記憶にある限り歴史にはその様な人は一切存在しない、やっぱり、彼は平行世界、パラレルワールドから来た人、なんだと、そう確信を得た。
「ヒューゴ様だ、」
「誰?」
単刀直入に別に対した意味はない。
だが、彼はそう聞いた瞬間確かに激しい憎悪以上のまるで支配者に怯える様に傷ついた眼差しで胡座をかいた上に置いた拳が更に力を増した気がした。
永遠に近い一瞬が過ぎ去りリオンがついに言葉を口にした。
「父親だ、」
「えっ?お父さんなのにファミリーネーム違うの?」
「そうだ。親子だとバレないように僕は本名を捨ててリオンマグナスと名乗っていた。僕はあんなやつを父親と思ったことはない。ずっとそうやって過ごしてきた。父親と呼んだことなんて・・・そこまで突っ込んでくるとは・・・あの人と、お前が初めてだ。」
「えっ、リオン君って偽名なの?それに、さっきもうわ言でそのマリアンって人の名前を呼んでたけども・・・あの人って、その人のこと?」
懐かしい人物なのか、首を傾げる私にリオン君は意味深に長い睫毛を震わせて最初のあの殺気なんて無かった様に微かに笑みを乗せた。
「好きか、まぁ、2人は僕が僕であるための・・・存在だ。本名は別に言わなくてもいいだろ、」
「そうなんだ・・・うん、いいよ。別にそこまで言わなくても」
"マリアン"寝言でそう、口にしていた彼が初めてマリアンという話をしたとき、初めて穏やかに瞳を緩めた気がしてなんとなく感じる。そしてまた問いかける。
「大切な、人なんだね」
「そう、だな・・・って、お前に話しても意味はない、とにかくだ、僕は彼女の身が気がかりだ・・・結局彼女が無事かどうかもわからない、見届けられないまま死んだからな・・・」
死んだ、そうはっきりと告げたリオンの表情がますます歪んで見えて、彼の一言に柔らかな朝日が射し込む柔らかな空間が一瞬にして凍り付いた、そんな気がして絶望にとりつかれた様な真っ青な顔色で怯える姿に戦慄いた。
綺麗な色の瞳を寂寞に潤ませ、うなだれるリオン。そんな姿が痛々しくて、そこな自分が重なって居たたまれなくなって海はそんな彼の心に寄り添うように優しく気が付いたら背後からそっと包み込む様に彼を抱きしめていた。
「リオン君・・・で、でも貴方は確かに死んでしまったのかも知れない・・・でも、今は?」
「何だ・・・僕を哀れむって言うのか?」
彼の左胸に手のひらを当ててその生きてる今を捨て過去に縋る姿が居たたまれなくなって瞳を細めて微笑んだ。
別に彼に対して同情したわけではない、辛い過去は誰しもが抱いているものだし。別に彼の過去なんて正直どうでもいいし持ち込まれても迷惑なだけ。他人の過去には興味なんてない、自分の過去にも触れて欲しくないから。
困惑しているのは、彼なんだから。
海が泣いたり不安になったらきっとリオンはもっと不安になる。
ただ、後ろ向きな彼を、安心させてあげたい。守ってあげたい。願うならば湧き上がるのはそんな思いだった。
「今は貴方は生きてるよ、リオン君は・・・」
「・・・いきなり・・・何を・・・」
冷たく彼女よりも長くて綺麗な指先。でも触れた温もりは本物の人間だった。あまりにも顔立ちが本当にヴィジュアルロックバンドの様に整いすぎているから。もしかして未来から来たターミネータ?なんて。だが、確かに目の前の彼は今もこうして生きている、例えどんな状況だとしても。
リオンの過去は分からないし此方からは彼の表情は全く見えない。
「かわいそうなエミリオ。」
「フッ・・・皮肉だな・・・お前も僕に同情したのか」
「えっ??」
「僕が哀れに見えて、そんな僕を助けて、優しくして、いい気分に浸っているんだろう?」
彼女の肩越し耳元でまるで毒の様に甘ったるい低い声で囁かれ官能的な美声に嫌でも体の芯が甘く疼いてくらくらした。それでも選ぶ言葉は容赦なく傷をえぐり出す様だ。
「あの・・・私、別に、そんなつもりじゃないよ・・・貴方の過去には興味ないし・・・それに貴方のこともよく知らないから」
抱き締められた腕を振り払う様に逃れ背後に距離を取る姿は一瞬で、彼が鍛え抜かれた剣士様だと信じさせられる。
真っ赤に染まった頬でそう吐き捨てたリオンに売り言葉に買い言葉、海もはっきりと言い放った。
瞬間、リオン君はまるで面食らった様に切れ長の瞳を急にカッと見開いたのだ。
「僕の過去に興味が、ないだと?ならば、何故僕を助けた?何のために助けたんだ?」
先程から彼は何を遠慮しているのだろう。
当たり前のことを聞いてくる冷静な表情とポーカーフェイスはやがて剥がれ落ちた彼にただ、ただ負けじと言い返した。
「だって、放っておけないじゃない!
海辺で倒れてて、しかも知らない世界から来た人なら尚更放っておけないよ。」
何処にも居場所がなくて、道ばたに投げ捨てられた空き缶みたいな自分に手を差し伸べてくれた恋人を思い出していた。あの時の荒んでいた海にとって、それはとても嬉しかった。温かくて涙が溢れたんだ。だから、彼女も自分が過去にそうしてもらった時のように、彼を助けたのだ。
「もし、本当にここが貴方の知らない世界ならあのままにしていたら貴方警察に連れていかれていたし、そのまま身元引受人が居なければどうなっていたか分からないわよ。」
だけど、一瞬驚いた表情を浮かべたリオンは抱きしめていた彼女の腕から逃れるようにまた背中を向けて今度は彼女の言葉を調べている。
どうして彼を抱き締めてしまったのか、だが、逃げる様に彼に拒絶されてしまった気がして凄く、悲しかった。
彼は分かっていない、この世界の平和はあまりにも儚い。社会の人はみんな忙しない、生きていくだけで、自分のことで精一杯だ。海だってリオンを拾ったのは本当にたまたまだったのだ。
ふつうだったら道ばたで倒れている人を助けること自体稀なことなのに。
拒絶された悲しみに視界が滲んできた。全てを拒むリオン君の傷ついた瞳が悲しかった。だが、海の気丈な性格がそれを許さない。
しばらくその綺麗な横顔を見つめた後、ひとり軽く提案にもならないことを、呟いた。
「一緒に、暮らす?」
「何だと?」
「だって。貴方、宛はあるの?本当にこの世界の人じゃないんでしょ?まだ、うまく理解できないけど・・・リオン君は嘘を平気でつける様な人間には見えないから、元の世界に帰るまで、帰るきっかけが見つかるまでよかったら家にいたら?」
元彼と暮らしていた部屋にこうして置き去りにされて1人ぼっちになるなんて思わなかった。
信じたくなくて、今も彼が帰ってきてくれると心待ちにしていて。凄く広く感じて心細かったから、それに、やっぱり興味はないと言いながらも本当はリオンに興味があった、のだろうか。
そうじゃなきゃあんな風に大胆に一緒に暮らそう、なんて言えなかった。
しかし、リオンが見せた表情はとびきりの笑顔ではない。ひきつった拭いきれない罪の意識に絶望を醸し出したただならぬ気迫に思わず息を呑んでしまった。
彼の罪の重さを受け止める勇気も持ち合わせていないのに私はよくも知らない彼を酷く傷つけてしまっていたんだ。
リオンが見せた表情はあまりにも想像していなかった以上の数え切れない悲壮を抱えていた。
「だから、僕を助けただと!?本当にお前はおめでたい奴だな。」
「えっ?」
「それに、素性もよく知らない僕と暮らす、だと??お前は知らないだろうから改めて教えてやろう」
リオンは妖しい笑みを浮かべて海の両の肩をしっかり掴むとか細い身体からは想像もつかない力で海の肩を締め付けたのだ。
「いいかよく聞け、僕はあちらの世界では国宝級の神の眼という遺産を盗み、ベルクラントと言うこっちの世界でいう核兵器のような兵器を復活の手助けをした。ベルクラントは空からビームを撃ち大地を砕き、数え切れない人を殺した極悪人だぞ?」
「極悪人・・・リオン君がひと、殺し・・・っ?」
人を、殺した。
その驚愕の事実に声が裏返り思わず息を呑んだ。
彼の眼差しには闇を感じていた。でも、後悔よりもそれをバカ正直に口にしたリオンの回りくどくて不器用な優しさにただ、ただ、海は頷くしかなかった。
今ならわかる。最初から彼は悪人の振りをして迷惑が掛かるのを分かっているから。わざと遠ざけようとしたんだ。
表面上はクールに装っていながら、いつも罪の意識はきっと償う術すら分からなくて、拭いきれなくて、たくさんの後悔と過ちを裏切りも恥も抱え込んでいた。
敢えて極悪人だと口にしたのも、彼女のためについた不器用な優しさだったのか。
人殺しと言い張る姿がとても悲しくて。どんな理由があったとしても人を命を奪うのは絶対に許されては行けない。加害者は情状酌量や精神鑑定問答無用で死刑になればいい、そう思っていた。
実際にその被害者の親の立場だったら、
だけど、人殺しをした彼、なのに、どうしてそんな目で見れないのだろうか?
分からない、でも海の中では彼が、意味もなくたまたま近くにいた人を無差別に殺す様な人には見えなかった。
「きゃっ!」
「お前は男と暮らすことの意味も知らないだろう」
「なに?」
彼の強ばった恐ろしい表情から微かに読みとれる激情、リオンは何にも動じない、クールで冷めたくて辛辣な人に見えるけど、本当はぼんやりしているとリオンは急に彼女の両手首を持ち上げ無理矢理壁に押しつけてきたのだ。
斜め上から射る様に見つめられいくら意識をしていないからと言っても恥ずかしいものは恥ずかしい。
しかもこんなに綺麗な顔立ちの男の子に迫られ海は真っ赤な顔で必死に両手首に力を込め身を捩らせ抵抗してみたけれどびくともしないのだ。小柄で細い身体に一体どんな力があるのか。
「分かったか?お前みたいな女、簡単にどうにだって出来るという事だ。見た目よりもそれなりの年齢のお前なら理解できるよな?
怪我は治った。もう此処に僕が留まる理由はない。礼は言わんぞ。」
「きゃあっ!」
もがいていた矢先そのまま両手首を引き離され壁に頭を思い切りぶつけた。
頭を押さえ込む彼女を見下すリオンの冷たい瞳。しかし、海はその瞳を反らせない。
脅迫する様にへたりこんだ彼女ににそう吐き捨てるとリオンはダボダボのチノパンの格好のまま家を飛び出し宛もないはずの世界へ歩き出してしまった。
「ま、待って!」
でも、追いかけようとしたが、急に壁に押しつけられた恐怖で脚が生まれたての子鹿みたいにかくかくと震え彼女は力なくまた絨毯に崩れた。
本当に怖くて、たまらなくて、異性というものに対して警戒心しか抱けなくなってしまった。
男の人はずるい、力がない女という弱い生き物たちを力で無理矢理屈服させる。
ふと両手首を見つめると其処にはくっきりとリオンが男なんだと言う証の掴まれた痣が浮かんでいた。
「っ・・・!」
怖かった。悲しかった。
彼を助けたのは、結局彼の言うとおり同情や哀れみから来る我が身可愛さだったのだろうか?
ボランティア気分だったんじゃないか、自分より辛い境遇の人間を助けてあげて悦に浸りたかったのか。自分自身もう分からなくなってきた。
震える身体をどうにも出来ず、海は抱えた両膝に顔を埋め涙を零し続けた。
痛かった、手首も心も。
懲りもせずに無意識にまた、誰かを傷つけ失った。雨が降り出した外はまるで、彼の心の底から流れる雨の様だった。
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