世界は愛しさで溢れている | ナノ

 缶ビールを空ける音が聞こえ、台所からほどほどにするよう注意をする。居間では、もう二本の缶が空けられていた。準備していたおつまみをテーブルの上に置き、対面するように座る。
「たくさんあるから、どんどん食べてね」
「おう!」
 本当ならば雷門中時代のマネジャー四人が集まって女子会を開く予定だった。しかし、皆それぞれ仕事の用事ができ、代わりに今一緒に飲んでいるのは円堂君だった。どうしてこうなったのか疑問は残るが、気にし続けても仕方がない。用意したおつまみを消費するためにも円堂君の存在はありがたかった。
「なあ、どうやったら料理ってうまくなるんだ」
 久々の飲みの席で相談される内容に、苦笑する。「夏未さん?」と尋ねれば、唸るように円堂君は頷いた。
「いや、食べれないことはないんだ。うまいと思えばうまい」
 愛だなあと思わず笑ってしまう。夏未さんの料理は二人で作るときは問題ないのだが、夏未さん一人で作ると何故か独創的な味になってしまう。材料も手順も全て正しいはずなのにだ。私としてはそうなることのほうが不思議でしかたないが、円堂君としては夏未さんとの生活に慣れてしまって美味しくできるほうが不思議でたまらないのだろう。夏未さんの料理を食べる円堂君の様子を想像してまた笑った。あの料理を毎日美味しいと言って食べることは、愛以外の何ものでもない。
「夏未さんは幸せね」
「秋は、幸せじゃないのか?」
「……幸せよ?」
 不安そうな表情で「俺から連絡しようか」と提言されるが、それはややこしいことになるのでやめて欲しいと、やんわり断る。答えるとき少し間が空いてしまったのは、彼のことを考えたからだ。
「秋はもっと甘えていいと思う」
 思いがけない言葉に、何と応えればいいのか迷う。お酒に口をつけ、目線を会わせると、円堂君はほんのり赤くなった顔で大真面目に頷いた。
「甘えてほしいの? 夏未さんに」
 予想外の応えだったのか、黙ってしまった円堂君を眺めていると、しばらくして髪をぐしゃぐしゃと乱し「甘えてほしい」と小さく呟いた。
「もちろん、働く夏未も好きだぜ! だけど、もう少し休んだり頼ってくれたりしたらなあって……」
 フィールドに立つ姿が嘘のように小さくなっている円堂君を見て、これは天馬たちには見せられないなと思う。夏未夏未とうわごとを呟き出したとき、円堂君の限界が近いと判断する。
「円堂君、眠いの?」
「……少し」
「一階の空き部屋に布団用意してあるから、そこに行きましょ?」
 立ち上がらせ、自分で歩けるように軽く支える。女一人で支えることはできても運ぶことはできない。部屋までたどり着き、布団に倒れるように眠ってしまった円堂君にタオルケットを上からかける。
「甘えてほしい、か」
 中学のころとは変わってしまった感情、名前をつけるならば母性愛を持って、寝言でも愛しい人の名前を呼ぶ円堂君の髪をすくい、顔にかからないように払う。
「それは難しいよ」
 コンコンと、隣の部屋を控えめにノックする音が聞こえ部屋を出ると走ってきたらしい夏未さんが立っていた。
「あら、部屋を間違えたかしら」
「ううん、合ってるわ」
「あの、ごめんなさい。急いで終わらせて来たのだけど……円堂君は、」
「この部屋で寝てるわ。ずっと夏未さんの名前を呼んで大変だったのよ?」
 微笑むと、夏未さんの頬は一瞬で赤く染まる。明日の予定を尋ねると、お休みだと返ってきた。
「じゃあ、飲みましょ?」
 返事は聞かず、部屋に入るように促す。たくさん飲むつもりはないが、円堂君の話分は付き合ってもらう予定だ。
2012/07/01
世界は愛しさで溢れている

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