意志薄弱、謝ることもできなかった。 | ナノ

一面に広がるのは真っ白な綿。手に持ったハサミでお父様に五つのときに買ってもらったクマのお人形さんを裂く。一度撫で、肌触りを確かめた。気持ちいい。安心する肌触りだ。夜眠るときは、いつも一緒だった。腹の辺りにハサミを振り下ろす。ぶすり、鋭利な刃が突き刺さった。妙に胸が晴れ渡り、刃を下へ下へ進める。腹が割け、パンパンなお腹から綿が飛び出した。あは、あ、ははは、笑い声なのか、よく分からない声が部屋に響き、溢れ出す。狂ったようにハサミを振り下ろし、ぶすりぶすり、可愛らしいクマのお人形さんを汚していった。
「ラミーお嬢様」
名前を呼ばれ、ぎこちなく立ち上がり振り向く。逆光で顔がよく見えないが、声、身長、雰囲気からピクルスさんがそこにいると理解する。どきどきと心拍数は速さを増しているのに、体温は下がる一方だった。
「ピクルスさん?あの、いや、これは違うのよ?」
「分かってます」
ピクルスさんは微笑み、汚されたクマのお人形さんを持ち上げ、頭と体を千切った。はらりと目の前をクマのお人形さんの頭と体と綿が落ちていく。カラン、何かが落ちた。ゆっくり下を見る。ハサミと頭と体と真っ白な綿があった。
「私がやりました」
「…そう、そうよね!ピクルスさん、どうしましょう?ピクルスさんが、お父様に怒られてしまうわ!」
「大丈夫ですよ、お嬢様。お嬢様の協力があれば私が、旦那様に怒られることはありません」
「私で良かったら、いくらでも協力するわ!」
「ありがとうございます」
すがりつくように服を掴んだ手を丁寧に外し、大丈夫ですよと微笑んだ。
「明日、笑顔で旦那様に新しい人形が欲しいとお願いして下さい」
「それだけでいいの?」
「はい。そうすれば、旦那様は喜んで新しい人形を買ってくれるでしょう。そして、こんな人形燃やしてしまいなさいと旦那様は私に命令します。これで私が怒られることはありません」
「本当?」
「ええ」
「分かったわ。明日、お父様にお願いしてみるわ」
「はい、ありがとうございます」
深々と礼をして部屋を出て行くピクルスさんを見て、満足げに笑う。あは、あ、は、あはは、狂ったように笑い、綿を持ち上げ投げた。綿は、ふんわりと宙を舞う。あ、あ、ああ、嗚呼!一面真っ白な綿の中に、崩れ落ちた。
「ご、ごめ」
「お嬢様」
「ピクルスさん」
「貴女は、何もしていません」
綿の中からハサミを持ち上げる。そっと私の目に重ね、視界を遮った。
「何もしていません」
「そう、ね」
目を閉じる。真っ黒な世界は、あの人の顔、繊維に溢れた床、壊れた人形、何一つ見せてくれなかった。
「ラミーお嬢様」
「ピクルスさん、」
頬を伝う生温い涙も、私には見えなかった。
2010/10/12
意志薄弱、謝ることもできなかった。
title:まねきねこ
plan:依存

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