MISSYOU | ナノ
×
第4回BLove小説・漫画コンテスト応募作品募集中!
テーマ「推しとの恋」
- ナノ -
MISSYOU

17

降りだした急な通り雨が大地を打ち鳴らす。
リオンが暴漢に襲われて怪我を追ったあの日を境にふたりの口喧嘩は激減した。あれから幾度も言葉を交わし、過ごした時間が過ぎれば過ぎるほどリオンは海と言う他人を拒み続けてきた自分が今では他人の海にしか頼ることで何とか雨風をしのぎ衣食住を保つ事が出来る世界で唯一の知り合いとなった海と会話をすることに慣れたのか、この世界に慣れたのか、今まで他人を切り捨てて生きてきた自分が今はこうして他人でありしかも見下していた女という生き物と共に暮らしている。

状況により心情まで変わったのか。不思議な変化を彼女にもたらされたのだろう。
リオンは微睡みの中にマリアンの幻想を見た。しかし、それは触れることの叶わなかったただの暗闇に浮かぶ白い残響でしかない。今、自分の目の前にいるのはマリアンではないのだ。
そんな空虚な世界で出会った夢のような日々すらそれは笑いの消えない空間だった。

しかし、襲い来る感じる孤独はあまりにも痛くて。夜な夜な褪せぬ残像が時々リオンを苦しめた。今はきっと夢見た世界に居るのだろう。

眠れない・・・。

図書館でこの世界の文字の読書の勉強も兼ねて借りてきた難しい書物を読まねば犯した罪にじわじわと侵食されて。罪は消えない、離れた世界で時が過ぎるほどにリオンはただ生の実感を得た。何度も何度も寝返りを打ち、そして、罪の意識も、同等に苛まれて。
薄手の毛布を蹴破り起き上がったリオンはまだ初夏入り前だと言うのに額にはひどい脂汗をかいていた。

カラカラに喉が酷く乾いていて呼吸をするたびに乾いた空気が駆け抜けていった。
孤独が支配する虚無の部屋。静かに立ち上がると落ち着いた雰囲気漂う海とかつて暮らしていたと言われる恋人の部屋を出て暗闇のなかで冷蔵庫を開けた。

開かれた冷蔵庫にある果汁100%のジュースを取り、コップに注ぐとそれを一気に飲み干し乾いた喉を潤した。

キッチンから見えた窓からは微かに明るい街並みが見えた。窓を打ち付ける激しい雨、晴天が続いていたと思ったがまた雨か。花粉症で苦しむ海には幸せだろうが、静かな夜にしとどに降りやまぬ雨は思い出したくない記憶までをも呼び起こすものだ。
不意に背後から歩いてきた足音に気付くと、そこにはやはり、電気のスイッチを押すと膝下まで長く伸びたゆったりしたワンピースを着た海が不思議そうにこちらを見ている。グラスを濯いで元のラックに戻すと海は皿に残したままラップをかけたサラダを口に運んだ。

「眠れないのか?」
「そっちこそ」

不意に言葉を投げ掛ける。意地悪く見つめあい笑みと言葉を交わして。お互いに嫌な夢を見たらしくなかなか寝付けない。どんな夢だろうがトラウマだろうが口にはしなくても察することはできる。

「飲むか、」
「うん、」

静かに降りしきる雨の音を聴きながら一気にリオンがコップに注いでくれたジュースをごくごくと飲み干す海。
束の間の静寂、夢のような時間、どちらが夢でどちらが現実か、理解するのも曖昧だった。
今まで孤独の中にいた海に同じく孤独だったリオンが引き合うように結びあって。

だから、お互いがお互いの孤独や過去を知らなくとも対話を果たしていた。逆に、二人はお互いの過去を深く知らないし知ろうともしない、語らないからこそ今まで奇妙な共同生活をしていた。

「リオンも眠れないの?」
「寝覚めが悪くてな、少し・・・お前もだろ、薬は飲んだのか?」
「うん。効くまで起きてようかなって。ねぇ、少し、話さない?」

大型連休でちょうど明日も休みの海がリオンに小さな提案をした。深い意味はなく、ちょうどリオンも寝れそうにもない。こんな雨の日は特にそうだ。
悪くはない提案だ。珍しくリオンも賛同の意を示した。

「何か食べる?」
「こんな夜中にか。太るそ?」
「むっ!じゃあ食べません」

文句を言いながらソファに腰かける海にリオンもひとつしかない為海の隣に座る。二人が座るにはあまりにも小さいソファで気を抜けば肘と肘がぶつかりそれがいつも喧嘩の原因となっていた。暇がてらTVをつけてはみたがこんな真夜中に何も放映などされていない。エンドレスで流れる天気予報や音楽に溜息をつく。仕方なくDVDで借りてきた映画を流すことにした。

「それで、どんな映画だ?」
「うん、ゾンビは知ってるでしょう?」
「未知のウイルスでおかしくなったアンデットだろ、」
「そうそう、ゾンビだらけの世界になってしまったんだけど、生き残った四人が出会ってね、ゾンビがいない夢の遊園地を目指すの、それがね、すっごく面白いんだって、」
「そうだな、認めたくはないがお前が選択する映画はどれも面白い」

人食いゾンビだらけになったアメリカで自らに課したルールで1人生き残った胃弱な大学生と個性豊かなペテン師姉妹とカウボーイみたいな中年がゾンビがいないと噂される遊園地を目指す有名なコメディ映画だ。興味本意だが観てみたい気もある。リオンは食い入るようにあの世界には無い娯楽である寸劇が観れる映画に夢中になった。

この世界は気晴らしになるものがたくさんある。閉鎖的だった生活に娯楽は本しかなかったリオンにとって映画は今までの辛い柵をわずかな時間だろうが忘れさせてくれた。


突然ゾンビに変異した可愛い隣人の女性ゾンビから逃げ回る主人公がトイレの蓋を手にゾンビを殴ったり逃げ回ったり、そんなハラハラするシーンもコミカル調に描かれている。涙目で笑い転げる海。
泣いたり笑ったり、彼女と暮らしてから知れば知るほどに次々変わる表情や打算や合理的ではない純真な海の性格にただリオンは目を離せなくなっていた。

そんな彼女の無邪気なお世辞にも品のよくない笑い声に最初は集中力が散漫になり苛立ってはいたが次第にリオンはその笑みを横目で見つめながらコロコロ変わるその表情を見つめていたいと、少なからず願っていた。その時、真夜中にも関わらずお構い無しに笑い転げていた海が急にぴたりと笑うのをやめてリオンをじっと見つめている。

「えっ、リオンが!」
「何だ?」
「リオンが、わっ、笑った・・・」

そして、コミカルに展開は早く流れちょうどハリウッドスター本人の屋敷でハリウッドスターが出てくるシーンで彼が特殊メイクでゾンビに成り済ましていると知り、滅多に笑わない、むしろ何をしてもにこりともしない意地悪な笑みしか見せなかったリオンが急に声をあげ笑い出したのだ。
リオンなりの笑いのツボがあったのだろうか。
それとも、笑い声をあげる海につられたのだろうか。しかし、当のリオンは指摘されたことに全く気付いていない。どうやら無意識に笑っていたようだ。

「リオンが、ちゃんと笑った・・・」
「何だ。悪いか、」
「違うの、・・・すごく、」

ふと、コメディ映画で泣くシーンなどありはしないのにはらはらと急に涙を流しはじめた海の表情にリオンは瞬きを止めたのだ。さっきまでニコニコ笑っていたのに。急に今度は泣き出したり、

「おい!お前はなんでまた急に泣き出すんだ」
「うぅん・・・何でもない、何でもないの・・・ただ、ただね、嬉しいの」
「何が嬉しい?」
「リオンが、やっと、笑ってくれたから、」

ただ、それだけだとリオンは訝しげに眉を寄せて海を見た。
しかし、映画の終盤、最高潮に盛り上がるラストに目もくれず泣き出した海にはとっても大切な変化であった。
仏頂面だったリオンが微かに見せた笑みはとても眩しく見えて、赤らんだ頬をして海はリオンの笑みに強く胸を締め付けられるようだった。

「お前にもあるようにな、僕にも笑うときはある。」
「うん、うん、」
「本当に変な女だな。笑ったくらいで何故泣く、いつも・・・本当に、初めてだ、僕を振り回す女なんて。」

もし、彼女を思うに等しい切っ掛けがあるとしたらもしかしたらこの夜とこの映画が原因だったのかもしれない。

面影や寂しさを埋め合わすように、僕は次第に彼女の優しさに依存し、貪るように惹かれて行く。抗いは意味など持たない。あるがままに従えばいい。彼女に惹かれたのは必然であり、運命だったのかもしれない。


悪夢の終わりから目覚めたのだと、


雨上がりの空を見上げた。今日は見事な快晴だ。五月の爽やかな空を見上げてリオンは洗濯物を干していた。

その後ろでは海は久々に友里と女同士気兼ねなくショッピングに出掛ける為にひとりでファッションショーを開催していた。

「ねぇねぇ、リオン、これはどうかな?」
「知らん。僕に聞いてどうする」
「女の子の服くらい見立ててくれたっていいじゃないの」
「フン、ぎゃあぎゃあうるさいんだよ。それに、僕の前で、いちいち着替えるな!見苦しい!!」
「じゃあ、見なきゃいいじゃない!リオンのエッチ!」
「なっ!?誰がだ!お前の無駄な贅肉まみれの身体を見たら食欲も失せる!」
「むっ!何よそれ、やっぱり見てるんじゃない!」
「知らん、勝手にしろ。」
「あっ、図星ね!リオンのムッツリ!」

昨夜のふたりは何処へやら。相変わらず喧騒が絶えないのは日常茶飯事だった。

「もう!それでねっ、リオンったらホントにむかつくんだよっ!」
「はいはい〜」
「友里ちゃん、話聞いてる?」
「ん〜だってさぁ、あんたたちの話聞いてるとぜんぜん仲悪そうに見えないんだもの」
「えっ!」
「あんた、まさかまんざらでもなかったりするの?
だって、もう一緒に暮らしはじめて4ヶ月くらいたつんじゃない?どうなの?」
「えっううん、どうって、リオンは年下の綺麗なお顔の男の子だよ」
「ほら、今リオンって。いつのまに呼び捨てで呼んじゃって!は〜お姉さん寂しいわぁ〜ふたりは熱い夜をいくつ重ねたのかしら?リオンって上手いの??」
「ちっ、違うったら!私たちはそんな関係じゃないよっ?エッチなんかしてないからねっ!」

2人で観たコッテコテに甘いラブストーリーの映画のあとにケーキとコーヒーを楽しんでいた午後のランチに反響する海の声、否定は肯定か、勢いよく立ち上がると思い切り首を横に振り否定する海の巨大な声に店員までも振り返った。

「わ、わかったから!!座りなさいよ!恥ずかしい!シラフで何言ってるのよ!」
「ご、ごめんなさいっ!」
「とにかく、リオンとは何でもないのね。分かったわ、」
「う、うん」
「あんなに美形なのに勿体ないわ〜わたしだったらたぶん〜襲うわね。」
「ええ!?だっ、ダメだよ!リオンは全く女の子の気持ちわかってないんだよ、無愛想だし、生意気だし!見た目はたしかにそりゃ、そりゃ、カッコいいけども・・・ぜんぜんいい所なんてないんだから!」
「はぁ・・・あんたってホントに可愛い性格ね。真っ赤な顔して、何だかんだで気に入ってるんでしょ?年上のおっさんよりも年下の方が若くて体力もあって自分好みに出来て、いいじゃない。で、海翔はどうなの?」
「海翔君?ああ、ラインとか来たらちゃんと返してるよ」
「そうじゃなくてさぁ、ちゃんと会ってあげたりしてんの?」
「えっ?」
「海翔、またあんたと遊びたいって言ってたよ。」

しかし、海は思考を止めてまたふ、と空っぽになったケーキの皿をフォークで弄りながら考えた。

「海翔君は、だって」
「やっぱり、まだあいつのこと、忘れられない?」
「うぅん・・・そうじゃ、ないけども。」
「あんた、やっぱリオンが好きなんじゃないの?」
「それは・・・」

違う、また否定すればいいだけの言葉すら躊躇うのは何故か。髪型を変えただけ、ただ、リオンが見せた笑顔が、忘れられないだけなのに。記憶は鮮明に覚えている。

「ねぇ、ならなおさら海翔と会ってあげてよ、あいつも今大学休みなはずで暇してると思うよ。」
「うん」
「今が一番楽しい時期じゃない。色んな男の人と接してもっとよく知りなさいよ。あんた若いんだから。」
「そうかな」

海翔から毎晩のようにメッセージが来るが確かに当たり障りのない会話のみでいつも終わらせてしまっていた。それでも海の脳裏を過るのはやはりリオンのあの憎たらしい笑みだった。

「うん、うん、じゃあ、また明日ね。お休みなさい。」

結局、友里の仲介もあり半ば強引な日取りで明日の休みには海翔と出掛けることに決まった。風呂上がりの髪をタオルで拭きながら出てくると、海はちょうど海翔と電話を終えた頃だった。

「なんだ?また明日出掛けるのか。」
「あ、うん、そうなの。」
「その割には、あまり嬉しそうには見えないが。1人でまた下着姿で着替えたらどうだ?」

リオンなりの皮肉にいつもなら頬を膨らませて拗ねる海、しかし、今日の海はあまり嬉しそうではないし自分の皮肉にも反応しない。

「海翔か・・・」
「そうだよ」
「そうか、良かったな。おめでとう」
「えっ!なんのこと?」

昔の恋に未練などない。夏に向けて、何時までも過去を引きずらずに新しい恋をすべきなのだろう。しかし、咄嗟に背中を向けたリオンの抑揚のない言葉がやけに冷たく感じて。激しくこころを強く握り締めたように甘く痛んだ。
まさか、期待したのか?リオンに引き留めてほしかったのか。

「ああ、そういう事ね・・・」

そんな筈などないと分かっていたのに。海は分かっていながら小さく笑みをのせた。微かに瞳を潤ませていたことも気付かずに。

リオンの胸で涙を流したあの優しい雨の降る夜がひどく懐かしく感じられた。寝ぼけ眼でリオンと重ねたキスの温かさや心地よさもそう、懐かしく満たされた気持ち。
いつの間にか、本当に自分でも無意識のうちに、リオンと共にいる日々を当たり前に感じていた。
だから、忘れていた。
この生活には凌駕できないリミットがあることを。
遅かれ早かれリオンは異世界の存在であって其処には戸籍も存在しない。
いつか帰る身であって、異なる世界で巡り会った二人の運命など、たまたま、偶然の積み重ねだけであり意味は何も答えを持たない。
ならば自分はこの世界で新しく踏み出すしかない。新しい恋に向けて、少しでも忘れられるようになれば。

化粧を洗い落とし、湯船に浸かり、お気に入りのスクラブで肌を丁寧にマッサージする安らぎの時間なのに、気持ちがいつまでも安らぐことはなくて、海はため息をつきピンクに染まった浴槽から出ると肌触りのいいパイル地のマキシ丈のワンピースを着て髪を乾かすのも億劫だとタオルを頭に巻き付けベッドに向かう。
しかし、ベッドがある部屋に行くには嫌でもリオンと顔を合わせなければいけない。さっきのやり取りもあり気まずくてどう顔を合わせたらいいのかわからない。
リオンと会話するのがとても気まずかった。

「お、おやすみ!」
「寝るのか、まだ8時だが。」
「えっと・・・!」

こうなったら早足で部屋に戻ろう、せかせかとあわててリビングを通過しようとした海に何も知らないリオンが不思議そうにその小さな背中に言葉を投げ掛けた。

「明日は、デートだもん。早く寝なきゃ、じゃ、じゃあねっ」

おっとりしている海からは俄に信じがたい早足で歩き出した姿は逃げ出しているようで。リオンが見逃さないはずがない。吐き捨てるような低い声が海に突き刺さった。

「結局、お前も同じか。」
「え?」
「他の女と同じで、あっさり、忘れられるんだな。あんなに泣いていたのにな。他の男に安らぎを求めるのか。」
「っ、違う!忘れられるわけ、ないじゃない!けど、もう、好きじゃないもん、海翔君とはただ会うだけ、何もないデートするだけだもん!」
「なら、何故急に会う必要がある?お前は知らない、あいつはな、女ならば誰でもいい最低の「聞きたくないったら!」

聞きたくないとその時、海がとっさに投げたタオルがリオンの肩にぶつかって落ちる。しかし、リオンはただ怒りもせず、真っ直ぐなほどに海を見つめていた。

「忘れることの出来る人間はいいな。忘れられる人の気持ちなど知らないと言うことだ。」
「心配、してくれてるの?私が、また傷つかないように」
「全く、本当におめでたいやつだな。僕がそんなお人好しに見えるのか。お前、本当に容赦ないな。誰かに、叩かれたなんて初めてだ。」
「リオン君・・・」
「僕は、どうせ消え失せる。忘れられる訳だ、お前の記憶からも、僕はいつか此処から居なくなる、お前の記憶から消え失せるさ。」
「なんでそんな悲しい事言うの!?私はリオン君がいなくなってほしいなんて思ってない!」

リオンなりの不器用な回りくどい言葉。彼は多くの真実を語らないし自分の気持ちを素直には明かさない。ただ海はあわてて謝罪し、その言葉を否定した。
言葉より先に出した痛む手はそれに等しく、リオンがその痛みをきっと一番に受けた。咄嗟に叩いてしまい、海は自らの過ちを悔やんだ。

今の曖昧な自分の気持ちをリオンは見抜いていたのかもしれない。照れ隠しだろうか。背中を向けたリオンに、海は思わず口より先にリオンの背中に縋るように飛び付いていた。突き飛ばされるかと思ったが、リオンは黙ったまま海を受け入れている。

「急にタオルなんて投げたりして、ごめんね・・・ごめんなさ・・・い」
「いちいち泣くのか。迷ってばかりで、その孤独をつけ込むなら容易いと思うだろう、寂しいのは、誰もがそうだ。」
「私、寂しい女に見えるの?」

リオンの包み隠さず語る辛辣だが確かな温かさを持つ言葉たち。
自分にすがるように泣きじゃくる海を抱き締めることはしないがリオンは振り払おうともしなかった。何処か冷めている様に見えるリオンだが、無知な彼女に冷たくも温かい温もりと安堵を与えていた。

「私、リオンがやっぱり悪い人には見えないよ。本当の悪人は、自分から悪人だなんて、言わないもん。」

暗闇で見えるのは確かなリオンの強い紫紺の眼差し。ふたりはいつの間にかどちらから言うまでもなく元カレの部屋にある普段はリオンが寝ていたベッドに横たわり会話をしていた。
ふいに、そう自分を庇護するように口にした海をリオンはただ黙って聞いていたが、今さらどんな気休めが彼を癒す。
あの選択を後悔したこともなければ間違っていたともリオンは全く感じていないのだから。

「私、信じてる。なにか深い事情があって、神の眼を盗んだんだって!知った口を聞くなとか言うと思うけど、リオンはあまり語らないけれど、私、この4ヶ月もただ黙って一緒に暮らしてただけじゃないよ、リオンが嫌なら、とっくに追い出してるよ!」
「フン、何も知らないやつが、おめでたいな、今にわかる。僕を見ただろう、」
「うん、すごく、喧嘩強いんだね、でもすごい、プロの人みたいにね、型がきれいなの。」
「馬鹿だな、ほんとお前は腹が立つくらい甘ったれのお人好しだ」

相変わらずの詭弁だと、飾り立てられた綺麗事だと思ったが、不思議と海の真のある言葉は素直に身体に溶け込むようだった。
気づいたのかもしれない。無意識に考え込み悪夢に蝕まれそうな夜を越えるには、孤独を共に分かち合える存在を欲していたことを。

「ねぇ、約束、覚えてる?」
「提案したお前が自ら忘れていたがな、」
「あっ!も、もぅ!それは言わないの!」
「大型連休は何処かに行こうといいながら1日目は寝ている、2日目はダラダラ家にこもり、そして今日はあの女と出掛け、明日は、デートか、」
「もう!」
「忘れていたくせにな。」
「それは、謝ってるじゃない!ねぇ、リオンは誰かに忘れられるのが怖いの?」
「怖い、か・・・」

かつてマリアンに投げ掛けた言葉が返ってくるようだった。忘れられる悲しみ。自分は結局愛されないまま死んだ。いつも、いつだってそうであるように、愛を得ることはできなかった。
海に自分を重ねていたリオンが感じた変化。
泣いていた海は決してその場から動けずにいるわけではなかった。
あの日の自分にはできなかった、運命に抗うこと。彼女も同じだと思い何処かで共通点を見いだそうとしていた。
しかし、海は自分とは違う、自由など、悲しみを抱えたまま苦しみながら、しかし、今は前を向いて歩みだそうとしている。
懸命に、一途に。傷ついた心を引きずり歩き始めている。

「喋るだけ喋って寝るのか。本当に、お前と話すと、調子を狂わされてばかりだ。


・・・あいつらを嫌でも思い出させてくれる。」

さらさらと流れる柔らかな髪は今まで嗅いだことのない香りがした。海自身の香りだろうか。すやすやと暗闇の中で浮かぶ彼女の無防備な寝顔。この寝顔を嘗てのこの部屋の主はいつもこうして見守っていたのだろう。

理解していたが認めたくはない。立ち止まったまま動き出せないのは自分だけであった。


To be continue…




prevnext
[back to top]