猫かぶりのキミへ | ナノ

 鼻は利いても肝心なところで気が利かない

 昼休み
それは、午前中の難解な授業を乗り越えて得られる一時の休息、生徒達にとって体も心も栄養補給する大切な時間。
授業の合間の短い時間とは違い、ゆったりと昼食を摂った後残りの時間を友人との遊びに費やすか、自習して己を磨くか、図書館等で一人静かに過ごすかはそれぞれで違ってくる。
友人達が部活のミーティングに行き、一人になった今日は本来なら満たされた腹を抱えつつ昼寝にでも興じるところだが・・・
今日の僕にはそんな事をしている暇はないのだ。

鼻は利いても肝心なところで気が利かない

きゃらきゃらと、およそ男子高校生とは思えない程きゃぴきゃぴしたかわいい先輩達が廊下を通り過ぎるのを待ってから、目の前のドアを素早く引いて開ける。
身を滑り込ませるようにすれば、カーテンが閉じられた暗い室内に一人の影を見つけた。
音も無くドアを閉じれば廊下に漂っていた昼休みの長閑な雰囲気は遠くなり、防音の利いた音楽準備室はそこだけが外界から取り残されたようだ。

「遅くなり申し訳ありません」

普段使うような間延びした感じの語調を一切取り払い、目の前の影に跪いて礼をとる。
目の前の主人(正確に言えば僕の父親の主人が彼の父親で、厳密には彼はまだ主人ではないが、将来的に彼に仕える予定なのでまぁ主人ということで)を待たせた事を内心で反省する。
学生としての勉学に加え経済学や帝王学をも勉強し、更に生徒会という責任ある仕事をしている主人の貴重な時間を潰してしまった事に情けない気持ちが湧く。

あぁ今日は反省文を書こう…

「そんなことはいい。それより、報告を聞こう」

項垂れる僕を咎めずにするべき事をせよと説くように先を促す主人の広い心に感謝しつつ、毎月恒例の今僕が唯一主人から言い渡された仕事の報告をする。
・・・なんて、本当は僕の遅刻を言及する時間が惜しい程、報告が待ち遠しいんだろうけど。

「今月のあゆむ様もお変わりなくお健やかに高校生活をエンジョイされているようです」

そう切り出した僕の話に真剣に耳を傾けるご主人、生徒会長・神宮司 隼人様。
この学園の大半が知らないが、何を隠そうこのご主人隼人様は、恋人であり自身の親衛隊隊長でもあられる桐谷 あゆむ様の事が好きで好きで大好きで、世界の中心で愛を叫ぶくらいには愛しちゃってるらしく、こうして僕を使って恋人が元気に生活できてるのか、イジメられていないかを影ながら見守っているのである。
そんな恋人思いのご主人に感銘を受けた僕は、絶賛会長親衛隊に所属してこっそりあゆむ様をお守りしているのだ。
隊員になれば労せずして放課後はあゆむ隊長と一緒に居る事ができるし、会長の恋人なのに親衛隊長として隊員を守ろうとする姿勢に尊敬してあゆむ様を守ろうとする同志を見つけるという予想外の収穫もあった。
そのおかげで、ご主人という最高の恋人がいらっしゃるにも関わらず、あゆむ様の愛らしい容姿と奥ゆかしい性格に惹かれ狼藉を働こうとする不届き千万な野郎を、発見し駆逐するのもだいぶ以前よりもスムーズにできている。
その点ではご主人からかなりお誉めいただいたのだが、必然的にあゆむ隊長と一緒に居れる時間が長くなって密かに嫉妬の目を向けられているのも事実だ。
ご主人…理不尽です。

「あとこれは、先週のお茶会の時のです」

そんな理不尽なご主人のヤキモチも優秀な僕はスマートに解決するべく、策を用意したのは当たり前のことだ。
内容を確認するご主人の顔が綻んだのを確認して、ほっと胸の中で息を吐いた。
一枚いちまいゆっくりと堪能されているそれは、親衛隊の活動をしているあゆむ様を撮った写真。
もちろん合法だ。
親衛隊の活動を把握する為という名目で、会長から会議やお茶会等の様子を写真に残して提出するように要請が来たのは、僕が提案した件をご主人が素早く行動に移してくれた結果だ。
撮影係として名乗りをあげた僕が隊員達の写真を撮る中であゆむ様を撮るのだから、怪しまれることもなくあゆむ様メインの写真を何枚も撮ることができる。
その中の数枚をご主人に渡せば余計な火の粉は降りかからず僕ハッピー、ご主人も普段見れないあゆむ様の姿を見ることができて幸せ、なんて素晴らしい僕。
おかげでここ数カ月で僕のカメラマンとしての腕がかなり上がった気がする。
いくらかご主人の機嫌が急上昇したのを感じ取った僕は、今日お伝えする本題を告げる為に一度唾を飲んで喉を潤した。
大事なのはあくまで自然に、他の報告に埋もれる程度に、不審を感じさせない事だ。

「あゆむ様は先日、右側の歯茎に口内炎ができたようなのでお茶や夕食をご一緒される時はトマトや柑橘系のフルーツ等にご注意なさった方がいいかもしれません」
「ふむ・・・口内炎か」
「差し出がましいようですが、これ塗るタイプと錠剤タイプのお薬を購入しておきました。今夜お渡しされたらいかがでしょう?」
「気が利くな、さんきゅ」
「有難き御言葉です。それと一昨日体育の授業で怪我された膝の擦り傷は大分回復されたようです」
「そうか、昨日お前にもらった薬もたっぷり塗っといたからな。あいつの可愛い膝小僧に傷か残らないようで安心だ」
「それと先週あゆむ様に告白しようとロッカーにラブレターを入れた3年の郷田ですが・・・」
「あぁ?」
「あゆむ様はきっぱりと断られていたようでした」
「・・・当たり前だ、俺というものがありながら。・・・ちっ、そいつはどうした?断られた腹いせにヤケ起こさなかったか?」
「意気消沈の様子で涙ながらに走り去りました」
「そうか。あゆむが無事ならいい」

なんてお優しい・・・この調子なら、と先からのテンポを崩さないように次の言葉を続ける。

「それと、最近瀬尾陸と仲良くなられたようです」
「そうか・・・」
「来週はあゆむ様のクラスは調理実習なようで、作るのは」
「ちょっと待て。・・・瀬尾、陸・・・?転入生か?」

あ・・・気づかれてしまったようです。

「はい」
「何故あの転入生と仲良くなってる」

ですよね、ひっかかりますよね。
数週間前の食堂での出来事を知ってる者なら、瀬尾陸こと黒綿毛は会長とあゆむ様の仲を引き裂きそうになった原因であり、あゆむ様のライバルと認識してもいい存在だ。
もっとも、その後会長が瀬尾陸と接触してない様子から一時だけの気の迷いとか会長の戯れとかでおさまっている。
僕の知る事実では、あゆむ様にヤキモチを妬いてもらおうとしたご主人の可愛らしい失敗談である。
何にせよ、真実がどうであれ、2人の間には仲が悪くなる可能性はあっても、その反対に仲良くなるという事があるなんて誰も思いはしないだろう。
眉を顰めるご主人をちらりと気づかれないように見上げて、これは何度かお互いの部屋を行き来している様子がある事までは言わない方がいいだろうと判断する。

「詳しくは、・・・その、わからないのですが」

なんであんな不潔ヤローと仲良くなっちゃってんですか?!って詰め寄った副隊長にのほほんと返したあゆむ隊長の言葉を、理解できないながらもそのままご主人に伝えた。

「その、『好きなものが同じ』らしいです」
「なんだ俺か」
「違うと思います」
「・・・・・・・・」

僕はご主人がとても素晴らしい人だという事を知っている。
容姿もこの学園で一番と言っても過言ではないくらいに整っている事も、頭だって良くて成績は常に上位だし会長しながら将来の勉強も欠かさない努力家で、そしてあゆむ様の事を一途に想われてる非の打ちどころのないような人だ。
だけどこの点に関してだけは、僕は盲目的にはなれない。
そう、・・・ご主人が想ってるのと同じくらいあゆむ様がご主人を想われているか、というと点に関して、だ。
あゆむ隊長はすごくかわいい人だ。
容姿もだけど、あの人はすごく隊員を大切にしていて、そういう所でも僕を含め多くの隊員達から慕われている。
彼が隊長になってからウチの親衛隊での制裁は無くなったし、皆で楽しく遊ぶ機会も増えて隊の活動がすごく充実している。
だけど僕は知っていた。
いやなんとなく気づいていたのだが、この前の食堂での一件でそれが確信に変わったのだ。

あゆむ隊長ってそれほどご主人のこと好きじゃな、ゲフンゲフンご主人とのベクトルに差があるような気がする

ご主人からの贈りものは食べ物だったら隊員にわけて、花だったら自室ではなく親衛隊室に飾り、休日のデートのお誘いは5回に3回はさりげなく断って回避している。
更に言えば、ご主人が集会で挨拶する時周りの視線が壇上に集中しているのをいいことにケータイゲームしてたり、昼休みにご友人とグランドでサッカーしているご主人の横を興味無さげにあっさり素通りしたり。
・・・あれ?これアウトじゃね?完璧ご主人の片想いじゃね?
ご主人→→→→→→→あゆむ隊長じゃね?
という怖ろしい真実を知ってしまっていたのだった。
しかしそんなご主人にとっては辛い現実を、とてもとても僕の口からは言えない。
ただ、今の僕にできることは、なんとかしてあゆむ隊長のご主人に対する好感度をあげよう作戦を練ることだけだったのだ。

―――案外ペロっとバカ正直に毎回主人の自惚れを否定していることに、僕はまだ気づいていない。
そして的確で本人無自覚なツッコミに内心彼の主人がグサリと傷ついている事にも。

そんな僕の、ご主人の恋を叶えよう計画はまだまだ続くのであった。


to be continued...?


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