「今日もUmpireに行ってきたんですか?」



取引先との会議を終え、自社のオフィスに戻ってきたプルヌスもといパーキンは背後から声をかけられた。
デスクに着いた途端になので狙われていたようである。顔を上げるとこちらを覗き込んでいた声の主の顔が目に入った。


「バーベリー君」
「はあい、お疲れ様でーす」


名前を呼ばれた青年はなぜか嬉しそうに湯気を立てる黒い液体の入った紙コップを差し出してきた。
パーキンは礼を言ってそれを受け取り、机の上に置いた。熱いものは少し冷ましてからでないと飲めないのだ。座っているキャスターつきの椅子をくるりと回してバーベリーに向かい合う。


「そうですよ、今商談を進めていますから」
「長くかかってますねえ。ずーっと行ってるじゃないですか」
「お互い慎重なんですよ。焦って失敗するより良いことでしょう?」
「んまあそっすね」


バーベリーは頷きながら左手に嵌めたパペットをぱくぱくと動かす。
なんだか暇そうな様子の彼にパーキンは「お仕事はいいんですか?」と尋ねると「さっきキリの良いとこまで終わったんで!」と眩しい笑顔が返ってきた。会社勤めの社会人の格好としては疑問を持たざるをえないパペットに何も言われないのはひとえにこうやって仕事を早くこなすからだろうなとパーキンは思う。やることをやれば大抵のことは容認される会社なのである。

逆にそっちは仕事があるかとバーベリーのほうから尋ねられ、今はないと答えると「んじゃお互い休憩ですね」と再度笑顔を向けられた。彼は近くの空いている椅子を勝手に拝借して引き寄せてどっかりと座り込む。完全に駄弁る態勢だ。
そんな後輩の姿を見て自由だなと思っていると相手は「ねえねえ」と身を乗り出してきた。



「Umpireの総帥さんってどんな人なんです?」



「前にそういう話をしませんでしたか?」
「あのときはすぐ違う話に行っちゃったじゃないっすかあ。それにその後しばらくはパーキンさんいきなり長めに有給取っちゃったから流れちゃったし」
「…そうでしたね」


長めの有給期間のことを思い出して返事が少し遅れてしまった。その期間は特に良いことがあったわけでもなく、むしろあまり思い出したくない出来事が目白押しだった。
気遣いのできるバーベリーがそこに触れてこないのが救いである。


「ということで改めて質問ですよー。しょっちゅう会ってるから詳しいっしょ?」
「詳しいと言えるかどうか…とりあえず年齢以上に落ち着きのある、頭の回る方という印象ですね」


Umpire総帥に関しては思うところが山ほどあるのだが、というかぶっちゃけ同じ屋根の下で暮らしているのだが、無難な表向きの印象だけを言っておいた。気遣いはできるが好奇心の強い後輩にそんなことを漏らせばせっつかれるのは目に見えている。口を滑らさないように、と心の中で必死に自分自身に言い聞かせた。
話し相手が変わればきっと愚痴を大量に零しているだろう。性悪とか女の敵とか妹とタッグを組んだり組まなかったりしつつからかってくるとか。

無難な言葉にバーベリーは「へえ」と若干物足りなさそうだった。


「すごい人だとは思うんですけど、苦手なものとか弱点とかないんすかねえ。あ、黒い噂は聞くか」
「そうですねえ」


黒い噂はあの若さで大きなもののトップに立つ以上仕方のないことだろう。Umpireも、この会社も到底クリーンとは言い切れないし。
それよりも気になるポイントは他にあった。

(そういえば、アイツの弱点って知らないわ…。)

諸事情により食の好き嫌いは知っているがそれは弱点とは違うだろう。
バーベリーとの会話を続けながらも彼女の頭は別のことを考え出す。
たとえば振り回されがちなこの立場も決定的な弱点を振りかざせば少しは優位になるだろうか、とか。もし弱点を見つけることができたらという皮算用が頭の中を駆け巡る。
そして彼女は決意した。



(よし、アイツの弱点探そう。)


What's his weak point?



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