美しくありたいと願うのは | ナノ

 部活前の部室は静かだった。昨日掃除したばかりだというのに、すでに砂ぼこりのかかった机の上を軽く掃除する。雑巾を洗った後、ジャージ姿に着替え、カバンの中から日焼け止めのクリームを取り出した。ジャージをめくり、肌に付けた日焼け止めをのばしていく。
 最近は、夏真っ盛りではないが、日差しはそれに近いものになっていた。外での活動が中心の部活動で、何のケアもせずに行動するのは怖いものがあった。
「失礼します!」
 扉の開く音に反応し振り返れば、ユニフォームを着た円堂君が立っていた。
「円堂君、早いね?」
「秋こそ!」
「委員会が早く終わったから」
「俺も! ん?」
 円堂君の目線が机の上へ移る様子を追う。そこには、日焼け止めのクリームが転がっていた。
「何やってたんだ?」
「日焼け止め、ぬってたの」
「へえ、これ日焼け止めなのか! ……でも、何でぬるんだ?」
「え?」
 何でと尋ねられたのは初めてだった。確かに、日に焼けたくないという考えとは無縁の円堂君からしたら、そのために時間やお金を割くことは不思議で仕方がないことなのだろう。
 頭の中に、紫外線が怖いからとか今美白が流行ってるからとか、複数理由を挙げてみるがどれも納得のいくものではなかった。苦し紛れに「うーん、将来のことを考えてかなあ」と答えると、円堂君はまだ首を傾げていた。自分自身納得いっていないのだから、円堂君が納得できないのも当然のことだった。
「将来?」
「ほら、手とかシミだらけになっちゃう」
「うーん? シミだらけでも、俺は秋の手だったら好きだぜ?」
「……」
「秋?」
 円堂君は、何を言っているのだろう。一瞬思考が止まり、その後すぐに熱が頬に集まるのを感じた。――ああ、もう! 今、恥ずかしさで逃げ出したくなっていることを円堂君は微塵も理解できないだろう。
「大丈夫か? 保健室行く?」
 長い間黙り込んでいたせいか、的外れなことを言い始めた円堂君に、首を横に振る。
「ううん、大丈夫だよ」
「でも、顔赤いぞ?」
「もうすぐ皆来ると思うの」
 会話を打ち切り準備しようと言えば、円堂君はそれ以上何も言わずサッカーボールを持ち上げた。本当に大丈夫かと確認するように振り返られれば、安心させるように微笑みを返す。円堂君はようやく体調が悪くないことを分かってくれたのか、無理しちゃダメだぞ! という言葉と共にコートへ駆け出した。
 その背中をしばらく見つめ、自分の仕事を始めようと気合いを入れ直す。おにぎりづくりからボール磨きまでやることは山ほどあるのだ。まだ熱い頬を押さえ、にやける口を締め直した。
 ――将来のため、だよ。
 日焼け止めのクリームを片づけながら、もしまた円堂君に尋ねられることがあったら今度は自信を持って答えようと決める。
 将来、円堂君のようにどんなにシミだらけでも好きだと言ってくれる人が側にいるならば、その人のために美しくありたいと思う。だから私は日焼け止めをぬるのだ、と。
2012/06/24
美しくありたいと願うのは

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