MISSYOU | ナノ
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MISSYOU

13

リオンと暮らし始めて1ヶ月が過ぎた。冬はあっという間に過ぎ去り春の訪れに気持ちまで踊るようだ。
相変わらずふたりはお互いに言い合いをしながらもそれでも平穏に暮らしていた。
多忙な仕事に疲弊しながらも自分がいない間のリオンの食事の支度など、家事もしっかりこなしながらも海は一言も文句や愚痴を零したりもせず両立していた。

「おい、電話だ。」
「はぁい、」

長い長い五日間を終えてようやく訪れた週末。直していないまま使っている海の液晶画面の壊れた携帯からいつもの音楽が鳴り出した。リオンがわざわざキッチンで今晩の夕食であるカレーをお皿に盛り付けていた海に声をかけスマホを渡すと海は
濡れた手を拭いてスマホに耳を当てた。

「もしもし、友理ちゃん?」

海の献身的な看病と病院で治療を受けた甲斐もあったのかリオンも今ではすっかり回復し、化膿した火傷の傷跡も目立たなくなってきた。
最近ではこの世界にも慣れてきたのか当たり前のように器用な指先で箸も使いこなしているし昼間は図書館に通いつめ、文字の読み書きも出来るようになってきているからリオンにあれやこれやと世話を焼かなくてももう大丈夫だと安心して海も仕事をこなしていた。
そして帰りはいつも職場の電柱の影で待つ後ろ姿。まだ例の婦女暴行未遂事件の犯人はまだ捕まっていないのもあり、それでもなんだかんだで夜が遅い海の事を迎えに来てくれるリオンに対し海も心を開き、元カレに受けた恋の痛手もだいぶ吹っ切れてきているようにも自分自身感じていた。

土曜の夜、電話から聞こえてきたのはいつも以上にテンションの高い友里の声だった。どうせまた合コンという名の名目で街に繰り出し飲み歩いているのだろう。
友里の声がリオンに聞こえないように背中を向けてベランダへ出ていく海。たまに電話が鳴れば自分に気を遣っているのかなんなのか自分には聞かれたくない会話なのか、冷蔵庫から取り出したビールを片手にベランダへ向かう海に電話なら堂々とここですればいいのに。心を閉ざしているのはお互い様なのにリオンは内心毒づいた。

「(どうせ前の男の未練話だろう。そうやって誰にでもいい顔をして、笑って、泣いて、女は面倒な生き物だな)」

ならば、最初から悪人の方が信用できるもんだ。
あの女は知らない、見知らぬ人間の面倒を見るなんて。拾ったり、面倒を見るなんてしなければよかったといずれ後悔するはずだ。

「ねぇ〜海も今から来なさいよ!超カッコイイ人に海の写メ見せたら呼んでって言われてさ、あんたまだ若いんだし、付き合うとかでなくもっと気軽に他の男とも遊んでみなさいよ!いい人紹介するから!ね?ね?」
「えっ・・・わ、私はいいよ、まだそんな気持ちになれないし、それに、リオン君ひとりになっちゃうし・・・」

むしろ一人で過ごすのが好きなリオンにせいせいすると言われそうだが、海が友里の誘いを断るのはこれで三回目。海の為にと新しい男をやたらと勧める彼女だが、海は不思議なことに一方的に連絡を切られた彼を思って泣くこともしなくなっていた。

「んも〜しょうがないわねぇ。無理強いはしないけどさ、いつまでもいつまでも若いのに勿体無いわよ。若いうちが華なんだからね、若さはお金を払っても二度と手に入らないのよ!」

「うん、ありがとう、でも友里ちゃんだってまだ若いじゃない」

酒に酔っているのかいつも以上に説教臭い友里に内心ヒヤヒヤしながらも海もベランダから見える真っ暗な海を見つめて缶ビールを煽り、そして・・・。
リオンに隠れてベランダで電話をするのにはれっきとした理由がある。ベランダでなければ駄目なのだ。寂しさからやめていたはずの煙草に手を伸ばし手慣れた手つきでライターで火をつけると海は白煙を空に吐き出した。ビール片手に煙をふかすこんな姿を潔癖なリオンに見られたら軽蔑されるに違いない。

「そんで、どうなのよ例の親戚君は?」
「もう、リオン君たらねっ、ありえないのよ・・・すごい生意気なんだよ、あれもこれも嫌いって好き嫌いばっかりして、ほんと困っちゃう。」
「ふーん、海が年下の男の子にまで振り回されるなんて・・・その親戚くんもなかなかなんじゃない?な〜んかのろけみたいに聞こえるけども。でも久々にあんたのその元気な声聞いたわ。大丈夫なの?あいつのことは吹っ切れたの?」
「うん・・・そうね、いつまでも、泣いてもいられないし、仕事もあるしリオン君もいるし、前よりは吹っ切れてきてるかもね。」
「そうだよ、あんな男なんかより新しい彼氏でも作ってさ、そうだ、もう一緒に暮らして1ヶ月でしょ?いっそその親戚と付き合っちゃったら!?」

にこにこと向こうから楽しそうな友里の声と賑やかなざわめきが聞こえる。友里のあまりにも直球的な言葉に海は肘から崩れ落ち思わず持っていたタバコを落としそうなった。

「えぇっ、な、何言ってるのっ!?リオン君はぜっ、ぜんぜんそんな対象になるような子じゃないよ、だいたい年齢差がありすぎて私みたいなおばさんリオン君からお断りだよっ」
「今どき年の差なんて関係ないし、それに海は幼いからその親戚くんからしても年上のお姉さんに見えないんじゃないかしら、それで、どうなのよ、あんたら、どこまでの仲なのよ。健全な若い男女が一緒にひとつ屋根の下、暮らし始めて1ヶ月も経つのに何も起きないなんて逆にヘンよ!」

「んもぅ、だからそんなんじゃないったら」

「16歳って1番そういうのに興味のある年頃じゃないの!なんなの?今どきの草食系なの?」

「うーん・・・わ、わからないけど草食系ではないよ、でも肉食でもないし・・・見、見ればわかると思うけども」

「写メないの?」

「無いんだぁ・・・」

確かに友里のようなグラマラスな女性なら男も放っておかないだろうが、相手は自分にそしてそんな恋だとか愛だとか吐き気がするとばかりに嫌悪しているリオン。そんなふたりだから何か起きる事などありはしない。

「そうだ!ねぇ、明日、日曜日じゃん、あたしもそんな生意気な年下の親戚君にぜひ会ってみたいんだけど様子見に行ったらダメ?あたしが海にふさわしいか見定めてあげる!」
「えぇ!?」
「何よ、やましいことでもあるの?」

電話をしながら急に友里がそう聞いてきたものだから海は面食らった。自分を心配してくれる友里のことだからいつかリオンを見に来ると思っていた。お互い会社で入りたての頃に知り合い、それからいつも仲良くしてくれた友理。いつも、今だってなんでも愚痴を聞いてくれた。公私共々かけがえのない存在である姉のような彼女だからこそ。

「ぶっ!ど、どうして・・・っ!?」
「じゃ、明日午後くらいにいくからねっ、楽しみにしてる、超イケメンなんでしょ!?」
「うん・・・すごくイケメンだよ・・・というか綺麗な顔をしてるの。猫みたいでね、でも顔以外はだめだよっ!毒舌だしひねくれ屋さんで、すごい生意気なんだよ。」
「んもぅ、そこがまた年下の可愛いとこなんじゃないの〜海はしっかり者だし家庭的だし甘えるよりも年下のカワイイ男の子に甘えられたりお世話したり可愛がった方がいいんじゃない!?」
「だって・・・まだ16歳のお子様だよ?とてもじゃないけどリオン君は恋愛とか馬鹿馬鹿しいって思ってるような子だもん。天地がひっくり返ってもありえないって、うん、わかった。じゃあ明日ね。」

頭の回転が早く利発的な友里と喋るとあっという間に時間が過ぎていく。どちらかと言えば対照的に大人しめな海、リオンにも言いくるめられ、ついにはお前の日本語はおかしいと馬鹿にされる始末だし。これからあんなわがままなリオンとうまくなんてやっていけるのだろうか。

「やっぱり男はみんな友里ちゃんみたいに明るくてグラマーな子が好きなんだよ」

電話を切りながらベランダでおぼろげな三日月を見上げる。一人で泣いていた夜はこうしてベランダで月を見上げていた。一人は寂しいが、それでも一人は気楽で涙を流しても誰にも咎められないから好きだった。しかし、恋をなくせば酒と煙草に依存するようになってしまったし、夜は薬がないと寝付けなくなってしまった。

やはり、自分には他人と暮らす生活は向かないんだろうか。だから彼も出ていってしまったのだろうか。悪いと思いながら酒と煙草に落ち着き海は促されるようにベランダに置いてあったミニチェアに腰掛けると考え込むのも疲れていつのまにかそのまますやすやと安らかな顔で眠りについてしまったのだった。

彼女が電話するとベランダに出てから四時間も過ぎている。
いつまでもベランダから戻ってくる気配のない彼女にいったい4時間も何をそんなに他人と話す事があるのか。
食事が片付かない=自分の当番の皿洗いもできないと怒りを露にリオンはようやく思い腰をあげてリビングのソファの後のベランダの扉を開けた。

文句をいいながらも、海が作ってくれたカレーやポテトサラダもみんなきれいに完食していたし、どさくさに紛れておかわりもし、自分の食べ終えたお皿も綺麗に洗って片付けていた。

「おい、貴様はいつまで電話しているつもりだ。」

思い切りベランダのドアを開けるとそこにはミニチェアに凭れてすやすやと眠る海が居た。
まだ春だが、夜はかなり冷える。それなのにベランダで眠るなんてどんな神経をしているんだ。

「本当に信じられない女だ」

自分との生活で海なりに気を張って疲れていたのだろうか。電話はとっくに終わっていたのだろう。無防備な顔ですやすやと眠る寝顔、屈んだワンピースの胸元からは細い身体に目立つ柔らかそうな白い谷間がうっすら覗いており本当に無防備丸出しで隙だらけ。この世界がどれだけ平和なのか物語っていた。

「あの世界が、危険すぎたのか、この世界もあの世界も欲望に塗れた人間が変わらず蔓延っているのは同じようだが。」

そんな横目にテレビを見れば夜の報道番組が殺人事件や私怨絡みの怨恨のニュースの特集を報道していた。
金や愛が憎しみに代わり、肉親が肉親を殺し日本の上空をミサイルが走ったり災害に見舞われたり、テロリストと呼ばれる危険な人物達が過激な爆弾テロを起こしたり、動機は何にせよリオンは自分をただ皮肉るしか出来ないでいる。

「僕もこの世界ならばテロリストと同じか。こう言う風に全世界の晒し者にされていたのかもな」

テレビを消して自嘲した。
世間で誰もが囁くだろう。自分はとんでもない裏切り者だと。例え、どんな理由があれど自分は最初から仲間たちを裏切っていたのだから。
マリアンを救うためならば裏でヒューゴの指示した通りソーディアンマスター達を率いてグレバムを追跡し、神の眼復活の為にソーディアン達を無力化させ天上都市郡を復活させる邪魔な因子を排除した。

「風邪を引くぞ、海。」

気持ち良さそうに眠っているが起こさなければならない、それに今風邪をひかれたら今度は自分がしたことのない看病をしたり、何より。

「二回もベッドにお前を運ぶ身にもなれ。」

そんなことをぼやきながら、リオンは結局起きない海にうんざりしたようにため息をつく。
初めて言い合いをしたあの日の夜もリオンが仕方なく海を抱えてベッドまで運んでやったのだ。
こんなやつベランダにほったらかして置けばいいのに風邪を引いて苦しそうに涙を流す姿を見たくないと思う自分もいて。

彼女と暮らし始めて1ヶ月。
自分が彼女に振り回され、いいようにされていることを知りながらも世話になっている身、海を横抱きに抱えるしかなかった。
自分よりも小柄で華奢なのに見かけより何故か重量がある身体、触れれば柔らかな身体に指先が沈んでしまう。
鍛練で鍛えはしているから重くはないが、まさか自分がこうしてマリアン以外の女性と暮らして、そして女性を運ぶなんて今までにない経験だ。

お節介で世話焼きな海、しっかりしてる風に見えて本当は誰よりも涙もろくて、成人してお姉さんぶりながらもまだ寝顔もこんなにあどけない。

「全く調子が狂う・・・おい、離れろ・・・うわっ!?」

しかし、どうしたことか首に腕を回したまま全く離れようとしない海にベッドに引きずり込まれてしまったのだ。反射的に起き上がろうとしたが海がそのままリオンの胸に顔を埋めて気持ち良さそうに眠りについてしまった。

「っ・・・離れない。」

唇が今にも重なりそうな距離で眠るもんだから慌てて顔を背けて。ここで起こせばもしかしたら自分が無理やり一緒に寝たと勘違いされるかもしれない。なら起こさないでいた方がまだ安全だ。

恋人と別れ、この大きな部屋でひとりきりにされて無意識に人肌が寂しくてたまらないのだろうか。自分を恋人に間違えて唇を重ねてきたくらいなのだから。よほど人肌に飢えているのだろう。

あの夜に交わしたやりとりで家族がいないと吐き捨てたが、深い孤独を彼女もきっと味わっているんだろう。
本当は傷ついた瞳をしている海、意気地を張ってはいるが本当は誰よりもさみしがり屋で甘えたいのに上手に甘えられなくて。本当に昔の自分にそっくりだ、
いずれ知る現実もわからないままで、いつか帰ってくるとひたむきに信じ続ける、深い絶望が待つ未来に打ちのめされ、裏切られることも知らないで。

すやすやと眠りながらシーツに広がった柔らかな質感の髪が無意識に頬を撫でる。身じろぎすれば着ていたワンピースから覗いた白い太ももが露になり、慌てて毛布で下腹部を隠した。

「全く、破廉恥な女だ、おまけに酒臭いしなんだこの不快な匂いは、」

酒と煙草で微睡み気持ち良さそうな海につられて、リオンもそれから暫くして自分でも気がつかないうちに眠りについていた。

知らなかった、無意識に孤独に溺れていたこと、その孤独が知らぬ間に互いを結びつけていたことも。
無意識に同じ傷を舐めあうように寄り添いあって導かれているなんて。

「あ、れ?」

大音量で鳴り響く携帯の音をアラームに漸く長い眠りに耽って、リオンの入り交じる鼓動が高なる意味や、なぜ自分が生きていたのか。

複雑な思いをずっと考えていたこともしらないで、海はゆっくり目を覚ました。

身体を起こすと目の前には人形のように美しく整ったリオンの端麗な顔があった。

「リッ、リオン君!?ど、うして?あれ、それに、私・・・確かベランダにいたはず・・・」

いつの間にか眠っていたのか、驚く海を横目にやかましそうに顔を歪めてむくりと起き上がる。
猫っけの柔らかな髪は慣れないベッドで寝たためか、癖ついていた。

「きゃあ!!リオン君!?どうして同じベッドで寝てたの!?あっ、もしかして、リオン君が運んでくれたの?」
「君呼ばわりはやめろと、言わなかったか・・・?」
「ごめんなさいごめんなさい・・・!」

しかし、やはりまだ出会って間もない彼をいきなり呼び捨てで呼ぶのはかなり躊躇われるのか海は未だに言い直そうとしない、こいつは学習能力がないだけの馬鹿なのか?
リオンは疑問符を浮かべていた。

「最悪の朝だな、言わせてもらえば離してくれなかったのはどっちの方だ、」
「良かったぁ・・・私たち、何もしてないよね?その、えっちなこととか、してないよね?」
「ああ・・・っていきなり何だ!」
「そんなに赤くならなくても」
「まったく。それに、お前のそのひどい寝顔には興ざめだ。悪いが、そういう対象なら僕に選ぶ権利があるだろう。」
「な、なぁに、それ!?」

つまり、自分の寝顔があまりにも酷かった、とリオンは遠回しに言いたいのだろう。

「電話、いいのか?」
「あっ・・・」

失礼な人だと怒りたい気持ちもあったがリオンはやかましく鳴り響くスマホと呼ばれるそれを指差した。
本当に便利な世界の発展した機械だ。
この世界ではスマートフォンは誰もが持ち歩いている必須アイテム。確かにこれなら遠くのものとも連絡がとれる。


「お、はよう〜友里ちゃん、どうしたの、あ?うん、そうだ!わ、わかった、急いで準備するよ。待ってるから、」

向こうからはテンションの高い活発そうな若い女性の声が聞こえる。
耳はいい方なので会話はみんなリオンに筒抜けで、今こっちに向かっているそうだ。

いよいよ対面か、うるさい女がまた増えると危惧しながらリオンも促されるまま目玉焼きをただ豪快に乗せたトーストと紅茶と言う簡素な朝食にありついた。

「あのね、実は今から友里ちゃん・・・私と同じ会社の先輩で、どうしてもリオンに会いたいって、今から来る予定なんだけども、いいかな?お行儀よく挨拶できる?」
「子供扱いはやめろ。それに、僕にはお前の家に出入りする人間に嫌だとかなんだとかいちいち口出しする権利はない。僕には構わずお前の好きにすればいい。」
「私の前ではいいけれど、私の友達の前では腕組みしたり見下したりしちゃダメだからねっ、」
「フン、」

親心か母性か、海の母性愛はどうやら自分に向けられているらしい。しかし、リオンは余計な世話だと不機嫌そうな笑みを見せて自嘲した。

「大丈夫だから余計な心配はするな。いつまでもお前に心配かけるような僕じゃない」
「そう、だね。リオン君もう電子レンジとか洗濯機も使いこなせてるもんね。昨日もお皿洗ってくれたんだね。ありがとう」
「世話になっている身で何もしないわけには行かないだろ」

文句をいったがあんなに野菜の旨味がとろける美味しいカレーを食べたのは生まれてはじめてだった。
屋敷のシェフのは正直味が濃すぎたし何より、今まで食と言うものに執着してこなかった。
だから痩せているんだとルーティに馬鹿にされて頭にきたりもした。
ふわりと真正面で海に微笑まれ、照れ隠しに紅茶を一口のみ干し一息つくとインターホンが鳴った。

「海〜!!」
「友理ちゃんっ!」

鍵は開けてある。ドアを開けてオートロックを解除すると海を心配する一人である友里と思わしき声の主である巻き下ろした色素の抜けた髪を揺らし、マイクロミニにヒールの高いミュールという派手な化粧をした女がリオンたちの前に現れた。

友里は今にも泣き出しそうな海を強く抱き締め小さな頭を撫でてあげた。

「あんた、また痩せたんじゃないの?ちゃんと食べてたの?」
「うん、大丈夫だよ。元気元気、今も朝御飯食べてたところなの、あっ、そうだ、立ち話もなんだしあがってあがって!」

抱き合う二人、この世界は男も女も関係なしに抱き合う変な趣向があるのだろうか。
派手に着飾った友里と対照的に昨日の服のままで緩やかなワンピース姿と言う頭もぼさぼさ化粧していない海がなんの飾り気もなく見えた。

「あっ、そうだ、友理ちゃん、親戚のリオン君だよ、えっと」

抱き合うのをやめると、友里のつり上がった切れ長の瞳がリオンに目線を向けてきた。改めて彼を紹介しようとした海の声を遮って、リオンは人当たりのいい笑みを浮かべた。
まるで、海以外の他人に見せつけるように。
彼のひねくれたニヒルな性格を知る海は驚きに開いた口が塞がらない。

「始めまして、海がいつも世話になっております。リオンと申します。」
「えっ!」

突然のリオンの変貌ぶりに海は開いた口が塞がらない。絶対に彼が言うなどあり得ない単語と丁寧なお辞儀、少し微笑めばとても育ちのよさを窺える笑みだった。

「あなたがリオン君?」
「ゆっ、友理ちゃん」
「やっだ・・・ちょ!ちょっと、海!わたしに隠れてなにこんなにかわいいイケメン連れ込んでるのよ〜っ!やだ、めっちゃイケメン!!」
「そんなことないです。」
「えっ、えええ!?どうしたの、リオン君ったら!その喋り口調・・・」
「何が?僕は、僕だ。」

確かに彼は本当に初見の人も振り返るくらいに美形の部類に入る中性的で何処か扇情的な顔立ちをしているのだ。
おまけに低く甘い声、手足もでかいしあと数年もしたらヴィジュアル系のように整った顔立ちはさらに研ぎ澄まされ、背もさらに伸びてもっといい男へと成長するだろう。

明らかに海より男慣れしている友里でさえ見惚れてしまう。

「へぇ〜リオン君って言うんだぁ〜カッコいいね!あたしは友里、よろしくね!ん〜綺麗な顔ね、ほんとに大人っぽい顔立ちしてて、てゆか、なんで今までオーディションとか受けたりしてないのかってくらいかっこいい!!どこ中だったの?今、どこ高に通ってんの!?」
「(無駄に胸を持て余して品の悪そうな女だ)さぁ、僕は今まで海外に留学していたもので。」
「すごいね、じゃあ帰国子女なんだ。あたしも英語教えてもらおうかしら〜?」

コーヒーを出しながらすっかり盛り上がる二人を横目に海は心配そうに二人を見つめる。
いい子になり済ましたリオンの笑顔が自分にはとても末恐ろしく見えて。

「あぁっ、リオン君!お菓子食べたい?」
「ああ、貰おうか。いつものプリンだな。」
「えっ!」
「あっ、わかった!海翔のバイト先のプリンでしょ?よっぽどおいしかったんでしょ?甘いもの好きなの?」
「まぁ、嫌いではないですね。」

友里は友里ですっかりリオンとの会話に夢中になり楽しそうに雑談している。
会話を遮りながらうまく帰国子女の親戚のふりをするリオンは友里からの質問の嵐を掻い潜っていた。

「海はちゃんと食べてるの?大丈夫?もしリオン君が大変だったらリオン君の世話いつでもあたしがやったげるわよ!」
「あぁ、ありがとうございます。」

見つめる友里の眼差しを洞察力が鋭く人の裏をかくリオンが見抜かないわけではない。
とにかく体に見会わない巨乳をつきだして笑みを振り撒いてはイケメンや若い年下に目がない友里。
きっとリオンを気に入ったに違いない。
友里とは親しい間柄だが友里の男関係に関しては海は全くの無知。

複数の男性と交流を持つ美人でセクシーな友里は自分と違って男にモテるのだ。男がどうしたら喜ぶか、スタイルもよく美人で相手も不足ないし来るもの拒まずな友里の会話を遮るように海は気まずそうにちょこんと腰を下ろした。リオンと並ぶととても絵になる。

「でも、びっくりしたわよ、海にまさかこんな可愛い超イケメンの親戚がいたなんて!」
「あはは」
「リオン君、一緒に暮らしてるからって海に手、出さないでよ?この子はこう見えてまだ・・・」
「ゆっ、友里ちゃん!」

何かタブーでもあるのだろうか。真っ赤な顔で友里の言葉を制した海。

「その心配はないですよ。」

その言葉には今後一切海を絶対に好きになるどころか欲望の対象になることもない。と、いう意味合いも含まれている。笑みを浮かべているが海にはその笑顔が悪魔の微笑に感じられた。

「私も、大丈夫ですっ!」
「海は彼氏と別れたばかりだから、あまり傷をえぐらないであげてね。泣き虫だからさ、」
「そうですね、泣かせないようにします。」
「海を傷つけたらあたしが許さないわよ!?」
「それは怖いな、気を付けます。」

やはり意地悪な男だ、海も自分が見る目のない女だと比喩されたのが悔しいのか負けじと嫌味を嫌味で返し友里が持ってきたチョコミントのアイスを口に運んだ。

「でも、良かった。海が元気そうで安心した。前より顔色もよくなったし、ちゃんと食べるんだよ」
「うん、ありがとう、友理ちゃん。」

それでも姉御肌な友里は海を心配しているのがひしひしと伝わってきた。
心配して様子を見に来た友里がそうして帰る頃、トイレに駆け込んだ海を横目に不意に背後で紙切れの擦れる音が聞こえて振り向くと、そこには悪戯な笑みを浮かべる友里の姿があった。

「海のことで何かあったらいつでも連絡しなさいよ、」

その気さくな姿がやけに印象的で…

「(まさか、この世界にもお前みたいなやつがいるなんて捨てたもんじゃないな。)はい。ありがとうございます。」

リオンは海底洞窟で別れた姉のことを思いだした。
ルーティ・カトレット。血を分けた生き別れた二人。皮肉な運命が二人を引き合わせ、そして再び引き裂いた。

忘れはしないだろう、きっと。
友里の快活さがどことなくルーティを彷彿させた。

海のことなどこれっぽっちも思っていないのだから知りたいことなど、一生ないのだから。
早く帰る手段を探そう、友里の連絡先の書かれた名刺を要らないとばかりにチノパンのポケットに乱雑に突っ込み、微かなざわめきを二人に残して二人は友里を見送った。


そのまま帰るついでに買い物に立ち寄った川沿いに続く桜並木で、開花を迎えた桜たちが美しく咲き誇っていた。

「春の風は暖かくてきもちいいね。」
「あぁ、そうだな」
「あっ、桜だよ、」
「何も珍しいことなどない、こっちの世界にもある。」
「綺麗だね。夕焼けに桜が染まって・・・そうだ、お花見しない?夕飯ここでシート敷いて食べようよ。」

近くに咲いたそれは美しい鮮やかな桜並木を見つめながら。二人は少しだけ変わり行く季節に思いを馳せた。

ノイッシュタットの色鮮やかな桜並木はどうなっただろうか。
外殻大地が今は天を覆って、再び闇に閉ざされた地上に咲く桜はベルクラントの攻撃によりきっとすべて枯れ果てた。

「リオン君は花より団子かな?」
「甘味か、」
「リオン君って隠してるつもりだけど、ほんとはすごい甘党なんだね。」
「なっ!僕は別に!」
「いいんじゃない?好きなものを好きって言わないなんて人生楽しくないよ?」

物思いに更けるリオン。そうして手渡された団子を食べながら二人は敷かれたマットに腰を並べてくつろいだ。

「私のお団子も食べていいからね。ほんとに、きれいな桜。桜はね、大好きなお花なんだ、」

そう呟いて桜を見上げる海の眼差しに重なる情景。
前の男と見上げた桜に思いを馳せる横顔をリオンは黙って見つめていた。

「悪かったな、僕が隣で。」
「ふふっ、拗ねないでよ。
いいの、もう、ふっきれたから。これからは思い出に変えて、前に進みたいし」
「綺麗事だな、」
「それでもいいの。今は辛い、けど、恋の痛手じゃ人は死ねない。いつか、良かったってそう思えるように生きていたいから。過去は今を越せることはできないの。
リオン君も、だからこの世界を、今を楽しもうよ?ねっ、いつか、帰っちゃうとしても」

そうして不意に差し出された手を見て、リオンは無意識に睨みつけていた。

「フン、綺麗事だが、たまには、悪くない」

無意識にその手を握る自分がいて、自分の手は簡単に彼女の小さな手をすっぽり包み込んでしまった。
海が買ってきたコンビニの弁当を食べながら互いに言葉もなく桜を見上げる。

「リオン君、写真撮ろうよ、」
「嫌だ。」
「いいの、ねっ、」
「やめろ、肩を抱くな!」
「きゃ!」

今は過去になる。そして美化された思い出に変わって。二人で見上げた桜はいつか散る。それでも確かに二人にはこの桜はかけがえのない記憶になった。


To be continue…







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