COFFEE

窓から橙色の夕日の光が入ると、黒板や
教卓を照らし、伸びた影が出来ていた。
外には、全面に広がるグラウンドが露に
なっており、チャイムの音を聞いて帰宅
途中の校門を目指す、生徒の群れる姿。

「おう! またなー」

――時間は、夕暮れ時な放課後。場所は
皆が帰った後で、普段の騒がしい面影の
欠片も無い、静まり返った薄暗く殺風景
な教室。廊下に出て周辺を見渡し、教師
が一人居る事を再確認。篠田渚(しのだ
なぎさ)は、いつもの言葉を口にする。

「笠原、キスして」

そんな俺に対し、教師である笠原という
先生は、何の戸惑いも無ければ、躊躇い
すら無く――ただ、あっさりこう一言。

「こっちに来いよ」

近くに来た俺の手を引き、抱き寄せると
直ぐさま顔を近付け、如何にも手慣れた
感じで、俺の口の中へするりと自分の舌
を忍ばせた。舌先が触れ合う感触が脳へ
伝い、唾液が混じる。そしてゆっくりと
互いの舌を、相手のリードに委ねながら
深く絡ませて思う。経験が豊富な笠原。
この毎回上手いキスを味わう度、今日も
完全に流されたな、と。実は、もう既に
俺達は何度もキスを重ねる関係だった。


「ふっ……ん……ぁ……」

そんな濃厚なキスに、俺は気持ちの良い
快楽に溺れた。自然と甘い声を漏らして
しまう。同時に身体中が火照ると、何も
考えられなくなる程にまでも、気づけば
この深いキスに夢中になって居たのだ。

「お前、キス好きだな」

一回したキスで、存分に満たされる俺を
余所に、息一つ切れていない余裕な表情
を見せる笠原。別に行為自体が好きじゃ
ない。俺は“笠原とするキス”が好き。
――これが、恋なんだと自分でも自覚は
しているつもり。だが、今は「好き」と
本人に伝えるなんて無いに等しい。ただ
キスをする。それで良い。本当は告げた
途端、笠原が離れて行く事を恐れている
だけだった。でも、俺が卒業する日まで
この奇妙な関係を続けようと思う。甘い
そんな考えに、嫌気が差して自己嫌悪。

「それじゃ、また明日」

俺の気持ちを、一ミリも知らない笠原。
何事も無かったみたいに、後ろ姿で手を
振りながら普通に教室を出て行く。振り
返りもしない。いつもそうだ。笠原との
キスを終えた後は虚しくなった。夢から
現実へ引き戻される。まるで幼い子供の
自分を親に置いてきぼりにされた気分。
臆病、卑怯、狡さが入り交じる。切ない
気持ちと矛盾な感情に、心底苛々した。


「……馬鹿だよな。こんな事をしても、
自己満足にしかならないのに――」

誰も居なくなった教室で一人、蚊の鳴く
様な小さな声で、そう呟いたのだった。

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