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MISSYOU

07

一度泣けば愛しい思いが胸に溢れて、止まらなくなるから、だから涙は流さず必死に唇を噛みしめて眉を寄せて堪えていた。しかし、

親友の顔を見たらそんな決心、涙腺のダムなんてあっと言う間に崩落してしまった。
やはりこんな時に、1番心配してくれるのは、涙を見せることが出来るのは家族よりも親友の存在かもしれない。
好きな人や身内には近ければ近い存在にこそ弱い部分はなかなか見せられないものだから。

海は一頻り子供の様に泣いて、泣き続けて、時折時間を置くように涙は止まるけど、それでも彼を失った悲しみは計り知れなくて。初めての失恋は痛くて苦くて辛い記憶として刻み込まれた。
到底忘れられそうな痛みではなかった。

「よしよし、」
「恋の終わりって、こんなに呆気ないんだね」
「海」
「私だけすごく好きでいても、相手が私のことを嫌いになったらおしまい、なんだね、諦めなくちゃ、いけないのよね。」
「海・・・っ」

友里は涙目の彼女にそう訪ねられこみ上げる涙を耐え気が済むまで海を泣かせて優しく頭や肩を撫でて抱き締めてやった。
やがて、冷たい風を肌が感じるほどに冷えた外でやっと泣き止むと海は自分たちを心配そうに見つめる1人の背の高さからして男性だろう人物がセダン車から降りてこちらに申し訳なさそうに歩いてくるのを肉眼で確かめる事が出来た。

「あ、あの〜友里ちゃん、取り込み中のところ悪いんだけど。俺そろそろバイトに戻らなきゃ」
「あんたーちょっと!このバ海翔!!この状況見ればあんたの都合なんて気にしてる場合じゃないってわかるでしょ!」
「ひいっ!」

やってきた海翔と呼ばれた男はダークブラウンの髪が良く似合う大学生くらいの男だった。
精悍な顔つきと浅黒の肌が爽やかな印象を感じられる。

「す、すみません。俺・・・あの、これ、ティッシュ、使って下さい」
「、すみません」
急にやってきた正直洗練された異性に海は精一杯涙を一生懸命隠すと困ったような笑みで海翔が怪しい電話番号の書かれたピンク色のポケットティッシュを差し出したのだ。

「何よこのいかがわしい電話番号付きのポケットティッシュは!デリヘルじゃないの!」
「痛い!痛いって!友里さん!」

くるくる表情が変わる可愛い男の子だ、歳は少し海よりも年下だろうか。二人のやりとりがおかしくて思わず釣られて笑うと海に白い歯を見せて笑い海もつられて小さく笑みを浮かべてティッシュで涙の粒を吸い取った。

「こいつね、こんな季節なのに肌黒いけど大麻やってる訳じゃなくてサーフィンだから、」

友里の話ではどうやら彼はサーファーらしい。
地元のサーフショップでバイトをして波に乗っていた海辺で出会った友里をナンパしたが、年上好みの彼女にはお気に召さなかったらしくそのままあくまで弟的な存在として付き合いを続けているそうで、海の頼みにわざわざ中学時代の服を持ってきてくれたのだ。
海翔は思い切りショックを受けるも海の涙目と友里の怒りの眼差しに見つめられて話しかけるタイミングが悪かったと再び頭を下げる。

「す、すみません。俺ったら2人の大事な話、邪魔しちゃって」
「もう・・・本当よ、あんたは服だけ貸してくれればいいのよ。ごめんね海」
「いいの。もう、平気だから・・・バイト中にごめんね。えっと、」
「あ、仙崎海翔です。大学1年で実家がケーキ屋でそこでバイトしてて。友里さんにはよく足に使われてます」
「ちょっと!何よその言い方?」

異性に涙は見せたくない、慌てて悲しみを振りきる様に涙を拭う海の頬や鼻は真っ赤に染まって潤んでいた。

「・・・古雅 海です。」
「タメ語で良いですよ、海さんの話は友里さんからよく聞いてます!」

あれだけ泣いたのだ。まだぎこちない海の話し方にも笑顔で気さくに接する彼に次第に気持ちも落ち着いて来て少しだけ穏やかな気持ちになれた。
悲しみを振りきる様に立ち上がると海はお洒落なロゴの入った紙袋に大量に詰まった服に感嘆の吐息を漏らす。

「すごい・・・こんなにいっぱい、本当にいいの?海翔君!」
「中学時代のならまだ着回しきくんでどうぞ着てやって下さい!その親戚の男の好みが分からないんでどうか分かりませんが・・・あっ、下着はちゃんと新しい奴買って置いた奴なんで心配しなくて良いですよ」
「・・・ありがとう」
「良かったわね、特に下着なんて使い古しのなんてなんかヤダもんね!」
「な、なんて事を、友里さん、変な誤解を呼ばないで下さぃ!」

ふわりと、見せた柔らかな海の笑みに焦っていた海翔もにこにこと無邪気に笑う。涙は心の汗と科学的にも涙は良いと言う通りに海は泣くだけ散々泣いたら少しだけ気持ちが楽になれた。まだ発展途上の体躯だが意外に手足の長いリオンなら着れるだろう。

あんなに玲瓏な風格を醸し出す何処か妖しい美形なのだ、それが自分のベッドで眠っている。少しばかりこの世界の服を着こなす様を思い浮かべて期待に胸を寄せる自分が居た。

「ありがとう友里ちゃん、海翔君。」
「気にしないで、何かあったらまた連絡しなさいよ?今日は海翔送ってかなきゃならないけど親戚の男、次こそ見に行くからね!」

駐車場で友里の車に乗り窓から顔を覗かせ未だ心配そうな二人を見送ると海翔が紙パックに入った冷たい何かを取り出した。

「あ、これ俺のバイト先のプリンです、良かったら」
「プリン・・・」

丁度リオンが食べたいと口にしていたプリンがまさかこんな良いタイミングで手に入るなんて。友里が以前テレビの口コミに出て話題になったそうだ、と付け足せばその好意を無駄になんて出来やしない。

おずおずと受け取ると其処には普段見ないようなおしゃれなイタリア語のロゴが刻まれていた。

「聞かないお店だけど、でもいいなぁ・・・オシャレだね。何処にあるの?お金払わなきゃ、」
「お金なんて!とんでもない!オッサンの作った試作品なんで金なんかいらないっすよ!親戚の男と食べて下さい!甘くないんであまり甘党じゃない人にもウケがいいんですよ!
俺はいつでも海さん「気安く名前を呼ばないでよ!海は私の海よ!あんた見た目が遊んでそうに見えるからね!」
「ひどいじゃないっすか!それ気にしてるのに!あ、海さん店ならついでに俺のID教えるんで気軽にどうぞ、」
「えっ・・・あの、」
「親父が経営してるんですよ、最近までフランスにいたもんですから。イタリア料理も昔はやってたんですが」

どさくさに紛れてごく自然にIDを交換し意味深な言葉に海は不安そうな眼差しを浮かべたが海翔はすぐにまた笑みを乗せ手を振った。
ひび割れた液晶に映るホーム画面も早く消したい。いっそならば機種ごと変えたかった。事情はきっと友里から聞いたのも含め察したのだろう。

「ありがとう。
じゃあ、今度お店に行くね」
「マジっすか!?楽しみにしてます!!俺大学サボって待ってますから!!」
「こら!真面目にならないならデートしてあげないわよ?」
「うぅ・・・友里さん厳しい」
「当たり前でしょ!このわたしの可愛い女友達に気安くナンパして・・・海みたいな純真な子にアンタみたいなのはただじゃ相手してやらないからね!」
「ふふっ、」

貰ったプリンにこれ以上他の人にまで迷惑を掛けられない、海はいつまでも痴話喧嘩を繰り返す2人に小さく笑顔を見せた。

「やっぱり海さんは笑った方が可愛いですよ!俺には理解できませんね!こんなに良い人を振るなんて!」
「当たり前でしょ!海は中身だけじゃなくて見た目もお嬢様みたいに清楚で可愛いんだから!他の女に走ったあいつの目は腐ってんのよ!」
「なるほど、友里さんがケバいから海さんが丁度「黙れバ海翔!!!」
「元気になったら来て下さいね!親父に頼んでプリン特別に作らせるんで」
「うん、ありがとう!」
「早く仕事来なさいよ!待ってるからね!親戚の男に何かされたら言いなさい!」
「だっ、大丈夫だよ・・・それは絶対にありえないもん」

早く元気になることを約束し2人の車が見えなくなるまで手を振り見送った。
賑やかな会話から離れ、人影が無くなり一気に春の始まりの静かな夜、静寂が海を孤独感に陥れようと手を伸ばしてきた。こみ上げそうな涙は乾いてはいたが気を抜けばまた溢れ出してしまいそうで。

「ねぇ、海翔、海どうだった?」
「どうって・・・なぁ〜・・・まぁ連絡先は貰ったし、実物の方が写メより雰囲気違いますね。」
「あんたさえ良かったら、海のこと、助けてあげてね。あの子もあいつの他にもいい男は沢山いるんだってこと、きっといつか分かるだろうから。」

友里と海翔が車の中でなんの話をしているのかなんて海な知らない。ただあの日に帰れるなら・・・

「海!」

あの日に戻れるなら何度も願っても涙は止められない。後悔だけが雪の様に静かに散っては積もっては消えていった。

とにかく帰ろう、受け取った紙袋とプリンを手に泣き腫らした瞳がヒリヒリと熱くて今更襲う痛みに耐えかね。ふらついた足取りで何とか平行に歩く海の瞳は未だ涙で濡れていた。

今日は色んな事がありすぎてすごく疲れた。
変化の無かった泣き暮れるばかりの毎日が確かに変わりつつある。
玄関のドアを開けて履いていたヒールの高いミュールを脱いでリビングの2人がちょうど座れるサイズのソファに腰を下ろしため息をつく。

今年は春の訪れが早そうだ、リオンが連れてきたのか、別れの春があの日なら今日は出会いの春なのだろうか。
今は、悲しみと寒さからくる人肌恋しさでどうにかなりそうだった。
海翔からその後メールが来たが、悪い人ではないのに、初対面の人間を受け入れられない頑なな心、軽そうで女にモテそうな海翔の外見の印象からなかなか返す気になれない。もしかしたら、友里は海翔を海に紹介したかったのかもしれない。前の恋を忘れるには手っ取り早く新しい出会いをと、思ったのかもしれない。自分がそう簡単にほかの男性に走るほど吹っ切れていないことを知っていて、わざと。暗くなった室内に明かりを探して電気をつけた瞬間、

「何だ!!」
「あっ!ご、ごめんね…いきなり電気つけて」

勘の鋭い神経質な彼だろう、ベッドから慌てて上半身を起こすと鋭い目つきで海を睨みつけ肩を震わせていたのだ。
慌てて謝ればリオンは無言で冷や汗を拭った、怖い夢でも見ていたのだろうか。
鋭い切れ長の海の様に深い紫紺は腹の底がヒヤリとさせられる程に鋭い、傷ついた心をそのまま表していた。

「・・・いきなり音を立てるな。」
「うん、ごめんね・・・」

先程までずっと泣いていたのだ、しゅんと俯く海に同じく、リオンも僅かに瞳に滲む痕が見えた。今の海の泣き腫らした瞳も人の気持ちには敏感で勘の良いリオンならきっと見抜いて居ただろう。
しかし、分かっていながら海もリオンも無視をする。今は自分のことしか考えられないし、そもそも他人に関心もなく。
またそっぽを向いて寝返りを打ってしまった。

「もう20時だね。お腹空いたよね?後、リオン君の服、借りてきたんだ。プリンもあるよ。」

努めて明るく振る舞い異世界からきた彼を何とかしてやろうと動くのに海は一切口を開こうとしないリオンの態度が無性に悲しくなりたまらなく大声で泣きたくなった。

「あ、じゃあ着替えの前にお風呂、追いだきしたから入りなよ、ね?」

これで判明した。どうやら彼は海翔のように人懐っこく素直で、何でも聞き入れる可愛い年下の男の子ではないようだ。
しかし、クールな雰囲気を纏い逆に上から目線の生意気な態度の他人をどこまでも拒絶する彼に海は少しだけ昔の自分を感じ親近感を抱いた。
寡黙で、拗ねた態度の彼の育ちの良さを表す丸い黒髪の頭が何だか可愛くて。千枚通しを首に突きつけられた相手にくすりと笑みを浮かべるとリオンはいつの間にか海の方を見ている。正式にはその後ろの写真を見ているのだろうが。

「あの、リオン君?」
「あの絵のお前の絵、この世界にもいい画家が居るんだな、生きているみたいだ。」
「あ、あれはね、写真、って言うんだよ。」
「シャシン??」

その言葉にリオンは不思議そうに首を傾げた、さらさらの黒髪が揺らめく。彼の世界には写真というものは存在しないのだろうか。
白い指先が指した先には恋人と寄り添いあったりキスを交わしたりした今見れば幸せだった日々を鮮やかに映した写真の数々だった。

目に映る全てに対して微力だがポーカーフェイスに僅かな反応を見せるリオンに海は泣き腫らした瞳を瞬かせスマホを取るとリオンにそれを見せて優しく教えてあげた。

「あのね、こうして、カメラ?この液晶のレンズがリオンくんを認識して・・・」
「うっ!!」

急に説明されたばかりのスマートフォンのカメラ機能で写メを撮られその眩しさにリオンは飛び上がった。

彼も漸く異世界ながらもその現実に何とかして無理矢理馴染もうと努め落ち着きを取り戻そうとしているのが伺えるも、やはり、思った以上に海水に浸かっていたからか傷口から細菌が入ったのか瞳が泳ぎ、ふらついている。

「ほら、こんな感じ。」
「僕が居る、だと?何だこれは、何がどうなっている!何をした貴様!」
「そ、そんなに怒らなくても・・・」

「ー口答えするなよ!」
「嫌ぁっ!怖い・・・っ!」

不意にスマートフォンの待ち受け画面に映る自分の姿にリオンは我を疑った。海は急に彼に肩を掴まれ、思い切りあの瞳に睨まれ、放たれた覇気はこの上ない恐怖を海に与え、怒鳴る声にフラッシュバックする記憶が海の脳裏にまざまざと蘇る。恐ろしい記憶は痛みとともに、海は引きつったような声で耳を塞ぎ泣き叫んだ。

「おい、」
「あ、ご、ごめんなさ・・・!ごめんなさい!」
「・・・(泣いた)」

海は必死に押し隠していた涙を驚いた拍子に流してしまったのだ。

そして、いきなり親切にしてくれた女に泣かれてしまいリオンも困惑したかの様に眉を寄せ慌ててその手を離した。出会った日から海は最初から泣き腫らした目をしていたがついに泣かせてしまった事実に何ら変わりはない、困った様に内心その冷めた瞳の内には優しい気遣いがある、戸惑いが浮かぶ。
女の涙なんて、泣いている女など面倒でなるべくなら関わりたくない、そう思っていたが。

自分をこれっぽっちも疑うこともなく優しくこんなに手厚く保護してくれたのに対してこれでは彼女に対してあんまりではないか。

此処にマリアンが居たなら間違いなく自分を咎めていただろう。最もそのマリアンとは無事を父親から聞いただけでもう彼女には逢えないのだ。

「この絵は写真と言うんだな・・・。フン、」

こんな時に、泣いてる女性にどんな優しく気のきいた言葉を掛けてやればいいか辛辣な皮肉を吐き捨ててニヒルに嘲笑う彼には分かるわけもない。スタンやコングマンなら慌てて優しい言葉をかけるのだろう、女性の扱いも手慣れていそうな大人の風格漂うウッドロウやジョニーならあの紳士的な笑みを浮かべて彼女の肩でも抱いたりするのだろうか。しかし、自分にはどうしたらいいのか分からない。女との関わりなんて、マリアンを除き、本当に今まで無縁の世界だったから。

「急に泣いたりしてごめんなさいね。」

しかし、ベッドに腰掛け必死に涙を止めようとする華奢な肩が震える度にリオンは激しく胸を締め付けられて。海は瞳を瞬かせた拍子に背後から覆い被さる様な熱に慌てて振り返った。
いつの間にか、熱い身体は静かに海を引き寄せていたのだ。

「!!
あ、あの、リオン君、ごめんなさい具合が悪いなら寝てていいから、」
「泣くな、どうしたらいいか分からない」

海に同情の涙でも流されたらリオンはますます怒りに震えていただろう。
しかし、いつの間にかひび割れた液晶画面に映るのは怒りに瞳をつり上げた自分では無く、幸せそうに寄り添いあう海と知らない男、きっと海の恋人なのは明らかだ。
だが、自分の知ることではない。
ただ、必死に泣きやもうと小さく震えて泣いている彼女の涙を見たくはない、それが本音だった。

しかし、リオンは尚も無言だった。表情も変わらずにまるで人形の様で・・・海は少し戸惑うも急に引き寄せられた彼の胸は熱くて。

背は低いが見掛けの割に着やせするタイプらしい。女友達とフレンドリーハグで抱き合うのとはまた違う、男の筋肉質な体躯と潮混じりの彼の上品な香りに包まれて海は安心した。

大泣きしたばかりなのに、出会ったばかりの少年の温もりに安堵し、はらはらと静かに涙を流して背後から彼に抱き締められる温もりに安心して瞳を閉じた。

リオンも、少しだけ彼女の温もりに穏やかさを取り戻せそうな、そんな、気がした。

To be continue…

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