あなたの愛が届く場所で死にたい | ナノ

「今日は誰とお話したんですか?」
 髪を掴まれ、無理やり顔を上げさせられる。手足を拘束され、ベータが背中に馬乗りになった状態から顔を上げる体勢は、苦しいものがあった。ただでさえうつ伏せでし難かった呼吸が、顔を上げることでさらに難しくなった。
 うふふと不思議な笑い方をするベータはつんと首に触れた。顔をしかめると、ベータはまた楽しげにつんつんと首をつついた。伸びた爪が刺さり痛みを感じるが、錠をかけられた手では、それを振り払うこともできなかった。
「エイナムとレイザだ」
 触れられることは諦め、質問に答えベータの反応を待つ。二人の名前を聞いた途端、豹変したベータの雰囲気に静かに息を吐いた。
「なんで、私以外の人と話すんですか! エイナムとレイザだけじゃないです! ○○と△△にも!」
 掴まれていた頭を今度は強く、ベッドに押し付けられる。大きく揺れ、一瞬ぼんやりとする頭で、あれも会話に入るのかと純粋に驚いた。○○と△△にはただ挨拶を返しただけだった。
 ベータの手には鞭が握られていた。見ることはできなかったが、空気を切るようなあの激しい音は二三度経験したことがあるものだった。逃げることはできない。
「アルファさん、アルファさん、」
 何度も名前を呼ばれながら、鞭がおろされる。背中に鋭い痛みを感じ、声がこぼれ落ちそうになるが堪え、顔を上げる。見えたベータの顔は涙でぼろぼろになっていた。
「アルファさん……」
 ベータは荒れた息を吐きながら、手と足の拘束を外した。
「ぎゅってしてください」
 言われた通りに、上体を起こし、ベータの体を抱きしめる。
「うえ、っ、あるふぁさん、ごめん、なさい、ごめんなさい」
 泣きすぎて何を言っているのかほとんど分からなかったが、多分謝罪と、名前を呼んでいたのだろう。背中をさすることも声をかけることもせず、抱きしめ続ける。
「……アルファさん、」
 落ち着いたベータがゆっくりと頬の傷に触れた。この部屋に来る前に殴られ、できたものだった。
「……」
 二人の静寂を壊すように、ピ、と無機質な機械音が部屋に響いた。
「……イエス、マスター」
 先ほどの様子が嘘のように、薄っぺらい作り物の笑みを浮かべ、ベータは立ち上がった。
「すみません、アルファさん。マスターから呼び出しがありました。すぐ戻ってきますから、逃げちゃダメですよ?」
 それには応えず、ベータの目の端に残った涙を拭う。「いってきますね」小さく頷き、見送った後、ベッドに横になる。ベータの部屋は相変わらず何もなかった。白い天井を眺めていると、荒い足音と勢いよく扉を開ける音が聞こえた。
「大丈夫ですか、アルファ様!」
 ○○だ。眉を寄せ、不機嫌を表す。駆け寄ってくる○○はそんなことを微塵も気にせず、私の体を起こした。
「ああ、ひどいっ! ベータめ! 実力がないからと言ってアルファ様にこんなひどいことを! アルファ様、さあ逃げましょう!」
 差し伸べられた手を払い、男の首へ手を伸ばす。
「アルファ様? っ、く、なにを!?」
「お前が、あの名を軽々しく呼ぶな」
 ――あれは私だけのものだ。
 男の目が大きく開かれた。その瞳に映る自分の顔の痣をうっとりと眺める。
「これは私のものだ」
「っ、ぐあ」
 動かなくなったしまった体を眺める。こんな汚いものをベータに見せるわけにはいかない。しかし、処理方法を考える前に、これも会話に入るのだろうかとぼんやり考えた。もしまたベータが愛してくれるならば、このまま放置するのも悪くない。
 ベータの帰ってきたときの反応を想像し、静かに笑った。
2012/08/03
あなたの愛が届く場所で死にたい
title:告別
plan:ERROR!

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