MISSYOU | ナノ
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MISSYOU

16

不意に思い出してしまう。
忘れようとしても忘れられない悲しい記憶。
しとしと降り続く雨が降ればやがて桜は瞬く間に散ってしまう。

二人で見上げた思い出の桜だった。
けど、それはもう過去の話。
またひとつ季節が過ぎ去るように流れる季節を無事に思えることができたのはきっと、紛れもなくリオンのお陰だろう。

確かに、リオンは何もしていないが、リオンがその場にいるだけで、それだけで孤独から救われたのは事実。彼を俗に言うヒモと誰かが比喩しても海はそんなこと、思ったりなんかしなかった。同情や馴れ合いを嫌うリオンが気にしても、今さら行く宛のない彼を路頭に突き放す真似など出来る訳がない。

「海。本当にごめん・・・俺、好きな人が出来たんだ」
「えっ・・・!」
「ごめん、本当にごめん、けど、もう俺のことは忘れて幸せになって。今日で出ていくから」


だけど、冷たいこんな雨の日は、どうしても思い出してしまうのだ。降りしきる冷たく吹きすさぶ嵐の中、荷物をまとめて出ていったあの人を追いかけた、何度も転んで傷だらけになった自分を突き飛ばした彼。

投げつけられた合鍵も、一気に自分の未来を奪われた気がして、睡眠薬を大量に飲んでも自分の命を終わらせることが出来なかった。その行為は死の恐怖と生の実感を与えた。そして、すごく、後悔したのだ。苦しくてたまらなかったのに、怖くて、死ぬなんてそれでも出来なかった。生きることも怖いのに、臆病な自分は死ぬことも怖かった。

料理は好きだった。仕事柄土日も関係なく働く彼のためにいつもご飯を準備して彼の帰りを待っていた。帰ってきたらご飯を食べて、一緒に映画を観たりもして、そうして夜になれば一緒にお風呂に入ったりして、ベッドで彼の胸に顔を埋めて彼の優しさに包まれて眠るのが好きだった。

でも、今はもう居ない。優しい温もりはもう帰らないのだから。不意に夕飯の支度をしていると液晶画面が壊れたスマホに、見慣れない携帯番号。

「まさか、違うよね?」

突然別れを告げ家を出ていったきり、連絡を絶った彼から連絡が来るわけもないが、それでも信じずにはいられなくて、海は苦しくて思わず涙が溢れそうになった。しかし、今連絡が来られても困る。と、リオンとのデート以来密かに思うようになっていた。

「(いまは、ひとりじゃない。私にはリオンがいる)」

しかし、誰よりも頑固で気丈な性格が災いして、テレビを不思議そうに見つめているリオンの前で涙を流すことなどできなかった。 ただでさえ出会ったばかりのリオンの胸で夜通しあんなに大泣きしてしまったあとだ、あわてて涙を拭くと何事もなく電話に出ることにした。

その一喜一憂をリオンが横目で睨むように見ていることも知らずに。リオンは知っていた、自分の前では至って気丈に振るまい毎晩毎晩、人知れずはらはらと涙を流す儚い姿を、だから余計に苛立った。それでもわからなかった。
苛立つ理由がなんなのか、今のリオンにはまだ分からなくて、ただ嵐のように心はひどく荒れていた。

「はい」
「あー?もしもしー海さんですか?俺っす。」
「あっ、だ、誰?でしたっけ?」
「あぁ、俺、海翔っす。急にすみません、友理さんから連絡先聞いちゃいました。いま大丈夫ですか?」

なんだ。と微かに抱いた期待はあっさり裏切られる形となった。電話越しで、落胆する海の肩は見えない。しかも友里め、勝手に教えたのかと内心頭を抱えた。

彼ではないとわかっていたが、それでも彼だったら・・・しかし、今連絡がきたところリオンはどうなる?海は彼でなくて安堵している自分がいることに気がついた。

「そうだったんだ。ごめんね、なかなかライン返せなくて」
「いや、いいんすよ。海さんだって大変だろうと思っていたんで。」
「でも・・・」

それは思いがけない相手からの誘いの言葉だった。それはその年代よりもうんと大人びて見える男性の声にも似ていて、

「海さん、俺、海さんがいつまでもつらそうに笑ってるから・・・友理さんから聞きました。親戚のお守りに仕事も大変みたいっすね、ね、だからこそ気晴らしに俺と遊びませんか?」

相変わらずの軽薄な口調だが決して嫌みな感じはしない。彼なりに気を遣ってくれているのだろう。海はリオンと違い、それでも優しく温かく女性の気持ちを理解してくれている。

「優しいんだね、海翔くん。誰かさんと違ってね」
「え?なんすか?」
「ふふっ、うぅん、なんでもないの。そうだね、気晴らしにどこか行こうか。たまには若い男の子と遊ぼうかなぁ、」
「ほんとですか!?やったぁ!!」

特に断る理由もなかったし、海は了承すると時間を決めて電話を切った。

「リオン君、」
「何だ」

しかし何故だろう、いざ電話を切るとリオンに対して海翔と会うことが酷く後ろめたく感じたのは。皮肉屋な彼だから、自分より明るく女の扱いのうまい海翔に次は乗り換えるのかとなじられる気がして、海はつい考え込んで立ち止まり、悩んだ。

そうして、思い付いたのは。

「海翔くんがね、リオン君の服、ほら下着とか靴とかも結局あんまりないから、良かったら明日アウトレットにお買い物に行かない?」
「あ、うとれっと・・・?」
「アウトレットモール。うーん。普段売ってる高い服が訳ありとかで価格がお手頃で買えるお得なショップがまとまったお店のことだよ。安いし、土日はセールやってるから混むけど掘り出し物一杯あるよ・・・良かったらいかない?」

ふと、リオンがテレビに目を配ると、段ボールに捨てられたダンサーを拾った恋人にふられ左遷されたキャリアウーマンとその従順なペットになった金なし宿無しダンサーとの交流を描くドラマが再放送されていたのだった。

「行くのは構わないが、今の僕は一文なしだ。意味がわかるか、お前に負担がかかるんだぞ。今の僕らを比喩するならばこのドラマと全く同じだろう?」

皮肉たっぷりに笑むリオンの姿に不覚にもほほを赤らめてしまうが海も負けじと首を降った。

「うぅん、まさか。私もこのドラマ好きだけどリオンはこのドラマのアイドルみたいに癒してくれないじゃない!」
「ほぅ、なかなかいってくれるじゃないか」
「何よ!夕飯、ピーマンの肉詰めにするよっ!?」
「何だと!」
「リオンに私を癒せたことがあるかな?」
「僕がお前のペットだと?冗談じゃない!」

自分としたことが、失言だった。ハッとしたときにはもう遅い。ただでさえ近所に噂されているリオンに容赦ない仕打ちを自分は与えてしまったのだ。大人びた少年は一瞬にして子供のような傷ついた瞳をした。

やってしまった。
言葉と言う凶器で自分はさらにリオンを立ち直れなくした。TVからは虚しくも終わりを告げる明るい主題歌で幕を終える音楽が響いていたのだった。
夜な夜な涙を流す海に気付きながら自分はなにもしてやれない。誰よりも優しくて、そんな自分を嫌な顔ひとつせずに面倒を見てくれているのに。結局酷い言葉で彼女をなじって悲しませるばかりだ。
背中を向けてしまったリオン。それは自分自身への嘲笑か、苛立ちなのか。

「ごめん、ごめんなさいリオン・・・!」
「いや、気にするな。でも、今日は疲れた。先に眠らせてもらう」
「リオン・・・」

そのまま別々の部屋で眠れぬ夜を明かし、翌朝、終始無言のまま二人で海の運転する車に乗り込みエンジンをかける。久々に運転した愛車の調子は悪くない。

「リオン、車は苦手?」
「っ・・・」

しかし、調子が悪いのはどちらかというとリオンの方かもしれない。ドライブがてらに調子よく愛車を走らせるがリオンは歓声をあげたりもしない、昨夜の空気が気まずいのかもしれないがそれよりも口に手を当てているのが気になる。

「私のせいかな・・・ごめんね、昨日は無神経なこと、言ってしまって」

昨夜のは明らかに自分からふっかけたのにそれでも構わずに自ら折れて真っ先に謝り言葉をかけてくれる海の素直で純粋な優しさにリオンは胸が痛くなった。

「じゃあ、少し窓開けようか。」

沈黙が辛くて激しいロック調なのに幻想的な楽曲が印象的なパワフルな女性ボーカル率いる海外のロックバンドの曲を流していたがそれも止めて静かな女性のバラードに変えた。
しかし、海の愛車は可憐な見た目からは似合わないセダンなので滑るように道路を走り加速もブレーキもスムーズだ。振動は少なくシートも柔らかい。シートを倒して呼吸が楽な体制にさせるとリオンも落ち着いたのか息を楽にして瞳を閉じた。

「酔い止め薬持っておけばよかったね・・・でも暫くは平坦な道だから大丈夫だよ。気を付けて私も運転するからね」

その通りそれからの道のりは大分楽で、極力暗い話題を避け会話をし続ければリオンもそんなに酔いを気にしなくなっていた。いつもどんな乗り物でも酔いやすいせいでさんざんな目に遭ってきたのに。海が癒してくれたのか、それでも否定しない自分がいた。
飛行竜に乗ったとき、自分を心配して姿を表したスタンを乱暴に突き放した時のように海を突き放すことができなかった。

「もしもし、海翔くん?ごめんね、もう着いた?」

車と言う奇妙な乗り物はこの世界では当たり前に使われている移動手段で教習所に通い試験を受ければ誰でも取得できるらしい。
値段は張るが車はその金額に見あった価値はある。おまけに海は車が好きらしく車をさらに走りやすく改造し、子供のように大切にしているらしい。

「うん、うん、二階にいるのね!わかった!」
「おい、」

週末のさらに日曜日、人並みでごった返すアウトレットモールと隣接するショッピングモールでさらに賑わっていた。電話の会話に夢中になりながら足元がふらふらして落ち着かない海に危機を促すリオンの声にも気がつかない。

しかも、リオンは自分の世界とは全く異なっている見たこともない町並みや建物だらけで圧倒されてしまうばかりで方向や形式など意味すらもわからない。取り敢えず先を行く海に着いていくだけで精一杯で、エスカレーターと言う移動する階段に乗りながら会話する海、もうすぐ終着点なのにも気付かないまま階段から降りようとした瞬間、海が踏み違えて足を滑らせたのとリオンが腕を差し出したのはほぼ同時だった。

「きゃっ!」
「海!」

重力に従い仰向けに落下しかけた海を支えた細くても筋張って引き締まったその腕がちゃんと海の腰に回されていた。

「馬鹿、気を付けろ」
「ごめんなさい!」
「全く、こっちは着いていくだけで精一杯なんだ。一人に、するな」
「ご、ごめんね・・・!」

唇が今にも触れそうな至近距離で玲瓏な顔が呟くから海も恥ずかしそうに慌ててリオンから身を離した。

去り際にそう告げられて、海は電話から聞こえる海翔の心配そうな声が聞こえないほどに一瞬にしてリオンに意識を持っていかれた。それは伸び盛りのリオンの同世代の男にしては小柄な彼には想像しがたい力強い腕だった。

そう言えば周囲の視線が痛く突き刺さるような気がして振り向けば自分ではなくリオンに注がれているものであることに気がついた。

「(リオン君って・・・やっぱり、目立つんだね。)」

自分達とすれ違う女性同士の買い物客や恋人連れの女も夢中でリオンに見とれている状態だ。わかってはいたが確かにリオンは目立つ。人前に出て今、はっきりわかった。
整った鋭い紫紺の瞳に艶がかった黒髪、異国の空気を放ちながらこの世界の衣服に身を包み歩く洗練された立ち振舞い。シャツから覗くスッとした首筋に綺麗な鎖骨に筋張って鍛えられた細身の身体。リオンも注がれる視線を疎ましげに感じているのか落ち着かない様子だ。

不意に鏡に写る自分が気恥ずかしくなり海は何度も姿を見合わせている。今日の服は膝丈の背中の開いたニットチュニックのワンピースにストッキングにヒールの高いパンプスを合わせてみたが、それでも平凡な自分にはリオンには釣り合わない気がして、海は恥ずかしそうにリオンから少し離れて歩いた。

ショッピングモールを抜け、アーチを潜りヨーロッパをイメージした大きなアウトレットモールに到着する。
セインガルドのように懐かしいレンガ造りの町並みがリオンを迎えた。

「懐かしいな」
「え?」
「このレンガ造りが少し、僕が住んでいた町並みに似ている」
「あっ、本当に?良かった。じゃあ、今日は思い切り楽しもうねっ。お金は気にしないでね、遠慮しないでねって言っても気にするだろうから言わないけど」
「もう言ってる気がするが」
「あっ、ご、ごめんね。ああっ、海翔くんだ!」
「話を反らしたな。」
「海さん!良かった〜遅かったから心配したんだ。日曜日で混んでたから見つけられないかと思ったよ」

一方、リオンとはまた違い自分達を待っていたバイト上がりの海翔も女性達の目を引いていた。彼は人の目を引く外見もしているし、長身なのですぐにどこにいるかわかった。サーファーらしく浅黒い肌に映えるシャツにカーゴパンツとシンプルなアクセサリーに自然にセットされた髪も決して嫌味ではなくその世代よりも遥かに大人びて見えた。

「ごめん、待った?日曜日だから忙しくて。え?」

にこにこしていた笑顔が一転、遠くでこちらを見るリオンの姿に一気に海翔が表情を変えた。やはりまずかったか、海があわてて海翔とリオンを引き合わせた。

「あ、あのね、紹介するね。私の親戚で今私のおうちで暮らしてるリオン君。まだ日本に来たばかりでお友達がいなくて、あと、男の子の服ってどういうのか分からなくて・・・海翔くんに服見てほしいって。だから、連れてきたんだ。」
「あっ、あぁ、そう・・・なんだ。」
「ごめんね。私じゃ男の子の服とか良くわからないから」

「よろしく頼む。リオンだ。」
「お。おう!・・・よろしく。」

海は分からないのだろうか。二人きりでショッピングする気だった海翔の落胆する様が。海に対して脈アリだと思っていたのに。リオンには手に取るように海翔の落胆ぶりがわかり余計に空気は気まずいものとなった。

「それより海さん、化粧してるところ見たのはじめてだ。可愛い!!」
「そうかな?あ、ありがとう!そんなこと初めて言われたよ」
「(悪かったないつも褒めなくて。)」

確かに一緒に居すぎてよく見てなかったが、いつも見ているより彼女の顔立ちがはっきりしている。普段より睫毛も長いし髪もいつもより緩く巻かれていてふわふわと甘い香りがする。リオンは見てわかった。海翔は自分と違い複数の女との付き合いで慣れていることが手に取るようにわから。女の変化や気持ち。女をどうしたら楽しませるかを分かっている外面のいい海翔に褒められて海は気恥ずかしそうに俯いた。褒められて嫌な気はしないのか。リオンと、海翔の間に挟まれて歩く海越しの海翔の眼差しは怒りに満ちていた。海翔は海と二人きりでデートしたかったんだと言わんばかりの目でリオンを睨んでいるようだった。

「(面倒くさいな)」

しかし、二人からはぐれたら間違いなく自分はきっと二度とあの家には帰れないだろう。仕方ないから我慢して付き合うしかない。だが、海翔と夢中になり自分の時よりも楽しそうに話をする海の横顔をリオンはどこか複雑な気持ちで、遠くから離れているように見つめていた。

「ま、待って〜!」

歩くのが早かったのか。気がついたら海を取り残して海翔とリオンだけが先に進んでいると言う展開だった。歩くのに夢中で気がつかなかったか、振り向くと息を切らして小走りで必死に追いかけてくる海。

「歩くのが早かったか」
「お前、俺よりすんげぇ小さいのに歩くの早いんだな。
ごめんね海さん!荷物も俺持つから。全く、自分の買った服だろ、リオン、お前が持て!」
「海翔くん、いいの、リオン君、前に私を庇って右腕怪我しちゃってね、まだうまく持てなくて。」
「そうなんだ」
「うん、だからいいの」
「じゃあ、俺が持つよ」

いつの間にか、海は付き添いになっていて、リオンと海翔が服を選び買い物するようになっていた。


「そう言えば私ね、ちょっとほかのお店見たいんだけど・・・そのあいだ海翔くんにリオン君、任せてもいいかな」
「えっ!?(いやいや逆でしょ!なんで俺がガキなんかのお守りを・・・)ま、まぁ、海さんも買い物したいよね。さっきから男物ばかり見て回ってるし、」
「ごめんね。じゃあ、行ってくるね!」

頭を下げながら急に焦ったように何処かへ変な小走りで姿を消した海を横目に二人きりにされた海翔とリオン。

「おい、リオン。全く、なんで俺が・・・あぁー!海さんとふたりでデートしたかったー!」
「・・・邪魔して悪いと思うが一緒に来てと誘ってきたのは海だ。僕は逆に被害者だ。別に貴様らの邪魔立てなど企てたつもりもなければ興味などない。」
「お前!ほんとムカつく奴だな!!はぁ、俺こんなんだからどうせヤリモクとか警戒されてるんだろうな・・・。海さんの頼みだもんな・・・よし、行くぞ。お前をプロデュースしてやるよ」

しかし、これはこれで好都合だとリオンは思った。やはりこいつは海に好意を少なからず抱いているのだろう。ふたりきりになんてさせていたら男のことを分かっていない無防備でのんきな海は簡単にこんな男にさらわれてしまうのを阻止できる。そして下着コーナーも躊躇わずに行ける。こだわりを持たないリオンにこだわりを持つ海翔があれこれリオンに着せていく。

「何だこれは、」
「いいから着ろよ。言う通りにすりゃなんの心配もねぇから。ベルトだろ、ブーツにいや、スニーカー派か?どっちがいい?」
「そうだな、ブーツの方が歩きやすいな。どうした、いきなり。さっきまで僕を除け者にしていたがどういった風の吹き回しだ?」
「あのな!海さんに頼まれたからだよ。海さんはな、あの通り出会った時からちっちゃくて天使みたいにかわいいし優しいから心配してくれてんじゃねぇの?"リオン君はこっちに来たばかりだから同年代の海翔くんが仲良くしてくれたら嬉しいなぁ"って言うからさぁ・・・海さん本当にいい子だよな。なんか男なれしてない、スレてない感じがイイな。ふわふわの髪とか柔らかそーな身体とか唇とか!俺、マジになりそうかも。」
「どこが?お前の目は節穴か?」
「なーにー!?お前こそ数ヶ月も海ちゃんと一緒に暮らしててなんにも思わないのかよ!」
「思いはしたさ。やかましい女だと」
「お前!ほんとに健全な10代か!?普通あんな子と一緒に居たら胸くらいは触らせて・・・」
「冗談じゃない!」

その言葉でわかる、海に対して海翔が寄せはじめた好意などどんなものか明らか。客員剣士として培った洞察力の優れたリオンが見抜けないはずがない。見抜いていたからより海に対してもますます複雑になる感情があった。
海翔が海に好意を寄せていると知ったとき、リオンは否定しながらも声を張り上げ微かに唇を震わせた。何故かはわからないが、自分の知らないところで二人が微笑み会う姿を思い浮かべたとき、リオンの心にしこりが残った。そして海がこんな奴に抱かれてることを過ぎった時、海にキスされた時の感覚を鮮明に思い出すようだった。

「好きにすればいい。だが、あいつは今も前の男の帰りを待ち続けている。お前の可能性はほぼゼロだろうな」
「まぁ、別に別れた相手だし、俺の敵じゃないね。それに、お前と海ちゃんは何も無いって聞いて安心したからいいや。ご忠告どーも。お前には悪いけど、俺マジだから。一緒に暮らしてるからって調子乗んなよ?絶対に手、出すなよ!」
「安心しろ、彼女には世話してもらっているだけの恩人で天と地がひっくり返ろうともお前みたいになることは絶対にないと言い切れる。僕にだって好みや選ぶ権利はあるんだからな」

口にすればするほど虚勢で塗り固めたような言葉ばかりが溢れて止まらなくなる。過ぎるのは過去の思い出を必死に拾っては涙を流す彼女の姿。リオンは海翔に思わず虚勢を口にしていた。

「それに・・・」

しかし、その次の言葉はいきなり海翔に抱き付いてきた派手な外見をした女によって遮られた。

「海翔ー会いに来ちゃった!ねぇねぇ暇なの!?カラオケしない?」
「うぉっ!あぁ、久しぶり。ごめん、俺今デートしてんだ」
「うっそー!女?誰よこのボーイッシュな美人は!」
「残念、オトコノコ」

フィッティングルームで立ち尽くすばかりのリオンの肩を引き寄せて笑みを浮かべる海翔。

「だから、また大学でね」
「うっそ〜でも確かにめっちゃかっこいい!誰?初めてみんだけど〜!」
「あー!こいつはダメダメ、女と暮らしてるのに全〜く女に興味ないから楽しくないって、」

全く女に興味がない。愉快だ、
リオンはその言葉以上に愉快なことがあった。

「ふふっ、お疲れのご様子ね。」
「ふんっ、何が宮廷儀礼だ!馬鹿馬鹿しくてやっていられない!
ダンスなんて腐った女のやるものだ!」
「あらっ、随分ねぇ…」
「マリアンは別だけどねっ!!
ほかの女はみんなくだらない!教室に来ていた女共の頭の中に何が詰まっているか知ってるかい?」
「さぁ…?」
「脳味噌以外の世の中のゴミ全部さ!!」


彼女以外にも他の女と親しげに話すこの男の存在を心からせせら笑った。自分は自分を認めてくれる人間が居るから他人に何て思われようが全く、気にならないのだ。
女ではない、自分は、誰に対しても興味を抱くことはこの先ないと断言できる。マリアンとシャルがいれば、それだけでいい。それだけで良かったのに、いつの間にか、目線は彼女を探していた。

マリアンの笑顔をいつも思い出せるように焼き付けたはずなのに、何故か彼女が頭から離れなかった。欲集りの人間の気など知りはしない。そう思っていた。

「ねぇ海翔〜!」
「はいはい、また今度ね。」
「ばいばいリオン君!!てかさぁ、ID教えてよ!!」

いきなり蛇のように絡み付いてきた腕や柔らかな胸に一気に嫌悪感が募り思い切り振り払う。眼差しが一瞥すれば女は得たいの知れない感覚に震え上がった。

「気安く触るな!!」
「おい、リオン!」

海と手を繋いだ時は嫌ではなかったのに、ぞわりと鳥肌が立ち、リオンは気づけば人並みに飛び込んでいた。早くこの場を離れたくなってたまらなくなりふと気付けばリオンは人波のなかで立ち尽くしていた。正確にはリオンから逃げたのだが。いきなり腕を組まれて驚きのあまり逃げ出すなんて、どれだけ自分は他人を恐れていたのだろうか改めて思い知った。

「ねぇ、見てあの人、超かっこ良くない?」
「えー彼女とかいるのかな?」

「(どいつもこいつも・・・僕の気持ちなんかお構いなしか)」

窮地に立たされたリオン。周囲の突き刺さる目線に、ただ立ち尽くしていた。
広い広いアウトレットモール。ショップがわからないリオンには同じ道が絶え間なく続いている錯覚に感じられて。
途方に暮れとぼとぼと歩けば改めて自分の孤独とこの得体の知れない世界では誰も自分をじろじろ眺めるだけで、誰も気には留めない。

「(帰ることも出来なければ何処へ行くのかすらわからない。このままなのか)」

そういえば海は1人でどうしているのだろう。別に気にしてはいないが海翔と合流してから二人で何処かへ行ったとしても。そこでふと歩みを止めた。自分と違って海翔は女心をよく分かってる。海も前の男の傷などすぐに癒してくれる。自分は、海を泣かせることしか出来ないのだから。しかし、万が一あの二人が恋人どうしになったら、自分はいったいどうなるのだろう。恋人ではない自分と二人で暮らすことを普通ならばおかしいと思うだろうし、海翔もそうなれば気が気でないだろう。今度こそ本当に自分はこの世界で居場所をなくしてしまう。今思えば、本当にこの人並みが行き交う通りすがりの人には目もくれない世界で海みたいに見ず知らずの他人である自分を助けてくれる心根が優しい存在は本当に稀なんだとリオンは思い知るのだった。
仕方ない、通信手段もない、取り敢えず適当に歩くしか術はないのだからと歩き出した矢先、不意に輪とした声のアナウンスが賑やかなモールに響いた。

「アウトレットモールにお越しの皆様に迷子のお知らせです。リオン・マグナス様、リオン・マグナス様。インフォメーションまでお越しください。」
「何だと!?」
「リオン、見つけたっ!」
「海・・・」
「よかったぁ・・・ご、ごめんね、お腹痛くてトイレにこもってたの・・・」
「はぁ・・・やっぱりな。朝からヨーグルトなんて食べるからだ」

一瞬にして注がれる視線。そして感じた視線と気配に振り向けば、そこに居たのは海の甘くない声と優しい笑顔だった。彼女の笑顔を見てふと気付けば色素の明るい柔らかな髪はさらに緩やかに風に揺れて見えた。

「良かったぁ。リオンが見つかって!すごく、心配したんだよ」
「いや、そうだが、だが、よく僕を見つけたな。」
「簡単だよ。リオンは目立つもん、でも。ふふっ、あはははっ、」

正直口が裂けても海には言わないが前の長い方が良かったと純粋に思った。揺れる長い髪を見ると安心するのはきっとマリアンがそうだったからに違いない。
俯くリオンに対しいきなり海が笑い出したのだ。

「何がおかしい、」
「あははっ、だっ、だって!あっ、か、海翔くんあははっ・・・うふふふっ、リオン見つかったよ〜あははははっ」
「あっ!はははっ!居た!迷子のリオン・マグナスくん!ぎゃはははは!リオン悪かった!ごめんごめん。あいつがいきなり抱き付いたからびっくりしたんだろ?お前には刺激が強かったな!」

自分を見るなり笑い転げる海翔にますますリオンは苛立ちを募らせた。

「だから何なんだ!いきなり笑い出すなんて、僕が何をした!」
「ぶーっ!今時僕かよ?お前の顔に合わね〜くくっ!それに、今時迷子の呼び出しなんて小学生でもされねぇってのにお前は16歳にもなって呼び出されるのかって話だよ、」

そうして気付くこと。リオンはさっきのアナウンスからの呼び出しがとても恥ずかしいことだと学ぶのだった。

「ふざけるな!僕は来たばかりなんだ!だいたいこんな時に腹が痛いなんて抜かすお前が悪いんだっ!」
「む!どういう意味なのよっ?」

訪れた沈黙にリオンはまた俯いた。どうして人並みに紛れても自分を彼女は探し出せたのか。しかし、海からしたら簡単なことだった。もう何ヶ月も生活を共にしてきた。そんな彼を今さら忘れることなどどうやって出来るのか逆に問いたい気持ちだ。

「リオン、帰ろっか」
「な、」

急に手を引かれ、狼狽えるリオンに対し変わらない笑みで彼を導く海の優しい笑顔。

「海翔くんも今日はありがとうね、乗せてくよ?」
「いや、俺も車あるんで大丈夫です!じゃあまた!リオン、くれぐれも守れよ。
・・・次はふたりでゴハンでも行きましょうね?」
「海翔くん!」

そう耳元で低く海翔にささやかれ、海の表情が驚きにかわる。気付くとよく見れば海の顔はまだ日暮れにも満たない時間帯なのにも関わらず赤く染まっていた。それでも海と手を繋いだまま立ち尽くす二人。リオンは無意識にその力を込めた。

「そうだ、海翔くんとの買い物楽しかった?」
「別に。」
「なにかお話しした?」
「いや、」

車に乗り来た道を戻るとレンガ造りのヨーロピアンな町並みとは切り替わりケヤキの並木が続く道路という固いコンクリートを塗り固め整備された道のことだ。をひた走る車。すっかり夕方になり街並みは夕日が射し込んでいる。

そうしてこちらの気などお構いなしに明るく問いかけてくる海の無意識の笑みにリオンもつられて微かに微笑を携えていた。

車を走らせながらもとの道に戻るとふたりで見上げた桜並木の場所に出た。懐かしむこともなく桜は簡単に命を散らしまた次の再生を待つ。

「夏が来るね。リオンは暑いの平気?セイン、ガルドってどんな気候なの?日本みたいに四季があったりするの?」
「いや、温暖で暑くもなく寒くもなく、だな…それに暑さと言えど環境の急激な変化に慣れるようにヒューゴ様に言われて鍛練でいつも厚着で鍛えていたからな。」
「へぇ〜す、すごいねっ。じゃあ夏も大丈夫だね。」
「そうだな、」
「やっぱり、恋しいよね。セインガルド」
「分からない。家族もほとんど居ない。父は僕に無関心だったからな。」
「そういえば、おかあさんは?」
「僕にはいない。僕を生んで、すぐに逝去したらしい。けど、代わりにマリアンがいつも僕のそばに居てくれたから・・・シャルも居たし。」
「シャル・・・?」
「シャル、シャルティエは・・・千年前の天地戦争時代の頃、神の眼に対抗するために地上軍が開発した六本の通称"物言う剣"ソーディアンのことだ。その中の一本を僕がずっと持っていた。唯一の友達みたいなもので、ずっと一緒だったんだ。」
「剣が喋るなんて・・・」
「この世界では考えられないだろ?」
「でも、ファンタジーみたいで素敵だね」

銃刀法違反という法律に守られたこの国には全く聞いたことのない未知の話に聞き入るあまり思わずアクセルとブレーキを踏み間違えかけたがリオンがその二人を深く思っていることはよく伝わってきた。

「じゃあ・・・早く、帰りたいよね」

いつかリオンは元の世界に帰ってしまう。リオンだっていつか帰るべきなのは分かっている。しかし、もし今となりにいてくれる彼がいなくなったらきっと。自分は今度こそ孤独の真ん中に置き去りにされるだろう。だから、願った。リオンは何も答えないまま静かに首を横に振る。それは否定と捉えていいのか、彼なりにこの世界を気に入ってくれているのだろうか。だからこそ、彼がこのままそばにいてくれることをこの先も期待してしまいそうになった。


To be continue…




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