「おーい!」
「……げっ」

そんな時、遠くの方から大声で声を掛け
ながらこっちに向かって、わざわざ手を
振って駆け足で近寄って来たのは、最も
会いたくなかった奴である。思わず心の
声が漏れたじゃないか。頼むから、今す
ぐ空気を読んでこの場から去ってくれ。

「……人の顔を見るなり失礼な奴だな」
「あれ? 純さん、一体どうしたの?」
「そりゃ、雫に逢いたくて――」

はぁ?何だと?聞き捨てならない言葉に
耳がぴくりと反応し、頼んだ覚えの無い
突っ込みを入れて来た奴を睨み据えた。

「じょ、冗談だって! あれだよあれ!
 本当は現在連載中の作品の打ち合わせ
に来たんだよ! そう睨むなって……」
「スイート×ビターの?」

“スイート×ビター”とは雫の三作目の
作品で、若い女子に今最も大人気の少女
漫画の事である。もちろん、俺も何回も
読んで熟読済みだ。彼氏を想う主人公の
心情がリアルに描かれている作品――。

「だから、ジョークだって!」

……なのだが、まずはそうやって何でも
冗談だと羽生らかしたり、思わせ振りな
態度を取る、こいつの雫に対する言動の
数々、全てを切実にいい加減にしろ、と
言ってやりたい。まぁ、実際に言っても
無駄で終わる事だとは目に見えている。

「スイート×ビターがどうかしたの?」
「実はさ、アニメ化が決まったんだ!」
「えっ……本当!?」

大きく頷く奴を見て、雫は満面の笑みを
浮かべる。その姿に俺もつられるように
微笑みで返した。そりゃ、自分の描いた
漫画がアニメ化されるとなると、さぞや
嬉しいに決まってるだろう。この歓喜の
中、俺の耳元で笑顔で喜ぶ本当の理由を
こっそりと教えやがった。今回ばかりは
奴に礼を言っても良いかもな、と思って
しまう。いや、きっと血迷っただけか。

「これは君と雫の恋愛を漫画にした作品
だ。だからあんなに喜んでるんだよ」

そういえば、主人公も雫と同じ下級生で
彼氏とは幼なじみだ。後輩と先輩という
関係の設定。他にも考えれば考える程に
スイート×ビターの作品、各話や内容が
一つ一つ、俺達と一致する事に気付く。

「漫画にする程なんて、雫はよっぽど君
を愛してるんだね」

奴の付け足して言い放った、嫌味を含む
胡散臭い台詞はさて置き、恥じらいつつ
俺は、それに勝る嬉しさと雫から伝わる
幸せを分かち合う事が出来た喜び。胸が
いっぱいになって、溢れる想いを必死に
噛み締め、愛を込めて雫を抱きしめた。

「おめでとう、雫」

まだ声には出さず、漫画を描いてくれて
「有難う」と心の中で言う。いつの日か
雫の口から直接“スイート×ビター”は
俺と雫の恋愛が元に、描かれていた事を
話してくれる時まで待つと決めて――。

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