「何でも無い。忘れ――」
「忘れろ、ってか?」

下を向きながら、俯いて言い放った俺が
気に食わなかったのか……。乱暴に手を
引かれると、早足で近くにあった教室へ
連れて来られた。挙げ句、鍵を閉める。





「なっ――んん……っ!?」

「何?」と問う間も無い笠原からの無理
矢理のキス。息継ぎすらも出来ない程に
求められ、巧みに舌を動かしては激しく
口内を犯される。呼吸も乱れ、苦しい。
後頭部を強い力で押さえ付けながら、抱
き寄せられる為、上手く離れられない。

「っ、はぁはぁ……何するんだよ!」

空気を沢山吸い込み、吐き出してを繰り
返し、息を整え、やっと喋れたと思うも
束の間。今度は全体に鈍い痛みが走る。
そして笠原から腕の束縛から解放された
筈なのに、何故だろう。切ない気持ち。

「……笠原?」

するとギュッと抱きしめられ、黙り込む
笠原に嫌な気はしてたんだ。ゆっくりと
抱きしめた腕の力を緩めるとその予感は
見事に的中した。――咄嗟に涙が滲む。

「もう、キスをするのは辞めよう」

「何で?」とか「嫌いになった?」とか
聞きたい事が色々あったが、いきなりの
笠原の発言に、声が出なくて言えなくて
拒絶された様な感覚に陥ってしまった。





それは遡る事、二週間前。この時はまだ
笠原を好きでは無かった頃だ。生徒への
人気を得ている唯一の教師だからという
理由で、なんとなく気になって試した。
笠原って一体どんな教師なのか。因みに
年上の男は、結構嫌いじゃなかったし。

「笠原、キスしない?」

そして俺からキスを誘う。絶対に断ると
思ったのに、東堂からの返事は予想外。
軽々しい気持ちで言ってしまった。ただ
不思議と罪悪感も無い。誘った事に対し
全く後悔していない。次第には無意識に
姿を捉え、目で追って東堂の事ばかりを
考えて――。気が付けば、笠原梓という
男を恋愛対象として好きになっていた。

“ただの遊びのキスから始まった恋”

確かに恋心が芽生えたが、笠原への淡い
想いを封じ込む。しかしキスは続けた。
理由は至って簡単。急に止めるとすると
不思議がると思ったから。向こうに気が
無くても好きな人とキスが出来るんだ。
単純に嬉しい。あくまでもキスでお互い
快感を与え合う事を目的とした、見かけ
倒しの業務的キス。これは恋なんかでは
無い。自分によく言い聞かせたつもり。
――でも無理。これ以上は、どうしても
嘘を付けそうに無い。積み重ねた想いは
抑え切れない所まで来ていた。限界だ。

「俺、笠原が好き」

遂に伝えた。生まれて初めて告白をして断られた時を考え、胸の奥底に秘めると決めてからずっと言えなかった二文字。

“好き”

今の関係が壊れる事が、何よりも怖い。
このまま、俺が卒業するまで続けようと
強く思いもした。それなのに、やっぱり
どうしても笠原の事が好きだと再確認。

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