「人間になりたかった者達の唄」
私は、実は留年している。
理由は至極簡単だ。単位が足りなかったから。勉強が苦手だったわけではない。そもそも登校すらしていなかったからだ。
当時の自分のことを出来れば思い出したくない、と思う程には暗闇に包まれた一年だった。大好きな私の両親は諸事情で海外へ渡ることとなったのだが、私の身を案じた母親は私を叔母の家へ預けたのだ。それが良くなかった、なんて言うと母親を責めるようだけれど違う。叔母と私の相性が最悪だっただけ。先述の通り、思い出したくない記憶なのでこの辺で切り上げることにする。
学校にも行かず、ただ無為に時間を過ごした。髪も染めたしピアスも開けた。家には帰らず夜の街で過ごすことだってあった。当時の私は、自分自身のことが嫌いだった。両親が帰ってきた時に胸を張っておかえりと言えるよう勉学に励むつもりでいたのに、全てを叔母に挫かれた──そうやって諦めてしまった自分を愛せなかった。だから、自分の身がどうなろうと構わないと思っていたのだ。
荒んだ日々を過ごした先に、海外から戻ってきた両親がいた。
私は、いる筈だった自分がいないことが悲しくて、大好きな両親に苦しげな表情をさせたことが辛くて声を上げて泣いた。両親は私を叱りつけることもなく叔母との相性のことを考慮し、身に危険が迫ることが無くて良かったとだけ言ってくれた。それが私の心を救ってくれたし、同時に私を戒めの沼へと突き落とした。私は浮き上がることもせず、窒息しそうになりながらも戒めを受け入れることにした。
二度目の高校二年生。
当然ながら私に関する噂はクラス中に広がっている。夜な夜な街で遊び回った女子高生だとか、本当はそういう店にも行ったのだとか、根も葉もない噂が駆け巡っていた。クラスメイトの男子からはからかわれ、女子からは白い目で見られた。でも、両親と卒業を約束した私は逃げ出すことも出来なかった。彼らとの約束を破ることほど心が締め付けられることはなかったから、懸命に耐えた。当時の担任も私のことを庇うことはなく、腫れ物に触るように接してくるのが本当に嫌だった。
早く終わればいいのに。
早く時間が過ぎ去ってしまえばいいのに。
いもしない友達とカフェに行ったのだと母親に話すたび涙が溢れそうになった。学校は楽しいかと尋ねられる度に嘘の笑みを貼り付け頷く自分が嫌になった。嘘の反動か、眠る前は涙が止まらなかった。
ああ、私はどこで道を間違えてしまったんだろう。
泣き腫らした目で天井を見つめたまま、声に出してみる。
間違えたとするなら、勉学を捨てて家を飛び出した瞬間だ。でも、ああでもしなければ心は壊れただろう。どちらにしても不幸が私を待ち受けているとするなら、遠い過去に犯した間違いのツケが今、回ってきているのかもしれない。どうすれば許してもらえるのか、どうすれば息が出来るようになるのか──何も分からなかった。
そんな日々を過ごしていた時だった。
「今日は、転校生を紹介するぞ」
偽善を顔に貼り付けたような担任が言う。私はどうでも良くて、隣にある窓から景色を眺めていた。だけど、意地を張ったところであまり意味はなかったらしい。縋るように、耳は担任の言葉を拾おうと必死になっていた。
「フランスからの転校生だ。日本語は普通に話せるから、みんな仲良くしてくれよ」
「先生、ボンジュールとか言わなくていいんですか?」
「言いたい奴は言ってもいいけど、それじゃ壁を感じちゃうだろ?」
母国語で挨拶をされて壁を感じる人間がどこにいるか、と私は嘆息する。それは担任の心が生んだ壁ではないのだろうか。ああ、やっぱり私は担任が嫌いだ。転校生のことは気になるけれど担任は視界に入れたくない。それに、どうせ転校生だってすぐに友達が出来溶け込んでしまうのだろう。だから、見なくたっていい、知らなくたっていい。
私はそう思い、逃げるようにして窓の外を見つめていた。
「はじめまして。フィーデスといいます。家庭の事情で日本に来ることになりました! よろしくお願いします!」
「すげえ、ぺらぺらじゃん」
「じゃあ、フィーデスは楢崎の隣な」
担任の言葉に心臓が跳ね、私は思わず教壇側を見た。何処にでもいるような顔をした教師の隣に、茶髪緑目の少女が立っている。彼女はきょとんとした表情をしていたが、やがて私の方を見ると満面の笑みを浮かべてみせた。
私は彼女の視線が怖くて、見ていられなくて、すぐに目を逸らした。
それが、フィーちゃんと私の出会いだった。
* *
転校生は最初は持て囃されることを知っている私は、フィーデスを取り囲むクラスメイトを横目に必死に復習をしていた。加えて隣の席だ、騒がしいったらない。どうせ彼女もすぐに友達を作ってしまうのだろうから早く校庭やら屋上やらに行ってしまえばいいのに。と、余計なことを考えていたからか、途中まで解けていた数学の問題が突然分からなくなった。
ああ、それなら私も転校すれば良かったのかもしれない。両親の仕事上引越は難しかったかもしれないけれど、娘の心が壊れそうなのに自分達の事情を優先する二人ではない。或いは、きちんと学校に行くと決めた時に予測できれば良かったのかもしれない。あらぬ噂を立てられる可能性を。クラスに馴染めないであろうことを。でも、両親に謝罪することで精一杯だった当時の私に、果たして言い出すことは出来ただろうか。
ぱき、と、音がしてシャープペンシルの芯が折れる。
書き途中の括弧が、黒鉛で滲んでいた。
「海ちゃん」
隣から聞こえた声に心臓が掴まれたような気がした。今、私の名前を呼んだのか。躊躇いもなく、下の名前で。彼女への恐怖心と、久しぶりに人から話しかけてもらえたという小さな喜びを咄嗟に隠しながらも、私は恐る恐る視線を向けた。
隣の席にいる彼女が、眩しい程の笑みを浮かべ私を見ていた。
「海ちゃん、勉強してるんだね! えらいなあ。私、数学ほんとに苦手でさ、前いた学校でも全然ダメだったんだ」
「……」
「ただの計算になると平気だけど、サインとかコサインとか……分かんなくて……えへへ」
「……」
「お願い! 今度教えてくれないかな! お礼ならちゃんとするから!」
「……他の人に頼んだ方がいいよ」
「えっ?」
久しぶりに学校で発した言葉は掠れ、相手の耳へと届く。私の言葉に驚いたのか、単に聞こえなかったのかは分からない。彼女が瞠目する一方で、私は小さくかぶりを振ると再び口を開いた。
「数学が出来る人なんて他にもいる」
「……」
「私が何て呼ばれてるか知ってる? 知らなかったなら他の人に聞いてみた方がいいよ。私に関わらない方がいいと思う」
「……どうして? 確かに海ちゃんが何て言われてるかなんて知らないけど、そんなの関係ないよ。私は海ちゃんと友達になりたいだけだもん」
「数学の質問をしたいんじゃなかったの?」
「数学の質問もしたいけど、私は海ちゃんと話したいんだ。だから、他の人じゃ嫌なの! ねえ、勉強ってカフェでするんでしょ? 今日の帰りに行こうよ」
「そんなこと言われても困るよ……私に構わないで。私よりいい人なんてたくさんいるでしょう?」
「……そんなことを言う人を放っておけないよ」
幾つもの言葉を重ねた後、フィーデスは拗ねた表情で私の手首を掴む。本当に私をカフェに連れて行く気なのだろうか。やめてほしい、クラスメイトが見ている。彼等が低く囁く声が聞こえる。このままではフィーデスまで白い目で見られてしまう。私のことは何と言われてもいいけど、転校してきたばかりの彼女を巻き込むわけにはいかない。
でも。
「……やめて」
本音が顔を出す前に、私はフィーデスの手を振り払うと立ち上がった。まさか私から拒絶されると思っていなかったのだろう、フィーデスは驚愕に震える瞳で私を見た。
「お願い、私に構わないで」
「海ちゃん……」
「楢崎さんって呼んで」
「……」
「……ごめんなさい」
勉強道具も鞄も置いたまま、私は逃げるようにして教室から飛び出す。クラスメイトの騒つく声、背へと浴びせられる言葉、最後に見たフィーデスの緑の瞳──いずれも私の足を止めることはなかったけれど、どれほど時間が経っても脳裏から離れてくれなかった。
廊下を駆け、階段を何段か飛ばして降り、校庭へと飛び出す。誰も、人間のいない場所へ向かう。そうしている自分がだんだん惨めになってきて視界があっという間に滲んできた。いつまでも走っていられるわけもなく、私は校舎の裏で足を止めると壁に手を突く。感情は既にぐちゃぐちゃで、他に誰もいないという安心感からか堰き止められなくなり、私は嗚咽を上げ泣いた。
本当は、彼女の手を取りたかった。
私も数学なんて得意じゃないけど、なんて言いながらカフェで彼女に勉強を教えたかった。笑いたかった。今度は嘘偽りなく母親に友達の話が出来るかもしれないと思った。とても嬉しかった、でも、私は彼女の手を取るのが怖かった。叔母や、嘗ての名ばかりの友人が私にしたように、またいつ裏切られるか分からない、いつ独りになってしまうか分からない状態で彼女を友達だと呼ぶことは出来なかったのだ。
「……傷付けただろうな」
一頻り泣いた後、誰にも届かない言葉を吐き出す。校舎の向こうからは遠ざかっていく笑い声が聞こえており、既に下校時間を迎えているのだと漸く気付いた。
元同級生に友達がいないわけではない。だけど今更縋ることも出来なかったし、心から友達と呼べるかと問われれば首を傾げるしかない。本当なら彼等のように笑い声を上げながら、途中店に立ち寄って美味しいものを買い、どうでもいことを話しながら帰りたい。
私と友達になりたいと言ってくれたフィーデスならきっと叶えてはくれるだろう。
でも、そんな理由で彼女を巻き込みたくないと思う自分も確かにいる。
「……」
帰りが遅くなると両親が心配する。教室に戻るのは気まずいけれど、私は何も感じないふりを決め込み、帰ることにした。
慣れているはずの帰り道が、余計に寂しく感じた。
* *
フィーちゃんが転校してきて数日経った頃、待ち受けていたかのように事件が起きた。私が一番恐れていたことだった。だから一人でいたかったし、あの日私のことを名字で呼ぶよう頼んだのに。彼女が楽観的なのか話を聞いていないのか分からないけれど、私の努力は水泡へ帰すこととなる。
夏の、濃い日差しの射す夕刻のことだった。
私の机に一枚の手紙が置いてあったのだ。差出人不明。いつ置かれたのかも分からない。犯人の目星は大体ついているけれど、私には抵抗する力がない。そして、彼等を糾弾するよりも優先すべきことがある。
「……」
バッグを肩にかけ、手紙を握り締めたまま、私は職員室へと走っていた。途中、生徒とぶつかりそうになるのを咄嗟に避け、バランスを崩し膝を打ったけれどそれでも止めなかった。時刻は十八時。日が暮れるのも遅くなったとは言っても、太陽だって何時間も待ってくれるわけではない。私は泣き出しそうになるのを何とか堪えながら、血の滲む思いで必死に走り続ける。
──おまえの友人を体育館倉庫に閉じ込めた。
たったそれだけの手紙は、十分なほどに私を動揺させたのだ。
「ッ!」
漸く職員室に到着した時、私は思わず膝を折りそうになる。そうだ、今は定期試験前。生徒が立ち入ることは出来ない。だけど、早く体育館倉庫の鍵を借りてフィーデスを外に出してあげないといけない。最悪なことに今日は金曜日だ、明日まで待ってほしいなんてフィーデスに言えるはずがない。
手紙に書かれてあった友人・・、という言葉に、フィーデスを真っ先に想像したことを言えば笑われるかもしれない。
だけど、彼女のことを友達と呼ぶことは出来なくても、そう思いたいのは確かだ。加えて周囲の人間から私達が友人に見えていたのなら、私がフィーデスを巻き込まないようにしたことも意味がなかったということなのだろう。主犯にとっては、私をやり込められれば何だっていいのかもしれない。
そこまで考えて漸く、目が覚めてきた。
「……ッ!」
咄嗟に走り出す。今度向かう先は体育館倉庫だ。何が出来るというわけでもない、だけど何もしないよりはマシだ。苛立ちと共に握り締めていた手紙を荒い動作でポケットへと突っ込む。こんなもの、もうどうだっていい。誰がフィーデスを閉じ込めたかなんて、私をどうしたいかなんて今は考える必要はない。ただ私の友達を、私が何と呼ばれていようと関係ないと叫んでくれた彼女のことを救うのが第一目標だ。
「フィーデスちゃん!」
「! 海ちゃん!?」
倉庫に着くなり荒いノックと共に叫べば、中から曇ったフィーデスの声が聞こえてくる。いた、本当に閉じ込められている。加えて、取手に指をかけ横に引こうとするけれど虚しくがちゃがちゃと音が鳴るだけだ。私は内心舌打ちをしたいのを何とか堪えながら、尚も叫ぶ。
「フィーデスちゃん! もう少し待っててね、今開けるから!」
「海ちゃん……」
「ごめんね、本当は私、嬉しかったのにどうしたらいいのか分からなかったの」
再び指先に力を込め、何度か引くが開くわけがない。周囲に頼れる教師がいないか確認するが、定期試験前でいるはずもなく。
「友達って言われても利用したり利用されたりすることしかなかった。私が友達と呼んできた人達はそんな人ばかりだった。フィーデスちゃんまたいに真っ直ぐ向き合ってくれる人なんかいなかったから、断るしか出来なかったの。本当にごめんなさい」
「……ううん、私は何とも思ってないよ。それに、本当は海ちゃんが私と友達になりたいと思ってくれてたんだなって思うだけで、嬉しくて泣いちゃいそう……ありがとう、海ちゃん。私、海ちゃんの気持ちを知ることが出来てほんとに良かった」
「フィーちゃんのバカ……良くない……私は全然良くないの!」
「!」
「私はフィーちゃんに言わなきゃいけないことがある」
指を取手にかけたまま、私は独り言のように呟く。彼女の返事を待つことなく私は何歩か下がると、芯のある声で聞こえるように告げた。
「だからもう少しだけ待ってて、絶対に助けるから」
職員室に保管されている体育館倉庫の鍵。だが今は定期試験前で入ることが出来ないし、教師も全員鮨詰めだ。明らかに計画されたものなのだろうけれど、私が何もしない大人しい女子生徒だと勘違いされては困る。私はバッグから防犯ベルを取り出すと躊躇いなく紐を抜いた。
耳を劈くような警告音が広い校舎に響き渡る。弱さからくる助けを求める声だけではない、“彼”を呼ぶ声も防犯ベルに載せる。学校で浮いている存在である私を唯一気に掛け、見守ってくれている“彼“なら必ず、どんなことがあっても──私の元に来るのだ。
「海!」
程なくして現れた教師に、私は彼に縋り付くようにして叫んだ。
「クライス! 私の友達が、フィーちゃんが倉庫に閉じ込められていの! 倉庫の鍵を貸して!」
「あ? 何だ、フィーちゃんって最近転校してきたやつか? ヘマでもしたのか」
「ううん、私への報復に巻き込まれたの」
「……分かった。少しだけ待ってろ。その間にフィーちゃんとお話でもしてやんな」
「お願いします、クライス」
私の言葉に、クライスは目で承諾を示すと元来た方へ走っていく。鳴り響く防犯ベルを止めようとするけれど、安堵からか手が震えて上手く出来ない。そのうち視界もあっという間に滲んできて、私は唇を強く噛みしめながら防犯ベルを止めた。泣いている場合じゃないし、本当に泣きたいのはフィーちゃんの方だというのに。
だけど。
私に友達になりたいと言って近付いてくれたフィーちゃん。
私の叫びに応えてくれたクライス・アルフォード。
二人の存在があまりにも温かくて、優しくて、彼等とこれからも共にいられるのだと思うとモノクロのような日々に色が着いていくのが分かる。ああ、ずっと独りだと思っていたのき、それが終わる日が来るなんて思いもしなかった。拒んでいたのは私の弱さだったけれど、それに打ち勝った今、何も恐れるものなんてないのではないか。
「海ちゃん!」
解錠された倉庫から飛び出してきたフィーちゃんを思い切り抱き締める。罪悪感と安堵感が混じり合っているせいか、腕に力がこもってしまう。
「ふふ、海ちゃん、痛いよ」
「ごめんね、本当にごめんね。怖かったよね」
「ううん、大丈夫。海ちゃんはちゃんと助けてくれたもん」
「……ごめんなさい、フィーちゃん。友達になりたいって言ってくれたのに、私はあなたを信じることが出来なかった。私、自分のことしか考えていなかったね」
「海ちゃん、私だって自分のことしか考えてないよ」
ふと、フィーちゃんは小さく首を振ってから優しい声で続ける。
「私、両親を亡くしてるの。歳の離れた兄ももう働いてるから、ずっと寂しい思いをしてきたの。初めてあなたの目を見て、私と同じだと思った。だから話しかけたし、放っておけないと思った」
「フィーちゃん……」
「だから、私は海ちゃんが私の友達になってくれるだけでとても嬉しいんだよ。海ちゃんも私も、独りじゃなくなるでしょ」
「……それなら、改めて私から言わせて」
フィーちゃんに向き直り、私は泣きそうになるのを堪えながらも無理矢理笑みを作ってみせる。泣きながら言うことではないし、たとえ作ったものでも微笑んで言いたかったのだ。見当がついていないのか、きょとんとするフィーちゃんに私は真っ直ぐ言う。
「フィーちゃん。私と、友達になってください」
「うん、もちろん!」
「ありがとう……フィーちゃん、本当にありがとう……!」
フィーちゃんの言葉が私には勿体ないくらいに嬉しくて、私は子供のように声を上げて泣いてしまう。フィーちゃんよりも一つ上のお姉さんなのにと思われるかもしれないけれど、どうだって良かった。初めて心から友達と呼べる存在が出来たこと、お互いの心の空虚を埋められること、自分にも人を助けることが出来たこと──様々な事実が私に雨となって降りかかった。私は傘をさしもせず、ただ、雨に打たれ、涙を流し続けた。
人間になりたかった者達の唄
「そういえば、楢崎」
前任の担任が責任を問われ転勤することになり、クライス・アルフォード先生が後任を務めることになった数日後だっただろうか。不意にクライスが私に声を掛けてきたことがあった。黒板を消していた私は手を止めると彼へと向き直る。
「どうしたの、クライス?」
「言い忘れてたが、主犯はちゃんと捕まえたからな」
「……うん、ありがとう」
「ま、教師としちゃ当たり前だけどよ」
「それが出来ない教師もいるんだから、クライスはお手柄だよ」
「おいおい、先生をつけろっつってんだろ?」
「クライスはクライスだもん」
「聞く気ねえな……全く……」
「でも、本当にありがとう」
私は穏やかな笑みを浮かべ、先生へと頭を小さく下げる。
クライスはあの事件後、私への様々な扱いを知って解決策を考えてくれたらしい。先述の元担任の更迭はその一つだ。クラスメイトの雰囲気も変わり、今では皆が私に色眼鏡で見ることなく接してくれるようになった。加えて、主犯と思われる生徒の転校も決まった。永遠に続くと思われた地獄の日々にも漸く終わりがきて、私は心から笑えるようになったし、両親に嘘も吐かなくて良くなったのだ。
尋ねるまでもなく、クライスは私の言いたいことを悟っているのだろう。彼は悪戯っぽい笑みを浮かべると、言ってみせる。
「それは、フィーちゃんに言ってやんな」
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