「何でも無い。忘れ――」
「忘れろ、ってか?」
下を向きながら、俯いて言い放った俺が
気に食わなかったのか……。乱暴に手を
引かれると、早足で近くにあった教室へ
連れて来られた。挙げ句、鍵を閉める。
*
「なっ――んん……っ!?」
「何?」と問う間も無い笠原からの無理
矢理のキス。息継ぎすらも出来ない程に
求められ、巧みに舌を動かしては激しく
口内を犯される。呼吸も乱れ、苦しい。
後頭部を強い力で押さえ付けながら、抱
き寄せられる為、上手く離れられない。
「っ、はぁはぁ……何するんだよ!」
空気を沢山吸い込み、吐き出してを繰り
返し、息を整え、やっと喋れたと思うも
束の間。今度は全体に鈍い痛みが走る。
そして笠原から腕の束縛から解放された
筈なのに、何故だろう。切ない気持ち。
「……笠原?」
するとギュッと抱きしめられ、黙り込む
笠原に嫌な気はしてたんだ。ゆっくりと
抱きしめた腕の力を緩めるとその予感は
見事に的中した。――咄嗟に涙が滲む。
「もう、キスをするのは辞めよう」
「何で?」とか「嫌いになった?」とか
聞きたい事が色々あったが、いきなりの
笠原の発言に、声が出なくて言えなくて
拒絶された様な感覚に陥ってしまった。
*
それは遡る事、二週間前。この時はまだ
笠原を好きでは無かった頃だ。生徒への
人気を得ている唯一の教師だからという
理由で、なんとなく気になって試した。
笠原って一体どんな教師なのか。因みに
年上の男は、結構嫌いじゃなかったし。
「笠原、キスしない?」
そして俺からキスを誘う。絶対に断ると
思ったのに、東堂からの返事は予想外。
軽々しい気持ちで言ってしまった。ただ
不思議と罪悪感も無い。誘った事に対し
全く後悔していない。次第には無意識に
姿を捉え、目で追って東堂の事ばかりを
考えて――。気が付けば、笠原梓という
男を恋愛対象として好きになっていた。
“ただの遊びのキスから始まった恋”
確かに恋心が芽生えたが、笠原への淡い
想いを封じ込む。しかしキスは続けた。
理由は至って簡単。急に止めるとすると
不思議がると思ったから。向こうに気が
無くても好きな人とキスが出来るんだ。
単純に嬉しい。あくまでもキスでお互い
快感を与え合う事を目的とした、見かけ
倒しの業務的キス。これは恋なんかでは
無い。自分によく言い聞かせたつもり。
――でも無理。これ以上は、どうしても
嘘を付けそうに無い。積み重ねた想いは
抑え切れない所まで来ていた。限界だ。
「俺、笠原が好き」
遂に伝えた。生まれて初めて告白をして断られた時を考え、胸の奥底に秘めると決めてからずっと言えなかった二文字。
“好き”
今の関係が壊れる事が、何よりも怖い。
このまま、俺が卒業するまで続けようと
強く思いもした。それなのに、やっぱり
どうしても笠原の事が好きだと再確認。
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