ひどく残酷なことをしていると思う。ぽかんと口を開けた彼女の左手を取り、その薬指にこっそり買っておいた指輪を嵌めさせた。二週間前、店頭でうんうん唸った甲斐もあり、それは彼女によく似合っていた。数分前、私は彼女に別れを告げられたわけだが、分かったと一言呟いて今の行動に至る。わけが分からないと全身で訴えている彼女の背へ手を回し爪を立てた。ひッ、という息を潜める音が耳に入るのが不快でその口を自らの物で塞ぐ。驚いた彼女はぎゅっと目を瞑ったが私は開いたままだったのでその様子がよく分かった。別にキスをしたかったわけではなかったのですぐ口を離すと彼女の目がゆっくりと開かれる。涙の幕が張った金の瞳は嫌味な程美しく、そういえば私は彼女のそういうところも好きだったことを思い出した。見る見る内に涙が溜まっていき、あ、落ちる、と思ったときにはもうその頬を伝っていた。ぽろぽろという擬音がまさしくぴったりなその泣きっぷりに場所を忘れて少し面白いと感じてしまった馬鹿な私。彼女の顔がくしゃくしゃに歪められて嗚咽が漏れだす。その場に座り込んだ彼女をどこか冷静に見下げる自分がいて悲しくなった。私たちは本当に終わってしまったのだ。キスの後に愛を睦みあうことなどできないし、抱き締めあってときめく気持ちも抱けない。肩を震わせる彼女を憎いなどと思えるはずもない。終わりを告げられたのは私だと言うのに、この状況は少し妙だなと頭の隅で思った。普通目を赤く腫らせるのは彼女ではなく私なのだと思う。今現在その役目は逆転してしまっているが。だからといって泣きたいのはこっちだ、などという台詞を吐く気も一切ない。先程指輪を嵌めた左手を口元に寄せて泣く彼女が私はまだ愛しい。次々に溢れだす雫が頬の放物線上をなぞり、指輪に落ちていく。銀で作られているから錆びることはないが、その輝きが彼女の涙で乱反射している様子に目を瞠った。それだけで私は彼女に指輪を贈って良かったと満ち足りた気持ちになった。窓から差し込むひかりが彼女の髪を照らしている。薄い唇が開かれ、密やかに言葉を紡ぐ。こんなのプロポーズみたいじゃないか。擦れながらもしっかり私の耳に届いたその言葉に笑みを深くする。彼女と同じ目線になり左手を取った。それとは逆の手で顎を掴み顔を上げさせる。交わる視線に背中がぞくぞくし、彼女はそんな私の様子に気が付いたのか怯えた反応を示す。それにも構わず私は再び彼女の背に手を回した。今度は爪を立てることはせず優しく抱き締める。耳元に口を寄せ、私は言った。
「指輪、大事にしてほしいな。私のことは忘れていいから。…いえ、私のことを忘れる、代わりに」
彼女の力が抜けたのが分かった。了承の証なのだろうか。そうだとしたら私はとても嬉しい。手を離し、立ち上がる。体を深く折り曲げ泣き続ける彼女を慰めたいと思ったが、今の私にその権利はない。目を伏せ私はその場を立ち去るため歩きだした。もう振り返ることはないのだろう。背中越しに彼女の泣き声を聞きながら、私は付けていたネックレスを握り締めた。そこには彼女に贈った物と同じ指輪が掛かっていた。





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