コラボ小説 | ナノ



Angel's song




いつも無機質な空を見ていた

ガラス越しの世界は余りに広過ぎて

飛べない私は、ただ泣く事しか出来ないの────




ザワザワ…

賑やかな街の喧騒。
行き交う人々の群れ。
車の音。話し声。風の音…。
少女はその真っ只中で独り立ち尽くしていた。

「……」

耳から入って来る様々な音が、脳内に刺激を与える。
引き篭もりっ放しだった彼女にとっては、大きな刺激。

ろくに日の当たってない白い肌が、夏の日差しに晒され、悲鳴を上げている。
少女…かごめは日差しを避けるように黒髪を上げ、顔の上に手をかざした。

「…あつい…」

かすかな呟きの後、空を仰いだ瞬間、

「────!」

急に頭がグラついた。
膝ががくんと折れ、倒れそうになる。

「──危ない!」

遠のく意識の中で、鈴のような声が響いた気がした──


「…う…」

「…あ、気がついた?」

薄い視界に柔らかな光が入り込む。
その光を遮るように、ひょこっと頭上に影が覗いた。
同時に降って来た声は先ほど響いた、鈴のような声だった。

「…ここは…?」

意識がだんだんはっきりしてくる。
気が付くと、木陰のベンチに横たわっていた。

「近くの公園だよ。お姉ちゃん、いきなり倒れかけたんだよ、大丈夫?」

返って来る声の主を凝視する。声の主は幼い少女だった。
背丈は自分より少し小さい。歳は十歳ぐらいだ。
猫を思わせる、大きな琥珀の澄んだ瞳が愛らしい。

「…あなたが…ここまで運んで来てくれたの…?」

かごめは目の前の小さな少女に尋ねた。

キャップ帽を後ろ向きに目深に被り、軽快な出で立ちの少女は、にかっと笑う。
自分とはまるで正反対の明るい笑顔。

「そうだよ」

「そう…ごめんなさい、重かったでしょう?」

ゆっくり起き上がり、かぶりを振る。

「うぅん、全然。あ、まだ起きない方がいいよ。
軽い熱射病だから。あ、そうだ」

頭を抑えるかごめに言いながら、少女は後ろを向き、何やら探り始めた。

「はい、これ」

声と共に差し出されたのは、缶ジュースだった。

「喉、渇いたでしょ?」

日差しに負けないくらい明るい笑顔。
かごめは小さな手からジュースを受け取った。

「…ありがとう…」

小さく呟くと、再び明るい笑顔が返って来る。
かごめは缶を開け、ゆっくりと喉を潤した。

ようやく身体が落ち着いてきた。
隣で少女も缶を開け、喉を潤している。

「あ…お金…」

かごめは財布を出そうと、持っていたケースを探り始めた。

「あ、いーよ、気にしなくて」

少女はさらりと言った。

「でも、悪いわ…」

「いーからいーから。私の気持ち。ね?」

咎めるかごめに、少女は片目をつぶって見せる。
結局、少女の厚意に甘える事にした。

「…あなた、名前は?」

さわさわと風が葉擦れを揺らす。
僅かな沈黙の後、かごめは少女に尋ねた。

「私?鈴沙だよ」

鈴沙。

鈴のような朗らかな少女にぴったりな名だと思った。

「…いい名前ね」

「へへ、ありがと。お姉ちゃんは?」

照れたように笑い、問い返す。

「…私は…かごめよ」

「え?もしかして人気詩人の?」

「…知ってるの?」

「うん、だって本持ってるもん」

かごめは既に何冊か詩集本を出版している人気詩人である。
繊細で切なく、それでいて激しい彼女の詩は、今や若い世代に人気を博している。
鈴沙もそのファンの一人だった。

「そう…」

かごめはうなだれた。どう接したらいいのか分からなかった。
従来人付き合いが苦手で、他人と接すること遠ざけていた。
詩集出版の際でさえ、打ち合わせは電話連絡か郵送で、本人たちは顔さえ合わせてない。

そんな彼女が、恩人とは言え、ファンとわかった人物とどう会話すべきかなど分かる筈も無い。
礼を言い、互いに名乗り合っただけでも奇跡だ。

「……」

会話が途切れてしまう。
押し寄せる無言の重圧に、かごめは耐え切れなくなっていた。

…と。

「…ねえ」

不意に呼び掛けられ、びくりと身体を震わす。
見ると、鈴沙の目がかごめをじいっと見つめていた。

「──…」

かごめは目を見張った。そのくらい鈴沙の目は澄んでいた。
底の知れない、海のような瞳。
見透かされるような、深い、深い瞳…。

「…お姉ちゃん?」

「…え?」

ハッと我に返る。きょとんとした鈴沙の顔が覗き込んでいた。

「あ…ごめんなさい、何?」

かごめは慌てた。
一瞬とは言え、幼い少女に何もかも見透かされたと思うなんて。
…らしくない、と思う。

鈴沙は続けた。

「…どうして、外に出て来たの?」

「え?」

唐突な質問に、かごめは目を見張る。
鈴沙は言葉を続ける。

「だって、夏の日差しにちょっと当てられて倒れちゃうぐらい身体弱いのに……」

「……」

鈴沙は本当に心配そうな顔をしていた。
その純粋な眼差しが妙に心地好く、くすぐったかった。
そして。
自然と口が開いていた。

「……音を聞きに来たの」

「……おと?」

鈴沙はきょとんとする。

「そう。……風とか街とか……人の声…テレビやラジオなんかじゃない、本物の音…」

「……」

言いながら、胸の上に手を重ねる。

「…私は何時も一人で詩を描いていた…一人で居ると自然と何処からか音や声が聞こえてたわ…
何も無い部屋、窓越しの空、風の果て……何時だって詩が描けてたの」

かごめは重ねていた手をぎゅっと握り締めた。

「なのに今は何も描けない……前は歌詞だって描けたのに…
何も聞こえない、何も浮かんで来ない……だから…」

「…だから外に…?」

尋ねる鈴沙にコクンと頷いて。

────ザアァッ…

風が通り過ぎて行く。……強い風。

「……それで音は聞こえた?」

かごめは首を横に振る。

「そっか…」

うなだれる鈴沙。
が、すぐに何か思いついたようにぱっと顔をあげた。

「…そーだ!」

「…!?」

鈴沙の声に、かごめも思わず顔をあげる。
鈴沙は立ち上がると、かごめの前に立ち、白い手を掴んだ。

「これからどっか行かない?」

「え……?」

突然手を掴まれ、顔を近付けられ、これまた突拍子も無い誘いを受け、かごめは黒い目をぱちくりさせた。

「この近くに、オープンしたばっかりの遊園地があるんだ。今なら無料パス発行中!
ね、行かない?」

弾けるような笑顔。
かごめは目を見張る。が、遊園地など行った事などは無い。
人通りは多いし、何よりまた倒れてしまいそうだ。
かごめは弱った。

「でも私…身体弱いし…人が多い処は…」

おずおずと言う。
鈴沙はふと考えるように上目になった。
が、すぐまた笑顔になる。

「だーいじょーぶ!平日だからあんまり人居ないし、人が多いトコは避けるよ。
勿論お姉ちゃんが倒れるようなコトにならないように気を付けるし!
…それに…」

一旦、言葉を切り、鈴沙はかごめの目を見据えた。

「…待っていても、音は聞こえて来ないよ?」

「────!!」

かごめは言葉を失った。
その途端、ぐいっと手を引っ張られ、立たされる。

「あっ…」

思わず声が出る。

「気が滅入ってちゃ、聞こえるモノも聞こえないよ。病は気からって言うでしょ?」

にぱ、と笑う鈴沙は、先ほどとはまるで違うように見える。

「……」

じっと見返すかごめに、鈴沙は被っていたキャップ帽を素早くかごめに被せた。

「…!」

「それあげる。これで少しはマシになるでしょ?…さ、行こ!」

再びにぱっと笑い、鈴沙はかごめの手を引っ張った。

「あ…待って…」

引っ張られて走る中、かごめの目に、鈴沙の頭に、動物の耳のような物が一瞬だけ見えたが────

それは幻だったかも知れなかった。




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