壊れかけた器を満たすように | ナノ

 この季節が少しだけ嫌いになりそうだった。暑い日差し、まとわりつく汗、騒がしい蝉の声、いつまでも落ちない太陽。理由をあげればきりがないが、なにより、――あの人の季節だった。
 誰もいない土手に座り携帯を開く。電源を入れると、登校前のままの真っ白なメール作成画面が現れた。どうしたものかと数文字打っては消し打っては消しを繰り返す。ようやく、適当であろう五文字を打ち出すが、送信することができなかった。送信のボタンを押そうとすると、手が止まってしまうのだ。作成状態に戻り、また消していく。こんなふうになった原因のメールを思い出し、ため息を吐いた。
「……」
 今朝、彼女からメールが送られてきていた。『付き合うことになりました』顔文字も絵文字も一切ないシンプルな白黒のメールは事実だけを伝えていた。
 ――ああ、そうなんだ。
 メールを見たとき、悲しむよりも先に納得してしまった。彼女に嫉妬するよりも先に、むしろ接点のなくなった恋敵にここまでするなんて律義なことだと呆れてしまった。
 彼とは中学卒業後、お互いの高校が練習試合をするとき以外、会うことはなくなっていた。実際、そんなときも一マネジャーである私と一年でレギュラーを任される彼とでは、話す機会はほとんどなかった。
 しかし彼女は、私と同じように彼と違う高校に入学したはずだが、彼と会っていた。詳しいことは知らないが、練習試合のとき会場に応援にかけつける彼女と彼女と話す彼を見たことがある。そのときから、解っていたのかもしれない。
「秋」
 聞き慣れた声に振り返ると、予想通り人が立っていた。携帯を閉じ、隣に座る土門君に首を傾げた。
「土門君、どうしたの?」
「俺、ふられちゃったんだ」
 明日、雨なんだ。それと同じテンションで言われた言葉に、息を呑む。何と言葉を返せばいいのか、視線を外そうとしない土門君と見つめ合えば、彼も私と同じ目をしていた。下唇を噛み、ぎこちなく口を開く。
「……私も、だよ」
「そっかあ、秋もかあ」
「土門君をふるなんて勿体ない人ね」
「俺すごくイイ男だしなー。秋をふる男もバカだよな」
「こんなにイイ女なのにね」
 ――あの人より?
 一瞬、息苦しさを覚えゆっくり息を吐き出すと、涙がこぼれ落ちた。戸惑いで、頬を押さえる。横を見ると、土門君の頬からも涙がすべり落ちていた。
「土門君、泣いてるよ?」
「秋も、だろ」
「……そう、ね」
 お互い涙を止めることはなく、静かに流し続けた。昔のように大声を上げて泣くことはできなくなっていたが、涙が染み込んでいく度に、何かが解けていくような気がした。
「円堂君のこと好きだったわ」
「夏未ちゃんのこと好きだったのにな」
 きっと彼女、彼よりも。だけど彼と彼女が選んだ人は、私たちではないのだ。
 顔を上げると、夕日が空から沈んでいた。こうなれば、日が暮れるのはあっという間だ。
「帰ろう、か」
 目元を拭い、立ち上がった土門君の手を取る。スカートに染み込んだ涙はもうすでに乾いていた。
「――おめでとう、って返そうと思うの」
「ん?」
「今日の晩ごはん何かしら?」
「うーん、秋の母さんの料理か。久々に食べたいなー」
 お母さんも土門君が来たら喜ぶと思うと応え、空を見上げる。星空が広がっていた。
 やはり、この季節を嫌いになることはできそうになかった。
2012/06/16
壊れかけた器を満たすように

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