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「あの方を愚弄するのか!」
 どんと、鈍い音と共に背中に軽い痛みを感じる。「痛いですう」普段より大きな声をあげてみるが、血が昇った頭には無意味なようだった。――馬鹿みたい。心の中で毒づき、胸ぐらを掴んでいるエイナムと目線を合わせた。
「そんなことしませんよ? 事実を言っただけです」
 にっこりと笑顔を作り「アルファって負け犬と同義ですよね」と先ほどと違う言葉を投げつける。
「なんだと!」
 ぎり、と音が鳴りそうなほどの力が服を握る腕に籠もった。破れたらどうするのだろうか。怒りに任せた行動に呆れながらも、耳まで赤くなった顔を見て思わず笑ってしまう。せっかくの綺麗な顔が台無しだった。
「あなたはまだ使われているのに何故逆らうんですかあ?」
 わざとらしい溜め息と勿体ないと言葉を付け加える。
 実力だけを見るならば、エイナムよりもアルファのほうが何段階も上だ。しかし、プロトコルオメガというチームで見たとき、アルファよりエイナムの価値が上になる。だから、まだムゲン牢獄行きにならずにすんでいるのだ。彼にはその自覚があるのだろうか。
 きっと、ない。
 彼の言動一つ取ってみても、ムゲン牢獄にいつだって落とされる可能性があることを意識したことさえないようだった。むしろ、アルファの元へ行けるのならば落とされることが本望だと言いたげなときもある。――本当、馬鹿みたい。怒りを通り越して、呆れる。マスターの決めたことでなければ、すぐに彼のような人間は切り捨てただろう。
 どうしたらこんな頭お花畑の人間が出来るのか、未だ顔を赤くするエイナムをぼんやりと眺めながら考える。なかなか難しい問題だった。
「――そうでしたあ!」
 突然の大声に彼の肩が大きく揺れた。それを無視し、ようやく納得の出来る答えを見つけた歓喜の声をあげた。
「あなたはムゲン牢獄に入ったことなかったんですね」
 だからどうしたとでも言いたげな視線も無視して、笑う。気分がよかった。
「お馬鹿さん」
 呆れも通り越して、興味深い。予想もしていなかったことを言われたのか、彼の胸ぐらを掴んでいた腕が緩んだ。その隙に唇を彼の真っ白な首もとへ近づけた。
「――っ!」
 本能的な恐怖を感じたのだろう。突き飛ばされて壁に背をぶつけ、そのまま尻餅をついた。
「いったーい」
「なにを、するっ!」
 先程よりも強い痛みを感じていたが、彼が隠すように押さえる指の隙間から見える歯型に満足する。血が出なかったのは少し残念だったが。
「あなたも落ちればいいんです」
 どこにとは言わない。
 ほこりも砂利もないこの場所でゴミを振り払う動作は無意味だったが、それをしながら立ち上がり、軽く服が伸びてしまった首もとを正した。
「お話はこれで終わりですか? なら私は帰りますね」
 返事はなかった。手を振り、背を向ける。「ばかみたい」無機質な足音に呟きは、消えていった。
2012/12/27
シニカル
plan:10000hit感謝企画

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