Failure


「…はい…救急車、お願い、します。……場所、は」


必要最低限のことだけを伝えて電話を切った。
切った拍子に手を滑らせて、電話が地面に転がってしまう。拾いたいけど今の状態ではちょっと無理だろう。

手が震えて上手く動かせそうにない。
…いや、震えてるって言うより痙攣って言った方がしっくりくるのかも。寒くはないから。むしろ少し暑いくらい。


(…とりあえず、病院に着いたら家と、Keeperの子たちに連絡を…っても夜中だし全員は無理か。
せめてアル君にだけでも連絡してもらおう…秘書だし。)


流れる血の量は現在進行形で増量中だ。
いくつかの傷口からゆっくりと流れ出ている感覚はまだ止まない。ああ、でも流れる量が減ってきた気がするからそろそろ固まるのかな。


(一応、一応気をつけてはいたんだけどなぁ…言われた通り甘いんだろうな、俺って。)


口の中が気持ち悪い。刺されて血を吐いたからだ。
俺と彼女では結構な体格差があったから、きっと刃先に何かしら塗っていたのだろう。今のあの子ならそれくらい平然とやってのけるに違いない。

心なしか手の痙攣が酷くなってきたような、視界がぼやけてきたような。


(アマリーとエレムちゃんの忠告通りに、もっと自分の心配もしておけば良かったかも。)

(……いや、今はもうそれより。俺よりもあいつだよ。)



(一応スイッチは押したけど、ヒントとして機能するのかな。)







グラジオラスが病院に搬送されたとの報が入ってから二日後。

Umpireの小会議室にKeeper秘書アルベルト、Tracerリーダーのエレムルスと秘書のリュウイ、Umpireの双子とその秘書のネヴァンとアラモードが集まっていた。
しかし、Keeper代表の席は用意されていない。座るべき者が出席できない状態なのだから仕方ないだろう。


「皆さん、多忙な中お集まりいただきありがとうございます」


収集をかけた張本人であるアマリーは立ち上がって挨拶をした。そして席についている全員を見渡し、自分に目線が向けられているのを確認して頷く。

「先日入院されたグラジオラスさんについて、病院側から話を伺いました」

あらかじめ自分の席にのみ用意していた紙を手に取り、内容を読み上げる。

「背中などを中心に数ヶ所の刺し傷があり、いくつかの傷口からは微量の激物が検出されたそうです。おそらくその激物の影響か、現在は高熱及び意識不明。容態が不安定なため面会謝絶中です」

意識不明。面会謝絶。
思った以上に良くない状態であったためか、皆一様に不安を顔に浮かべている。
そんな中、エレムルスが一人首を傾げた。

「……ところでアマリー。おそらく関係ない話だとは思うのだが」

「何でしょう」

「ラジの容態について、なぜそんなに詳しく分かったんだ?今までどういう状態かという話が出なかったあたり、秘書も知らなかったはずの話だと思うのだが。アルベルト、違うか?」

ふいに話を振られたアルベルトも、やや緊張しながらはっきりと頷いた。
改めて全員からの視線を向けられたアマリーは「病院側に情報料を払ってお願いしただけですよ。皆さん気にしていそうでしたし」と肩をすくめた。
その後に「それより」と双眸を鋭くする。


「情報の入手経路は今気にすることではありません。今の問題は不審者です」

アマリーは少し怒っているような、それでいて楽しんでもいるような様子で続ける。

「非合法カジノを運営している身として、僕らは警察に頼るわけにはいきません。それは関係者である皆さんも同じです。


この事件の犯人、力ずくでも何でもいいから僕たち自身で取り押さえますよ」


そう言い切った後で、アマリーは一息ついてからこう言った。

「ところで、参考までにこちらから2、3質問してもいいですか?」





「アマリー、張り切ってるわね。さっきの会議ノリノリだったじゃない」
「まあね」

話が一通りまとまり、片付けをしているアマリーをリリスが肘でつついていた。
アマリーだけではなく秘書のネヴァンとアラモードも片付けには参加しているのだが、リリスは参加するつもりがないらしい。

片付け自体はすぐに終わり、四人ですぐに執務室に戻ることになった。
適当に世間話をしながら歩いているその途中、アマリーは突然こう言った。

「ところでみんな、何かあっても大丈夫?」


三人それぞれから返ってきた『大丈夫』を意味する言葉に彼は満足そうに頷いた。



2012.03.06

(現時点での秘書さんたちお借りしました!)

※補足
グラジオラスが病院に運ばれる際、グラジオラス本人が病院側にお願いして秘書のアルベルトさんに「襲われて搬送された」ということを連絡してもらい、その後アルベルトさんを通じて欠片関係者たちに情報が伝わったという流れです。

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