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MISSYOU

08

彼氏と別れて落ち込む私の前に突然現れた綺麗な顔立ちに寂しい瞳を宿した男の子。

彼氏に別れを告げられ、心寂しかったのもある。偶然砂浜に打ち上げられるように倒れていた知らない男の子を家にあげるなんて、たぶん、リオン君じゃなかったら知らない振りをしていた。

リオン、だからだったのだと、今ならそう思えるの。私たちはきっと出会う運命だったのだと。


泣き止まなければと思えば思うほど歯がゆくて、栓を抜かれた涙腺のダムは崩壊し、また涙は溢れる。

同じ痛みを抱えていた彼はもう海を怒鳴りはしなかった。気が付けば熱い体を押しつける様にリオンから海もたれかかり、その身体は微かに震えていた。

傷が痛み苦しくて魘されているから少しでも楽になりたくて海に寄りかかっているのと信じていた、でもそれは違うらしく。
海はふとリオンの呼吸がさっきよりも酷く乱れていることに気付きすぐに我に返り堪えきれずに流した涙を拭いた。

一度泣けば止まらなくなるから泣かないって決めたのに。あの人を涙で引き留めようとした過去なんか、忘れたいのに。

「リオン君、大丈夫・・・?」

泣きたくなんてない、自身が弱いのを認めるだけ、誰かに慰めてほしいとひけらかすこんな姿を見せたくない。
仕事もずっと休んで引きこもって、こんな年下の男の子の前で怒鳴られてびっくりして泣いてばかりいて。

リオンの方に向き直ると彼女を見つめる紫紺の瞳があった。頬は紅潮を通り越し青白く染まり尽くしている。息も荒い、海の声にも答えない。もしかしたら・・・嫌な予感に胸騒ぎを感じ、リオンがずっと押さえていた右腕に目を光らせた。

「リオン君っ、右腕どうしたの?見せて!」

リオンはもう抵抗する体力すらないのか非力な彼女の腕力でも簡単にその右腕をずらしぐらついた視界に倒れ込んできた。
失礼して複雑な衣服のマントの留め具を見様見真似で外し蒼黒のウェア一枚になり右腕を思い切り捲ると思わず息を呑み言葉も先ほどまでの涙も無くしてしまった。

リオンのその右腕の傷はまるで熱風で抉られた様な裂傷を残し、尋常でないほどの高熱を持ち、膿んだ傷口は紫色に変色して彼女の視界に焼き付いていた。見たことがない傷口に思わず声を失い彼を責め立てる様な声調になった。

「こんなになっていたなんて!!どうしたのこの傷は?まるで誰かにやられたような・・・」

でも彼はもう意識を完全に混濁させてしまっていた、大変だ。外傷から細菌が入って化膿してしまったのは素人の海でも分かるくらいに酷いものだった。

どうしよう、こんな時間に病院なんて・・・海は狼狽えるが苦しんでいる彼をこのままにしておくなどできない。彼女は後悔した、友里と話している間に彼を寝かせて放置していたからだと。やはり即病院に連れていけばよかったのだ。居てもたっても居られず彼女はリオンを抱き上げた。

「…マリ…アン、」

すると、一瞬の沈黙の後にリオンは譫言の様に苦しげにそう、呟いたのだ。空耳だったのかもしれない、もしかしたら、違うのかもしれない。しかし、彼にだって大切な人の1人や2人。

「マリ、アン?・・・女の人の名前?」

もう夜も更けこみ診療時間なんてもうとっくに終わってる時間だが、彼の傷がこんなになるまで放っておいた自分に責任がある。浜辺に倒れていた他人のしかも異世界から来た彼を今更家に連れてきたことを悔やんでいる場合じゃない。

日赤病院の夜間センターならやっている筈だ。手当たり次第に服を顔を背けて海翔が寄越した服に着替えさせる。チノパンにバンドマンのTシャツを着せると改めて彼の素材の良さを知った、ラフなスタイルなのに足も長くて美形だからとてもキマっている。
ただし、履かせる靴がない。仕方ないので結局元彼氏が一度も履かなかったクロックスを履かせて彼を抱き締める形で運んだ。

鍵を閉めて相変わらずぐったりした荒い息で海の胸に埋まり呼吸する彼の肩と膝裏に手をかけ有りっ丈の力を振り絞り思い切り抱き抱えリオン君を何とか車のシートを倒し助手席に寝かせるとブランケットを掛けてやり、慌ててサイドブレーキを引きハンドルを片手で操り深夜の街を走り出した。

運転しながら車から流れるBGMが更に急かす様に彼女を焦らせ、慌てて音楽を切った。彼は背も海よりは大きいが、友里くらいしかない、しかし、女の子みたいな顔立ちなのに抱き抱えた重み着替えさせた身体の硬さは。彼に抱き締めて貰う穏やかだったあの日々を彷彿させてまた涙を誘った。

普段混み合う日赤病院の夜間センターは今は不気味な程に静まり返っている。慎重に運び終えて診察を済ませた彼女は後から彼の保険証がないことに今更気付くと眼前に迫る現実に愕然とした。

保険証未提出の場合は治療の際の保険料が降りない、全額ご負担になるのはお財布と覚悟しなければいけない。ただでさえ仕事を休んでいるのに。ただならぬ不安が彼女をさらう。

車椅子に乗せられてで運ばれた彼の右腕の傷口は火傷と切り傷を合併し尋常でないほどに変色し腫れ上がりとりあえず親子はおかしいので本当に仕方なく転んで切って放置していた、と言うことにした。
彼氏、今はそう呼べる存在の事を考えるのはお医者さんに監督不行き届きで怒られるより、身を切られるより辛かった。

「っ!」

無意識に助けを乞うように元彼の名前を口にしようとした自分が恥ずかしい、慌てて口を閉じてやってきたお医者さんの説明を受けるとリオン君の傷を抗生物質で様子を見つつ跡が残らない様に傷口の一部をメスで切除するという意識が遠のきそうな処置を彼に施すそうだ。

どうしよう、そんな痛い治療を。思わずリオンの方に目を配らせれば彼女はまた後悔した。

「何を・・・見ている」

混濁させていた意識を浮上させ彼は傷が辛いのか息を荒くして彼女を睨みつけていた。
怖い、無意識に身体が震えた。獰猛な肉食動物みたいに鋭い全てを疑う眼差しにお医者さんも眉を寄せた。

それでも今から始まる痛い治療に耐える彼を見守らなくちゃいけない、宥める様にひきつる頬を叱咤して安心して、そんな意味を込めて警戒心向きだしな彼へ笑みを向けた。

でも、リオンには笑顔を向けるより早く顔を反らされてしまったけれど、おとなしく寝台に寝かされて点滴を受ける姿は年相応に見えた。

「じゃあ取るよ、少し痛むけど年上のいい彼女の前で情けないところは見せられないだろう」
「何を!?っ!」

彼女、その言葉に露骨に嫌悪感を露わにするリオンに海はただごめんなさいと頭を下げることしかできなかった。メスで傷口の肉を抉るよりは幾らかまだ痛みは少ないかもしれない、でも彼は麻酔無しでもいいと、見たことのない器具に警戒し、皮膚の一部をメスが掠める痛みに端麗な眉を寄せ苦痛に喘いだ。痛い、それが一番の率直な感想。
僅かの時間の痛みでもその様子を見てるだけでも具合が悪くなってくる、腕を突き出し顔を背けるリオンに海は無意識に歩み寄っていた。

「偉いね、しかし・・・大の大人でも泣き叫ぶくらいなのにそれを、麻酔無しで・・・よく我慢したね。もう終わりだよ、」

怖がって泣き叫ぶ人もいて一応麻酔を掛ける人もいるみたいだったけれどリオンは決して嫌とは口にしなかったのを海は単に彼が我慢強いだけだと思いこんでいた。

「後は抗生物質と軟膏ですね、風呂に入れてあげる際はきれいな水で患部を洗い流して下さい、あちこち傷だらけだったのでついでに消毒しておきました。よく耐えた、麻酔なしでさすが男だね、かわいらしい彼女さんの前だからかな、はははは!」

今更ただの通りすがりで拾った男の子なんです、なんて言えるはずもない。私は笑顔で彼を心配する恋人の振りをするしかなかった。

でも、不思議と嫌ではなくて、すんなり受け入れてしまえる順応的な自分に海は違和感を覚えるほどだった。

「リオン君、大丈夫?」

傷口がひきつるように痛み端麗な表情を歪ませ苦痛に脂汗を浮かべたリオン、痛みに耐えた心労だろうか、彼の心に抱えた悲しい痛みは、身体の痛みを遙かに越える想像だに出来ない痛みだった。ナイフの様に鋭い切れ長の瞳の奥に秘めた寂しさ。

処置を終えると医者は彼に抗生物質を飲ませると、不意に海の手を握りそのままリオンの手に握らせたのだ。彼の手は筋くれ張り小柄な見かけの割にしっかりした男性の手をしていた。

「後は少し様子を見ればもう大丈夫でしょう、よく痛みに耐えたね」
「他愛もない・・・手を離せ、」
「格好付けたい年頃なんだね、よく頑張った。後の治療は彼女にお任せします」
「は、はい。ありがとうございました。」

僅かな時間だったが皮膚の一部を切除したのだからきっと痛いに決まっている。それでも強がる気丈に振る舞うリオンの姿に何だかいじらしさを覚えた。
ふと、彼と目があい気まずさを感じながらもまじまじとその双眼を見つめた。怪しげに光るアメジスト石を埋め込んだ様に輝く瞳、長い睫毛が伏せられると時刻はすっかり真夜中を過ぎ眠たくなるのも分かる程で。私も欠伸をかみ殺しながら保険証のない恐怖の会計を済ませると未だ腕の傷口の痛みが引かない彼を連れてその場を後にした。

車に乗り助手席のシートを倒して寝かせてあげるとリオンは抗生物質を飲み眠気の副作用があるのか分からないがそっと寝かせて無意識に優しく髪を梳いてあげた。

苦しいのか、悲しいのか。たくさんの哀愁を織り交ぜたリオンは年相応に感じることができた。でも、このときの海は何の気にも止める事もなく車を走らせ自宅のマンションへと帰路を急いだ。

車の心地よい揺れに微睡みまた眠ってしまった彼を起こさないように抱え上げまた有りっ丈の力で歩きながらリオンをマンションまで運んだ。

近所の人の視線は気にしない様にして薬を飲み眠る彼の姿を横目に家の周りを片づけ彼の服と潮や砂だらけのシーツと枕カバーを取り替え洗濯機を回し掃除機とクイックルワイパーでフローリングをぴかぴかに磨き上げ洗濯物を干す頃には辺りはもう朝焼けの光を受け煌めいていた。あっと言う間に夜明けは迫っていた。

リオンが騒音に寝息を漏らし、色艶やかな声に思わず振り返るとリオンの瞳がぱっちりと見開かれダイレクトに視線が交わった。
飛び起き不思議そうに海を見ている。
無防備なリオンの寝起きの姿に少し和みながら警戒心剥き出しの傷ついた瞳が少しでも和らいだらいいと思い笑みを浮かべた。

「目、覚めた…リオン君?」

もしかしたら彼はずっとこのままなのかもしれない。彼は本来もともとがこの性格なんだと、受け入れてしまえば些細な冷たいリアクションもきっと、受け入れられるから。

輝く海と朝日が見渡せる最高のロケーションにリオンは吸い込まれる様にベランダに立ちまっすぐ見据えた横顔に見惚れた。そのまま隣に立つとリオンからその目線を投げかけてきた。

「なんだこの防護なんてまるで無視した服は。」

「それは・・・寝るのに適してないと思ったから・・・着替えさせてもらったけど大丈夫、見てないよ。」

上質なウエアばかりしか着たことのないリオンが違和感に開口一番に自分が身につけていた見たこともない服に鋭い指摘を繰り出してきたリオンに思わず飛び上がってしまいそうなくらい面食らってしまった。

手すりに凭れ額に指を宛がうとリオンもベランダの手すりに頬杖を付いて遠くを眺めた。

海翔が中学の頃に着ていた服はリオンは先ほどの白タイツよりとても様になっている。
やはり彼は異世界から来たんだとすんなり受け入れられるくらい私は冷静だった。

「それは借りたものだから気にしないで。とりあえず着せただけだから。私たちの世界はそもそもリオン君が着てたような正装は特別な時だけ着るんだよ」

一から百まで説明しなければならないのなら、話を切り替える様に海は彼にパソコンの説明をした。無線LANの最新のノート型のコンパクトなそれは仕事用に買ったものでタッチパネル式ですいすいと自由に動き回るアイコンにそれにリオンも無心で見つめて子供の様に瞳を輝かせている。

「リオン君の故郷の国のこと、パソコンで調べてみるから」

「それは何だ。」

「これは昨日のスマートフォンの大っきいものだと思ってくれればいいよ」

海は未だぎこちない口振りで彼に教えながら彼の足掛かりになるキーワードを打ち込んだ。

「じゃあ、調べるから言って」
「神の眼、天地戦争、」

神の眼?天地戦争?意味分からない。そんな戦争、過去にあっただろうか。彼に聞くと逆に知らないのかと驚かれ少しむっとなってしまう。彼曰く神の眼とは世界のパワーバランスを揺るがす千年前からの遺品らしい。直径六メートルにも達する巨大なレンズで秘められたエネルギーを持っているそう。天地戦争は天空に浮かぶ都市と地上が二つに分かれて争った歴史の名前、つまり日本で言うアメリカという巨大な国家との大戦と、言うことなのか。

ついでに彼の名前なども入力してみたけれどどれもヒットせずリオンの名前とよく似たアニメがヒットしただけで何の意味も成さなかった。

「やはり間違いないな。それにこんな高度な機器など存在しない、おい、あれは何だ。」
「あれ、ってテレビのこと?テレビって言うのは・・・え〜っとね、動画、動いている映像を電波を使って、不特定多数のこの画面に音声、あるいはデータの情報を送ることができる装置なの。そこから情報を得たり舞台を観たりするのよ」
「馬鹿な…、人がそんな薄い箱の中に!?」
「ふふっ、そんなにびっくりしなくても…本当に知らないんだね。じゃああれやこれも?」
「なんだあれは!」
「あの線から電波を引っ張ってくるの。ちなみにあれは何万ボルトの電気が流れてて触ったら黒焦げになっちゃうよ」

聞きなれない単語に開いた口が塞がらない状態だ。本当にどんな場所に今まで住んでいたのかしらと疑いたくなるくらい、技術力が廃れた不便な世界から来たのだろうか。

確かに彼が嘘を付く用な人ではなく貴方の信頼に値する人ですか?と問われたらまだ素直には頷けないけれど、人恋しさで本当に今日はどうかしていたんだ。
だがリオンは確かに嘘を付く人には見えない、これは事実。

「もうひとつ、調べてくれ。」

「え?」

そして最後の藁にも縋る様な思いでリオンは静かにまるでこの世の終わりの様な切迫した表情を浮かべると形のいい唇が口にしてはいけない禁句の様に小さく震えた。

「ヒューゴ・ジルクリスト」

To be continue…


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