綿菓子に憧れゼリーに恋した器 | ナノ

「ギグルスさん、また飛び降りるんですか?」
「ええ」
多分満面の笑みを浮かべているであろう少女に微笑みかける。少女の雰囲気は、私と会うときと異なった。柔らかく可愛らしいのはいつもと変わらないが、暖かくほんのり甘い、まるで綿菓子のようだった。
「彼と会えるといいですね」
「うんっ」
綿菓子のような雰囲気を纏い、少女は崖から飛び降りた。つんざくような高い悲鳴が聞こえる。ぐちゃりと暫くして聞こえた音は何だったのか。木の実でも落ちたのかと下を覗いてみるが、何も見えない自分にとって無意味なことだった。ふうと息を吐き出し、家へ戻るために歩き始める。少女は今頃、愛しの彼と短い逢瀬を楽しんでいるはずだ。ぐちゃり、あの音は木の実が落ちた音、そう決め付け歩き続けた。
「モールさんっ」
「ギグルスさん?」
次の日、少女はいきなり私に抱きつき、モールさんモールさんと名前をしきりに呼び、服を強く掴んできた。
「どうしたんですか?」
「彼が来てくれなかったの!叫び方が悪かったのかしら?ねえ、どうして?助けてって言ったのに、彼が、来てくれなかったの!」
「ギグルスさん」
ヒステリックに叫ぶ少女に余計なことは言わず、もう一度名前を呼んだ。
「ギグルスさん」
「…どうして?」
「今日は会いに来てくれますよ」
「本当?」
「ええ」
「本当っ?」
「ええ」
「モールさん、私、嬉しいっ!今日は彼に会えるのね」
「…ええ」
少女が纏う雰囲気はいつもと変わらない、柔らかく可愛らしい、そして脆い、ゼラチンの足りないゼリーのようだった。
「じゃあ、行ってくるわ!」
ふわりと抱きつく手を緩め、離れていく。その手を掴んだらどうなるのだろうか。その手を掴み強く抱き締めたらどうなるのだろうか。そして、貴女の求めを無視した男に何の価値がありますか?と尋ねたらどうなるのだろうか。それでも少女は私の手を振り切りきっと満面の笑みで彼は私の理想の人よと飛び降りるだろう。自問に自答し自傷的に笑った。固まらないゼリーは、掬えばどろりと溢れ出してしまう。私はスプーンではない、皿でもない、器でしかないのだ。
「知らないでしょう?」
ぐちゃり、あの音が少女の落ちる音であれば良いと密かに願った男を貴女は永遠に知らないでしょう。
2010/11/11
綿菓子に憧れゼリーに恋した器

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