所詮、私たちも人間でした。 | ナノ
「ガゼル様」
「クララ」
波打つ音と私たちの声だけが響く。日が昇る前の空は暗く、星が輝いていた。
「私は宇宙人だ」
「はい、私たちは宇宙人です」
「だからだろうか」
そっと首を傾げる。何を言いたいのか、わからなかった。彼の顔を見ると、意志を持たずただ遠くを眺めていた。
「だから、死ねないのだろうか」
ああと納得し、適当に同意する。死ねなかった理由は簡単にわかるが、それを伝える気にはなれなかった。彼と同じように遠くを眺めてみるが、真っ黒な海以外何も見えなかった。
――クララ、助けてくれ。
昨日の晩、彼は急に部屋を訪ねてきた。夜遅く、しかも女子部屋。有り得ないことだと思ったが、縋るように伸ばされた手を突き放すことができなかった。
部屋を抜け出し、電気が消された食堂で彼は話し始めた。
――眠れ、ないんだ。
先日、彼が睡眠薬を大量に摂取し、二日間眠り続けたことは知っていた。しかし、それが自殺を目的としていたことは知らなかった。
今思えば、最近の園内の空気も瞳子さんのあのときの様子もおかしかった。
『風介、最近眠れない日が続いてたみたいなの。皆、そういうときはすぐに誰かに相談して。私でも、友達でも、メンバーでも誰でもいいわ』
彼のことがあったあと、薬の使用法についての注意と共に言われた言葉だ。そのとき瞳子さんは何かに恐れていた。
「海は美しい」
ぴくりと、彼の言葉に意識を戻す。うっすら光を反射する海は確かに美しかった。
「はい、」
「レーゼが言っていた、――母なる海と」
「……はい」
「何故だろう」
「私には、わかりません」
首をゆっくり、横に振る。今ここでしようとしている行為が答えではないかと思ったが、声には出さなかった。
「行こうか」
「はい」
手を繋ぎ、朝陽が昇る海に足を付けた。
――クララ、私は宇宙人だ。人ではない。
頷いてはいけないとわかっていた。
――はい、私たちは人と異なる存在です。
しかし、気づいたときには肯き、彼を抱きしめていた。触れ合っているはずなのに体温は下がる一方で、冷たい安堵が胸の奥に広がった。
――クララ、帰ろう。
「はい、」
――私たちの星へ。
2012/06/03
所詮、私たちも人間でした。