コラボ小説 | ナノ



遊園地に着いて────
かごめは鈴沙に連れられ、いろいろ回った。絶叫マシーンや、コーヒーカップ、ゲームセンター……
途中休みを入れてはかごめの身体の調子を見ながら、お互い奢り合い、譲り合い……。
人付き合いの苦手なかごめにとって、鈴沙は初めて人付き合いの楽しさを教えてくれた相手だった。

何時しか詩の事を忘れ、自然に笑えるようになっていた。

鈴沙の笑顔が、
眩しくて仕方が無かった。



「あー、楽しい!」

大きく伸びをして、鈴沙は叫びに近い声をあげる。

「……そうね…」

かごめも息をつく。

「…私、遊園地がこんな楽しい処なんて、全然知らなかった…」

呟くようなかごめの言葉に、鈴沙はへへ、と笑った。

「…それにしても、アトラクションへの近道とかよく見つけられるのね」

鈴沙はかごめに気を遣い、乗ったアトラクションへ、最短かつ人が居ない道を選んでいた。
アトラクション自体は割と人が居たものの、あまり気にはならなかった。

気紛れで自分勝手だと思えても、何処か憎めない。

……不思議な少女だと思った。

「……じゃ、次の行こうか」

鈴沙が不意に立ち上がる。

「え?」

かごめは顔をあげた。ほとんどのアトラクションは乗り尽くしている。
他は過激な物しか残っていない。

「大丈夫。アトラクションじゃないから。これで最後」

にっと笑い、鈴沙はかごめの手をぐい、と引っ張る。

「……ここだよ」

かごめの手を引き、人が行き交う中央広場を突っ切って、辿り着いた場所は、小高い展望台だった。

「――見て」

鈴沙が指をさし、かごめを促す。

……と。

辺りが薄暗くなるのと同時に、展望台の下が明るくなった。

「……!」

展望台の下は、先程まで二人が遊び回った遊園地だった。

園内を彩る光。
アトラクションのネオンサイン。
それはあっと言う間に広がり、暗くなる空を下から照らし出す。

「……きれい……」

幻想的な光景にかごめは思わず呟く。

「もらったパンフにライトアップがあったからね。間に合ってよかった〜」

鈴沙が手摺りに捕まり、はあーっと息をついた。

「…全然気付かなかった…もうこんな時間なのね…」

かごめは時計台を見た。

「…こんなに長く、詩の事を忘れてたの初めて…」

くすっと笑う。

「……たまには忘れていていいんじゃない?」

「え?」

突然な台詞に、かごめは振り向く。

「あんまり捕らわれ過ぎると、ほんとに動けなくなっちゃうでしょ?
だから、行き詰まったら何もかも忘れてのんびりしたり、今までやった事の無い事したりして気を紛らわすの」

鈴沙の言葉に、かごめは唖然と彼女を見つめた。

「…ちょっとは気、紛れた?」

にっと笑い、かごめを覗き込んだ。

「……!」

僅かな間、かごめは頷く。

「…私は…ずっと捕らわれていたの……詩を描く事で外の世界を否定し続けて…
それでも外の世界に憧れてた…」

「……」

かごめは淡々と語る。

「外に出られないと決めつけて、うさを晴らすように詩を描き続けた……
皮肉にも、それが世界に評価されるようになったけど…」

かごめはふっと鈴沙を見た。

「…ごめんなさいね…あなたにこんな事言っても仕方ないのに……」

呆れるような、自分を嘲笑うような口調だった。

「……いいよ」

凛とした声。
かごめに視線を合わせたまま、鈴沙は言った。
「気が済むまで愚痴ればいいよ。それだけ苦しんだんなら」

「……」

「お姉ちゃんは自分から音を聞くために外に出て来れた。
大丈夫だよ。もう我慢しなくても」

「…あ…」

かごめは目を見張った。
鈴沙の言葉が身体中に入り込んでいく。

『もう、大丈夫────…』

「……」

知らない内に涙が溢れていた。

「…お姉ちゃん?」

気が付くと、驚いたような鈴沙の琥珀の瞳が自分を見つめていた。

「…大丈夫?どっか痛い?」

心配そうに聞いてくる鈴沙に、かごめは涙を拭った。

「…大丈夫よ…」

言いながら、かごめはふわっと笑った。

彼女が初めて他人に見せる笑顔。

それは、彼女の胸の白い花のように
可憐な笑顔だった。

「……」

鈴沙も笑う。

太陽のような笑顔。

「……音、聞こえた?」

悪戯っぽくかごめを見上げる。
かごめは微笑みのまま答えた。

「……ええ。とっても綺麗で大きな音だったわ」

その言葉に、鈴沙はかごめの手をとる。


太陽と花。

二つの笑顔がネオンライトに照らし出される。

「…ありがとう…」

小さな手を握り返しながら、かごめは心から感謝の言葉を述べた。

ライトアップの音楽が、かごめの耳を心地好く通り過ぎていった────…


「…本当に今日は楽しかったわ…あなたのおかげよ」

遊園地から出た二人は再び公園に戻って来ていた。

「いや〜、私は何もしてないよ」

照れたように頭を掻く鈴沙に、かごめはふるふると首を振る。

「…いいえ、あなたのおかげよ。私、これからはもっと色んな事にチャレンジしてみるわ。
もっといい詩を描けるように。すぐには無理でも少しづつ…」

かごめは胸に手を当てて、祈るように言った。

「……無理してまた倒れないでね?」

鈴沙の言葉に、かごめはきょとんと目を見開くと、真っ赤になった。

「…気を付けるわ…」

鈴沙はその言葉に満足そうに笑う。

「……そろそろ帰らなきゃだね…」

時計を見上げながら、鈴沙が呟く。
空はゆっくりと暗くなっていた。

「…本当…」

かごめも呟いた。

「あ……帽子、返すわ」

かごめは被っていた鈴沙の帽子を脱ぐと、すっと差し出した。

「あ、いいよ返さなくても。あげるって言ったでしょ?」

鈴沙はけろりと言った。

「でも…」

「いいから!記念に持っててよ」

強引に帽子をひったくり、再びかごめの頭に被せる。

「…ありがとう。大切にするわ」

かごめは笑いながら言った。
鈴沙もつられて笑う。

「……じゃ、私帰るね」

しばらくして、鈴沙が呟いた。

「…また、会えるかしら…?」

かごめが言う。

「…多分…ね」

鈴沙は笑った。


「……元気でね、お姉ちゃん」

「……ええ」

どちらともなく手を差し出し、堅く握手を交わす。

「……またね」

手を離し、そう言いながら、鈴沙は駆け出した。

かごめはそれに答えるように、小さく手を振る。

大きく手を振り返した後、鈴沙は振り返らず駆けて行った。

駆けていく鈴沙の姿に、再び、猫の姿がよぎる。

かごめは、それを不思議に思わなかった。
むしろ、当然のように思えた。



出会った時から思っていた。
見透かすような目。
勝手気ままな、それでいて憎めない素振り。
自由奔放な、猫。

そう思わせる、小さな天使。

いや、もしかしたら本当に天使だったのかもしれない。
少女の言葉が、彼女に奇跡を運んだのだから。

「……」

少女の姿は、もう見えなくなっていた。
かごめは手を下ろし、少女が駆けて行った道をじっと見つめていた……




「……かごめさん?」

「…あ…、何?アッシュ」

本を見ながらぼんやりしていたかごめは、呼び掛けて来た恋人の声にハッとなった。

「いや……何かかごめさん、すっげえ楽しそうだったから…」

恋人であり、同じ業界に属するこの青年は、人気妖怪バンドのドラムスであった。
あれから彼女はチャレンジとして、ある音楽業界に入った。

勿論、詩人として、ひとりの人間として。
少しずつだが、確実に彼女は変わっていった。
あの少女と、そしてここで出会った彼のおかげで。

「…そう…?多分これの所為ね」

くすりと笑って、呼んでいた本を彼に見えるように掲げる。

「…?…観覧車の写真っスね」

覗き込んだ本には、ライトアップされた観覧車の写真があった。

「…この写真がどうかしたんスか?」

アッシュが首を傾げる。

「…ちょっとね…、昔知り合った女の子を思い出しちゃったのよ」

微笑みをたたえたまま、かごめは言った。

「…昔って…かごめさんがここに入って来る前の?」

「ええ」

「…どんな女の子っスか?」

唐突な質問に、かごめはアッシュを見上げた。

「……気になる?」

「とっても」

悪戯っぽく問い質すと、素直に返してくる。かごめはくすくす笑った。

「…かごめさん…?」

「ごめんなさい…、そうね…一言で言うと、不思議な子だったわ……可愛くて、お陽様みたいに笑うの」

「へぇ」

「でも、すごく深い感じの瞳をしていたわ。あんなに小さいのに……」

「何か……凄そうな子っスね…俺も逢ってみたいっスよ、その子に」

「…そうね…私もまた逢いたいわ」

かごめはそう言うと、開いたページに栞をはさみ、そっと閉じた。そして、恋人が見守る中、ペンを取った……



堅いガラスを打ち砕いて

私をここから連れ出して

光と音の溢れる世界に誘ってくれた

飛べない私はもう居ない

力の限り飛んでいくわ

何処かに居るあなたを探し出すために

あなたに再び逢うために

自由気ままな猫のような

あなたの笑顔と深い眼差しに再び逢うために────……


数日後出版された、かごめの新しい詩集は、こんな詩で始まっていた。
今までと全く違う、彼女自身の言葉が入っていた。

遠く離れた街で。
潮風に吹かれながら座っている少女が居た。

猫のような大きく尖った耳と、長い尻尾を持つその少女が、ゆっくりと立ち上がる。

その手には、かごめの新刊詩集があった。

「…頑張れ、お姉ちゃん…」

少女の呟きが、潮風に乗り溶けていく。

目前を見据える瞳と同じ、深く澄んだ紺碧の海へと────…

一羽の鳥が、少女の頭上をかすり、遠く遠く飛んでいった────……



END



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