愛の神も愛しい人もどこかへ消えてしまったけれど | ナノ

 ××年、×月×日、サッカーは消えた。
 我々の長年の目標が、達成された。その瞬間は喜びよりも先に安堵の思いが込み上げてきた。ようやく解放される。ここにくるまで、何度も邪魔が入った。その度にメンバーを変え、戦法を変え、サッカーで倒し、絶望を与えてきた。その結果、この世界でサッカーを知るものは自分達以外には存在しなくなった。
 三回ノックする音が聞こえ、はいと応える。「レイザだ」聞き慣れた声に、ベットを抜け出し扉を開けた。
「……寝ていたのか?」
「横になっていただけだ」
 あの日から数日、ぼんやりと最小限の行動しかしない日々を送っていた。何をすればよいのか分からなかった。生活の一部となっていたサッカーはもうなかった。
「そうか……お前もなんだな」
「お前も? レイザもなのか?」
「ああ。何をしていいのか分からない」
 苦笑に微笑みを返す。自分と同じように感じていた人物がいたことに安心した。外出でもできたならばまた違っただろうが、上からの許可はまだなかった。
「……いつもならば前の試合の反省をしている頃か」
 ぼそりと呟くとレイザが微かに笑ったような気がした。
「前半の指示は遅かったな」
 それが何を意味するのか、すぐに分かった。プロトコルオメガの反省会は前回の試合の映像を見た後、意見出しから始まる。上か下かなど関係なく、皆発言する。
「あれは相手チームの勢いに圧されていたな」
 小さな反省会が始まった。パス、必殺技や連携技、今後の練習、そこまで話が進んだとき、ぴたりと二人は止まった。
「……アルファたちも呼べばよかったな」
「そうだな」
 沈黙を避けるように発せられたレイザの言葉に頷く。アルファを始めとするキャプテンたちは、我が強いところはあったが、言っていることは的確で正しかった。
「呼びに行くか?」
「いや、……ああそうだレイザ、何か用があったんじゃないのか?」
「そうだったな。忘れていた」
「何だ、それ」
「笑いすぎだ。……議長から集合命令が出た」
「……そうか」
 今後のことについてのお話だろう。時間と場所を尋ねると、明日午前八時グラウンドと最低限の単語だけで答えが返ってきた。明日は、重要な日になるだろう。
「ありがとう、レイザ」
 最後の試合でインカムを壊してしまった自分のため、わざわざ教えに来てくれたレイザに礼を言う。ここでお菓子の一つでもあげることができたならば良かったが、生憎この部屋に食料品は水以外何もなかった。
「――エイナム」
「ん? どうした?」
「いや、……寝坊するなよ」
 珍しいレイザの冗談に、ガンマを真似て応える。
「寝坊なんてスマートじゃないね」
「似ている」
「昨日思いついたんだ」
「……じゃあ、明日」
「ああ、また明日」
 ――次の日、議長から呼び出されメンバー全員が明日には壊されるサッカーグラウンドに集まっていた。ざわりざわり、人が集まると小声で話しているとしても、騒がしく聞こえるのは何故だろう。苛立ちを感じながら、周りを見渡すとレイザの姿を見つけ、足早に駆け寄った。
「レイザ!」
「起きれたのか」
「当たり前だ」
 軽口を言い合っていると、突然、中央に議長の姿が浮かび上がった。その途端、ざわついていた場内は静まり返った。
「皆集まっているようだな。単刀直入に言おう。――君達の記憶を消させてもらう」
 誰かの息を呑む音が聞こえた。考えてみれば、当然のことだった。サッカーのない世界に、サッカーのできる人間は要らない。その後のことも議長は話していたが、聞ける状態ではなかった。阿鼻叫喚とでも言えばいいのか。泣き叫ぶもの、縋るもの、逃げ出そうとするもの、静かに立つもの、様々な行動で溢れていた。ぷちんと議長の映像が消えた後、グラウンド全体が淡い光で包まれた。この光が、記憶を奪うのだろう。
「――レイザ」
 隣に立つ、ほとんどの時間を共に過ごした、彼女の名前を呼ぶ。
「なんだ」
 レイザは変わらなかった。いつもと同じ表情で笑っていた。憎いはずの光が、レイザを包み込めば美しく思えた。
「……いや、何でもない」
 また、と昨日の去り際と同じように手を振れば、ああと頷くレイザの姿が最後に見えた。
 伝えるべき言葉を何一つ伝えられなかった。だが、レイザは分かっているのだろう。胸の中の思いは、見失うことがあったとしても消えることはない。全身が光に包まれる中、想うことはそれだけだった。
2013/01/02
愛の神も愛しい人もどこかへ消えてしまったけれど
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