それでも、僕は | ナノ


▽ 1



 _____懐かしい夢を見た。

 何で懐かしいのか分からない。声も、顔も、名前も分からない誰かが僕の隣にいる夢
おひさまみたいな彼と一緒にいるとすごく息がしやすい

 目が覚めると彼もいなくなっちゃうんだけどね
夢の中では顔も声も名前もはっきり覚えてたはずなのに、現実に戻ると穴が開いたみたいに何も覚えてない

 ずっと、何かが欠けてるような気がしてた。
だから息もできないし、ずっと寒いんだ
こんなこと父さんと母さんに話したら余計に心配されそうだからなにも言わないけどね

「アランくん、今日は体調良さそうね! お散歩行けそう?」

「うん、行くよ」

 看護師の夏木さんは僕の返事を聞いたら上機嫌で車椅子を用意してくれた
無駄に広くて豪華な部屋。ここの院長である父さんが僕のために作らせた部屋
この部屋に来るのは家族か夏木さんくらいだし、僕一人じゃ満足に室内も歩けないから、正直広すぎて持て余してる

 夏木さんに支えられながら車椅子へ移動する。
生まれつき機械がないと生きていけない僕にとってはこの作業だけで息が切れる
色々な検査はしたけど悪いところは見当たらなくて、父さんたちもお手上げ状態だ

 からからと進む車椅子に身を預け、窓から見える庭を眺める。小さい子たちが庭で遊んでいた

「今日は本当に調子が良さそうね。外に行きましょうか!」

 「たまには歩くのもいいわよぉ」僕の返事も聞かず、外に出るためエレベーターへ向かう夏木さんは楽しそう
外なんて何か月ぶりだろ。考えるとワクワクして思わず口角が上がった

「いつも行くところは子供たちが遊んでいて危険だから、今日は外が見える場所で歩きましょうか!」

「車、多そうだけど大丈夫かな」

「呼吸器に問題があるわけじゃないみたいだし、大丈夫じゃないかしら?」

 彼女は思ったよりテキトー、いや大雑把なのでたまにこういった予想外のことをしてくれる。
看護師なのにそんなに大雑把でいいのかな
寿退社した前の人は過保護すぎて外にすら出してくれないから、夏木さんがしてくれることは全部新鮮に感じる

「あら、今日は遠くまでいくのねぇ」
「外出なんて久しぶりじゃない。楽しんできなさいな」
「具合が悪くなったらすぐに私を呼びなさい」

 歴の長い看護師さんや偶々会った父さんに声を掛けられながら久々の外を満喫する
緑が多いこの病院の庭には猫や鳥がたくさんいる。
一度ご飯をあげて以来懐いてくれてる猫なんかは僕を見るなりすぐに膝に飛び乗ってきてくれた。僕の部屋で猫飼えないかなぁ

 いつもより少し長く移動して車椅子が止まった。

「わぁ、車が近いね」

「もっと近くで見たいでしょ?今日はあそこまで行ってみよっか!」

 差し出された手を取り何とか立ち上がる。猫は僕の車椅子に丸くなって眠り始めた。こりゃすぐには帰れないな
いざという時のための酸素マスクなどが吊るされてるスタンドを杖替わりにしてゆっくり歩きだす。

 からから、からから
あの塀を超えられたら、自由に生きていけるのかな
 息が上がるのを無視して、夢中で塀へと向かった。向こう側には人と車が行き交っている
あ、あの車カッコいいなぁ


「……ぇ、っ」

「3アラン#くん?……アランくん!?」

 __おひさまの、匂いがした。

 あんなに遠い距離なのに、どうしてか僕の大好きな匂いがした
ドクドクと鼓動は速いのに、不思議と今までの中で一番呼吸がすんなりできている

 夢の中、なのかな。今あの車追いかければ、間に合うかな
追いかけようとしたけど走ったことないこの身体は思うように動かず、足が絡まって転んじゃった

 痛いなぁ。これ、夢じゃないんだ
あの車を追いかけたら彼に会えるのかな。僕の、大切な彼に
 夢の中では走り回れるのに、現実の僕はもう立つことも出来ない。
必死に僕の名前を呼んでる夏木さんの声がすごく遠くに感じる。あーぁ、最後に彼の顔、見たかったなぁ



  ____「アラン……?」

 すぅ、っと僕の心の中の空洞を埋めてくれた。さっきまであんなに眠かったのに嘘みたいに目が覚めた

この声だ。夢で聞いたのはこの声だ!

 走ってきたのか汗だくになって肩で息をしている男の人
あぁ、この人だ。僕が探してた大切な人だ


 ___ねぇ、ねぇ、僕の探してた人、僕の半身、名前を教えて

「きみは、だれ?」


 僕に触れる前でピタリと止まった彼の手を強引に引っ張り頬にその手を当てる
温かい。もう寒さなんて感じなかった。息苦しさなんて、感じなかった


「きみの傍は、息がしやすいね」

「ッ……遅く、なってゴメンな…!!」


 エース、と言った彼は大きなゴツゴツした手で顔を包んで額を合わせながら遅くなってゴメンなって繰り返し謝っている

「会えたからもういいよ。苦しくなくなったよ」
僕よりも顔をぐちゃぐちゃにしながら力強く抱きしめてくるエースの背中をあやすように叩いた





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