君の笑顔が好きでした(金影)




テーピングがそろそろ無くなりそうだ、ということに気が付いたのは、休日の2日前だった。丁度良いし他の買い物もついでにするか、と思い、日曜日の昼前に家の近くのスポーツ店に向かう。ここのスポーツ店は結構でかくて、品揃えが充実している。俺はテーピングが並ぶ棚の前で少し思案し、幅の違うテーピングを少し多めに買い溜めしていくことにした。ばさばさと目当ての物をカゴに入れ、他の商品を一通り見て回る。特にめぼしい物は見当たらず、そのままレジに直行した。
二つ並んだレジの右側の方にカゴを置き、店員がバーコードを読み取るのをぼんやりと眺める。隣のレジに人が入ってきて、不意にそちらに目を向けた。その先にはよく見知った顔があり、そいつも同時に俺に気が付いたようだ。

「「あ、」」

影山と俺の声が重なった。
影山がカウンターに置いたものを見ると、それは俺がカゴの中に入れたのと同じテーピングだった。同じ競技をしているから、その使用頻度の高さも分かるし、それに比例する消費量だって予想できる。それに、このスポーツ店が俺の家から近いということは、同じ校区である影山の家からも近い訳で。
ここで出会ったのは不思議では無いのだが、こんな偶然あるのだろうか。タイミングが良いというか悪いというか。

「………よぅ」

そのまま黙っているのも気まずくて、とりあえず声をかける。

「あぁ」

影山もそんな風に一言だけ返した。どうしよう、余計気まずくなった気がする。
よく思うと、影山と顔を合わせるのは先日の練習試合以来で、その前までは録にコミュニケーションを行っていなかったのだ。気まずくなるのも無理は無い。
ほぼ同時に会計が終了し、レジ袋を手に持つ。そのまま出口に向かおうとする影山を呼び止めた。

「お前、一人か?」

「そうだけど」

「……昼飯まだなら、なんか食べに行かねぇ?」

何を思ってこう言ったかは分からない。ただなんとなく、今このまま分かれたら、これからもずっとこの曖昧な関係が続くのだろうと感じていた。それを避けたかったのか。影山が驚いたように目を見開いてから、唇を開く。

「別に良いけど」

ちょっと待ってろ、と言って影山は携帯電話を取り出した。相手はどうやら母親らしく、昼飯いらねぇから、と告げてから適当な返事を数回繰り返して電話が切れたようだ。

「どこ行くんだ?」

影山に尋ねられたけれど、特に考えていなかったため焦ってこの付近にある店を思い出す。

「中学の近くのファミレスとか」

俺が提案すると、んじゃそこで、と言って影山は歩き出す。俺が言った店はどこにでもあるようなチェーン店のファミレスだ。だが丁度学校から近く、それぞれの家からもほどほどの距離だったためよくバレー部の部員で出入りしていた。いわばちょっとした思い出の場所だ。通学路が変わってからあまり通っていない道を歩く。懐かしい景色だ、とは思いつつも足は自然と進んでいた。

「一年の部員、何人くらいいんの?」

影山がこちらを見ることもなく尋ねる。俺もちらりと影山を見ただけで前を向きなおし、一定のリズムで歩きながら答えた。

「確か11人だったはず」

そう答えると、影山はすげぇ、と呟く。

「うち全員でそんくらいだし」

練習試合に来ていた時にそのくらいかな、と思って見ていたため特に驚くこともない。そっか、と軽く返事をした。

「お前もう試合出てんだな」

「あぁ、まぁ……」

「すげーじゃん」

影山の言葉が少しむずむずした。普段は乱暴な物言いのくせに、バレーのこととなると驚くほど真っ直ぐな言葉を吐くことを知っていたから、否定するのは違う気がする。

「……さんきゅ」

悩んだ末にそう返事した。俺はそのまま言葉を続ける。

「でもお前も出てただろ?」

それは、と影山が一言漏らしてから少し沈黙が走った。何があったのだろうと思って影山を見ると、影山は少し俯きがちに言葉を吐き出す。

「そっちが俺をフルで出すことが練習試合の条件だ、って」

初めて聞いた話に驚く。影山はその条件をどう思ったのだろうか。今も尚特別扱いされることを。

「お前なら直ぐ実力で正セッターなるんじゃねぇの?」

影山は大きな戦力だ。あのクイックがあるなら尚更。けれども影山は俯いたまま答える。

「分かんねぇ。菅原さんは、俺には無いものを持ってる人だから」

菅原さん、というのが烏野のもう一人のセッターなのだろう。俯いた影山の姿を見て、俺達の王様はもうどこにもいないのだと、そう思った。
ファミレスに着き、ドアを開けると中から定員の声が響く。まだ昼飯を食べるには少し早い時間だからか、すんなりとテーブルに案内された。2つあるメニューをそれぞれ手に取って眺める。中学時代によく食べていたメニューが目について、それを頼もうと決めた。水を持ってきた店員に、ご注文はお決まりでしょうか、と言われてハンバーグセットを頼む。俺の注文に続いて、影山が口を開いた。

「ポークカレーセットの温泉卵付きで」

そういえば、影山はいつもここでそのメニューを食べていたことを思い出す。温玉付きのカレーに、チョコレートパフェ。まとめて注文する際に、いつもの、と言えば分かるくらいに中学の部員の中で覚えられていた。
チェーン店だけあり、そこそこの早さで料理がテーブルに置かれる。先に来たのはカレーだった。影山は少しソワソワしながらこちらを見る。

「先食べてろよ」

俺がそう言うと、影山は温泉卵をカレーの上に落とした。その顔が少しだけ綻んでいるのを見て、心がざわりとする。そういえば、こうして影山と向かい合って食事をするなどどれくらいぶりだろうか。影山はいつも俺達より遅くまで練習をしていたし、全員でまとまって食べに来たときも端にぽつんと座るようになっていたから。影山の笑顔を見たのも、一年の頃にこうして食事をした時以来かもしれない。頭の中によぎる影山は、眉をしかめてばかり。
笑顔が見たいと思った。
やがて俺の料理も運ばれてきて、二人して無言で料理を頬張る。お互いに熱いメニューだからか、同じようなタイミングで食べ終わった。店員を呼ぶ様子の無い影山に少し違和感を覚えて尋ねる。

「デザート食わねぇの?」

ブラウニーやアイス等がふんだんに盛られたチョコレートパフェを思い出す。影山は少し唇を尖らせて答えた。

「食いたいけど金無い」

テーピング買いに行くだけのつもりだったし、とか余分に買ったから、とかそんな言葉を続ける。俺は頭の中でチラつく影山の笑顔が忘れられなくて、少し考えてから呼び出しボタンを押した。驚いている影山を横目に、店員にチョコレートパフェを注文する。

「……なんだよ」

「別に。俺が食べたいから頼んだだけ」

意味が分からない、といった表情の影山にしれっと返事をする。俺の行動の理由を考えているのか、影山は少し眉を寄せた。俺が見たいのは、そんな表情では無いのだけれど。

「お待たせしました、チョコレートパフェでございます」

笑顔でテーブルに置かれたのは、結構な量があるチョコレートパフェ。俺は一つ咳ばらいをしてから口を開いた。

「食べたくて頼んだけど、待ってる間に腹膨れてきたなー誰か食べてくんねーかなー」

ちら、と影山を見ると、怪訝そうな目でこちらを見ている。

「何が言いたいんだよ」

少し不機嫌そうな声。俺は机に置かれたばかりのパフェを影山の方へ差しだし、笑顔を作る。

「食べろって言ってんだ」

影山は俺とパフェを交互に見る。余計意味が分からなくなったようで、ジトリとした目で見られた。

「……俺は遠慮とかしねぇからな」

そう言って影山はスプーンに手を伸ばし、パフェを自分の方に引き寄せた。上に乗ったブラウニーに豪快にかぶりつく。綺麗に象られたチョコレートを割って咀嚼する。確かに遠慮など無縁の光景だ。

「うまいか?」

俺が問い掛けると、影山は口に含んでいたものをゴクリと飲み込んで頷く。

「あぁ、うまいぞ」

そう言って影山は、綺麗な笑顔を見せた。頭の中で再生したそれよりも、鮮やかで眩しい。

「……俺、お前が飯食ってるとこ見るの嫌いじゃねぇよ」

顔の赤さを取り繕うように、そんなことを言う。食べてる顔っていうかその笑顔が、嫌いじゃないどころか愛しくて。

「今度はお前が奢れよ」

今度があるのか試すようにそう言うと、影山はおぅ、と頷く。
その言葉と笑顔だけで、腹いっぱいになってしまった。





君の笑顔が好きでした

(思い出を現在に返還)
(想い出を未来に変換)




2012/12/17



5000打企画。こころ様のみお持ち帰り可能です。リクエスト有難うございました!
金影には夢が詰まってますよね!!






七ジルシ。の七愛ちゃんから5000打フリリクで頂きましたー!「笑顔が見たい」だなんてシチュエーションも何もあったもんじゃないリクエストにこんなに素敵な金影を…!最後の言い回しとかも素敵ですよね…本ッ当七愛ちゃんが書く金影が大好きです(^///^)
チョコレートパフェで笑顔になるトビオちゃんが可愛すぎて…いくらでも奢ってあげるからこっち来いよ飛雄…!てか金ちゃんてばトビオちゃんの食べてたもの覚えてたんだね、結婚したらいいと思うよ(どうしてそうなった


七愛ちゃん、素敵な金影をありがとうございました!