

しかし、他人である海を見てリオンは思う。この感情はなんなのか、マリアンも確かに他人だったが、他人である海と同じ時間を共有して、血よりも抗えない海に対する複雑な感情が今は胸を占めていた。

「なぁ、お前はよくマリアンが好きだとかどうだとかよく聞いてくるが、ならば、お前の言う好きとはどういう感情だ?」

「えっ!?」

ゆらゆらクラゲが揺れる。その青い幻想的な空間には海とリオンだけ。こんな祝日の日にまるでタイミングを見計らったかのように神様はふたりをこの世界に閉じ込めたようで。リオンに真っ直ぐな瞳で見つめられ、海は思わず言葉に詰まる。時折すべてを見透かしたようなリオンの瞳は海の心を鷲掴みにした。

「それは・・・例えば、一緒にいて、ああこの人に、抱き締められたい、抱き締めたい。でも、それは出来なくて、でも、触れたくて、たまらなく切なくなるの・・・それで、もっとこの人を知りたい、一緒にいたいって、私は、好きって、そんな感情だと思うんだ。」

まるでこれではリオンにそれを請うようではないか。しかし、リオンは海が前に付き合っていた恋人を思い出しているのだとリオンは錯覚している。
リオンはマリアンをたしかに思っている。しかし、彼女に触れてどうこうしたい訳ではなくて、ただ、そばにいるだけでマリアンは癒しであり、そして、決して手の届かない存在だった。

「ご、ごめんね・・・た、多分ね、私の好きと、リオンの好きって大きく違うと思う・・・」

「・・・いや・・・僕こそ悪かった。それなら、僕がマリアンに抱く感情は違うかもしれない・・・」

それは例えるならばマリアンを慕う思い。触れてこの腕に抱き締めて口付けをしたり、抱き合うなんて、想像したこともなかった。しかし、それが恋だと、海は言う。

「お前は、そう言う思いを抱いていたんだな。」

「う、うん・・・今は、違うけどね」

少し気まずそうに下を向く海に、ここのクラゲのフロアへ人が流れてきた。賑やかな声に現実に戻され、リオンは会話を遮るようにクラゲの空間から抜け出すように出口へ向かい、お土産コーナーへと歩き出した。

リオンもリオンで、純粋に誰かを素直に好きだと告げる海の笑顔にますます心を掴まれたようだった。そして、そんな海に愛されているのに彼女を一人あのマンションに置き去りにした男のことを憎たらしく感じた。
命を懸けてまで守り続けたマリアンのことは、不思議と前よりももっと家族に似た感情だったことを今更ながらに感じた。
だって、彼女は自分を果たしてそんなふうに思ってくれていただろうか。
父親に愛されない可愛そうなエミリオのまま、マリアンは自分を憐憫の対象としてでしか、見ていないのだから。

「ふぅ、楽しかったね。お土産も買えたし、満足満足。」

「いい歳した大人がそんな大きなイルカのぬいぐるみを抱えて・・・」

「えーっ!いいじゃない!かわいいでしょ?」

「はぁ、」

すっかり日も暮れて、大きなイルカのぬいぐるみを抱えた海の姿に呆れながらもリオンもなんだかんだで楽しんだようだ。
来た道をたどるように高速道路に乗ろうとした時、海は料金所に差し掛かる手前でUターンしてくる車の列とすれちがい高速道路の電光掲示板にデカデカと表示されている内容に声を荒らげたいきなり急ブレーキをかけた。

「あっ!待って、これって・・・ええーっ!!事故の為通行止めですって!?」

「おい!急にブレーキを踏むな!!」

急にブレーキを踏むもんだから後ろのリオンはたまったもんじゃない。思い切り前のめりになり、高速道路に差し掛かるためシートベルトを身に付けていたが、もし普通の道ならば危うくフロントガラスにそのまま突っ込むところだった。

「高速道路じゃなくて下道で帰れって言うの!?明日からお仕事なのに・・・!」

「どのくらい時間がかかるんだ?」

「わかんない・・・連休最終日だし、何時間かかるかな・・・いつも高速道路でぴゅーんって走ってたから下道ってあんまり走り慣れてないのよね。しかもここってメインの国道だし、四車線だしすごい混むの!」

「お前、運転は得意なんだろう?」

「そうなんだけど・・・」

何やら不安そうな面持ちの海にリオンは呆れ混じりに今夜は何時に帰れるのか、18時に設定した炊飯器のタイマーまで間に合わないだろうと悟るのだった。

「確かに混んでるな・・・」

「うん、なかなか進まないね・・・」

「どうせのろまな1台がとろとろ走っているんだろう」

車はたしかに便利だがそれを各家庭で所持し、さらに連休最終日となればその渋滞はいつも以上に混雑を極めておりいざ走り出してみれば水族館やアウトレットに隣接しているここの地域は海達の住んでいる比較的田舎の道路よりも大変混雑している。このままのろのろ運転では本当にいつ帰れるのか分からない。
夕暮れになり腹も空いてきたし、何よりも・・・

「海、馬鹿かお前は!?何呑気に寝てる!」

「はっ!あ、ご、ごめん!」

「恐ろしい奴だ、お前と心中なんて冗談じゃない!」

そう、運転席の海が長い長い車の列に水族館ではしゃぎすぎてエネルギーを消費したのか海は今にも寝てしまいそうで。
リオンが後から何度か声をかけるも海はほとんど気力で運転しているようなもんだった。
リオンは溜息をつきながら元々器用で機械の操作や操縦までお手の物なのですっかり使い慣れたスマホを片手に道路の状況を調べる。海の代わりに自分が運転しようと思えばきっと運転なんてすぐにマスターできるがあいにくこの世界はライセンスが無ければ運転出来ないし、もし事故を起こせば警察に捕まり海も未成年で無免許運転をさせたとして、ただでは済まない。ならばと高速道路の状況を見るも通行止め回復の兆しは全く見えない。これでは駄目だ。リオンは眠たそうに運転する海を気遣い近くの焼肉屋を指した。

「おい、この道路状況なら当分は帰れないぞ。お前も疲れてるんだろう。なら交通量が減るまでどこかで時間でも潰すのがいいだろう」

「あ・・・焼肉・・・うん、そうだね。お腹も空いたし、そうしようか」

そうして海はリオンに促され国道沿いのチェーン店の焼肉屋にひとまず駆け込んだのだった。

「はぁ〜おいしいねっ!幸せだね〜」

「今の今まで運転しているのに船漕いで寝そうな奴がなんでそんな満面の笑みで食事してるんだ・・・」

そうして海は食べ放題コースでさっきまで眠たそうだったのが打って変わってニコニコ嬉しそうにリオンの分まで焼肉を楽しんでいた。
明日からの仕事のことも忘れはしゃぐ海を横目にリオンはあまり肉を好まないというかそもそも食に対しても興味もなかったが、海と出歩きいろいろな料理を口にするうちに今まで自分がどれだけ食に対して無関心だったのかを知る。それにしてもこの世界の料理はどれもこれも不思議だ。美味しいと思うし、食に対する興味も出てきた。

ここで自分たちが口にするものがどういう過程で生産されているか、とか、その国やその土地の独自の味だとか、スマホという便利な機能を手に入れたリオンはなんでも疑問に思ったことを調べ尽くした。

「リオンが焼肉屋に寄ろうって言ってくれなかったら私、もしかしたら事故を起こしてたかもしれない。だから、本当にありがとうね、リオン。」

にこりと明るい笑顔で、思わずこっちまで微笑み返してしまいそうなほどの眩い笑顔で、面と向かってお礼を言う海に目をそらしながらもリオンは胸の内が温かくなるようだった。
あんなに最期まで思っていたマリアンの美しい笑顔よりも、海の弾けるような笑顔に知らず知らずに惹かれているなんて決して本人は認めないだろうが。
むしろ、礼を言うのは伝えるのは自分なのだ。こんな自分を拾って出会った時から変わらない笑顔で自分に接してくれる海。恋の痛手を抱えながらも気丈に振る舞う海を見てリオンは思うのだ、自分を見つけてくれたのが、彼女でよかったと。


To be continue…








prevnext
[back to top]