猫かぶりのキミへ | ナノ

 口にはしないけど、

口にはしないけど、



 授業の始まりを告げるチャイムが鳴る。
本来ならば教室へと向かうところだが、やり残した生徒会の仕事を終わらせたかったので僕の足は教室とは反対方向へと向かっていた。
扉を開けると静謐な空気で満たされた生徒会室。
副会長である己の机まで足を進めて所定の位置に書類を置けば、視界の端で動くもの。

「…っ!!・・・て、なんだ会長か」

危うくみっともない声が漏れるところだったが息を呑むに留めれたのは、それが知った人物であったからだった。
常のようにそれはもう偉そうに会長専用の机で一際存在感を放っていれば扉を開けた瞬間に気づいたものを、今は部屋の隅にしゃがみこみ片手を壁につけている。
あぁ・・・あの姿勢どこかで見た気が・・・
あ、そうか、

(猿の『反省』だ)

芸として仕込まれるその仕草にそっくり、と呟くのは心の中だけにしておこう。
驚かさないでよ、と詰めるのも本人にそのつもりはないだろうから、控えておく。
ここ数年の友人でもある彼が、平生の彼らしくない行動にでている理由に思い当たる節があり、そして今の彼の心境も大体の予想はつくからだ。

「よかったね、なんとか別れずに済んで」
「・・・うっせ」

僕が言える精一杯の慰めに、石像のように微動だにしてなかった友人がようやく口を開いた。
それと同時に、体中の空気が抜けるようなそれはそれは大きな溜め息を吐いた。

「まさか・・・あんなあっさり差し出すなんて・・・」

それは恋人の位置なのか、彼の部屋に繋がるカードなのか・・・
どちらにしても、先程食堂で繰り広げられたお粗末な恋愛劇場を差しているのは間違いない。
影を背負うように暗い表情の友人は、昼ドラのように“恋人に裏切られそれでも幸せを願って身を引く”行動に出た親衛隊長が、実は特に未練もなくあっさりと手放したことには気づいていたらしい。
むしろ内面喜び勇んでいた、という所までは見抜いてないだろうけど・・・

「生徒会長である俺の部屋だぞ?一般生徒は立ち入れないフロアの、誰一人として入れた事のない俺の部屋に入れる唯一の、カードキーを・・・あんなにあっさり」
「『永遠におさらば』とも言ってたね」

多少、自意識が高いというかそれ自分で言っちゃうの?って部分もあるけど、この学園の数多の生徒がそう認識しているのは間違いないので敢えて訂正はしないでおこう。
確かにこの友人は見た目の端正さや人を惹きつけるようなカリスマ性から多くの生徒から慕われていて、彼の部屋のカードキーと言えばそれこそ喜んで飛び付いては群がり取り合いの乱闘になるだろう事が簡単に予想されるくらいには価値があるものだ。
ただしそれは、彼にお近づきになりたい者に限る、という注釈がつくけれど。
そして親衛隊長はそうではなかった、という事。
僕の言葉に更に苦虫を1000匹は噛み潰したように表情を歪める友人に、友として助言をする。

「これに懲りたらバカな駆け引きはしないことだよ。気を引きたいからって嫉妬させるなんて、成功率が低いどころか逆効果だったでしょ」
「恋に駆け引きは必要だって、・・・ランランが」
「誰ランランって」
「知らないのか?ネットで今話題の占い師で・・・」
「そんなパンダにつけるような名前自称してる得体の知れないネットの占いと、君の大事な子と長年付き合いがある僕とどちらを信じるのが最善かは、明らかだと思うけど・・・」

そんな怪しげな占い信じてるとか君は一体どこの乙女なんだ。
ついつい胡乱な目で見遣ってしまうのは許して欲しい、だって見当違いもいいところじゃないか。
この学園の大半が間違った認識をしていて、尚且つ幼馴染みであるあの子は自覚していないのかはたまた誤解しているようだけど、目の前の男はかなり一途に恋人の事を想っている。
あの子がひよこシリーズ好きだと聞けば、さりげなく部屋にひよこの大きなぬいぐるみを置いたり、お泊り用にと着ぐるみパジャマやスリッパを用意しておいたり。
(情報提供は僕なんだけど、ていうか幼稚園の頃の話をしていただけで、今はそこまで好きでもないらしい。なので心当たりの無い幼馴染みから会長が実はひよこ好きという誤解までされている・・・不憫な)
スポーツ雑誌に写っている筋肉隆々の選手を熱い眼差しで見ていたから、と密かに体を鍛えていたり。
(しかしあれは自分もあぁなりたいとかいう憧れであって、タイプとして見ていたわけではないらしい・・・空回り)
ただ当人はプライドが高く、そしてどこで手に入れた情報か知らないが余裕のある人が好きだと言う想い人の言葉を真に受けているらしく、その直向きなまでの感情を表に曝け出そうとしない。
その上ネットの占い信じて嫉妬を煽ろうだなんて、僕じゃなくてもこの顛末に呆れるだろう。
とりあえず、いい加減その変なプライドとオレ様な態度を捨ててしまえば、まだあの子の変な認識を修正できると思うんだけど・・・
なんて、そうアドバイスでもと考えてた。
今までは面白くて放置してたけど、今回のように学園中を巻き込みそうになる事態は僕にとってもいい事態にはならないし。
なのに、仏心が覗いた僕に恨みがましい視線が突き刺さる。
いや、なんで。

「・・・くそ、お前ずり―んだよ」
「ちょっとなんで矛先が僕になるのさ」
「うっせ、八つ当たりしたくもなるわ!!幼馴染みだからってなぁ、小さい頃からアイツを知ってるからって・・・・・・知ってるか、ら って・・・そうだよ、お前小さい頃からの知り合いだもんな。天使のように愛らしい幼児期から、今のちょっと小悪魔も兼ね備えた可愛さまでの成長を見守ってこれたんだよな。それこそ、おはようからおやすみまでずっと一緒だったんだろ?そんな立場買えるものなら今の俺の私財投げ打ってでも欲しい。そんな羨ましい立場に居るお前に八つ当たらないで、誰にこのモヤモヤをぶつければいいんだ」
「壁にでもぶつけてなよ」

歯噛みして悔しがる友人の言いがかりはさらりと受け流して、此処に来た本来の目的にそろそろ取りかかる事にしよう。
6限の数学の授業は出ておかないと成績に差し支えそうだし。
作業を始めたのだけれども、生憎残念な事に僕には集中したら周りなんか気にならなくなるという素晴らしい能力は備わってなかったわけで。
つまり、ちょーうざいんだよね、友人の視線が。
早々に諦めて相手をする事にしたのは懸命な判断だったと思う、だって数学は苦手なんだ。

「なに?」
「・・・・・・アイツのた・だ・の幼馴染みとして、助言はねーのか」
「アドバイスを要求してくる割には上から目線なのはどうかと思うよ」
「ちっ、・・・有力なのだったら、それ手伝ってやる」
「まぁそれで今回は譲歩しようかな。と言っても助言ねぇ・・・んー あ、別れたら普通に接してくれるんじゃない?」
「それは俺の望むハッピーエンドじゃ、ねえっ!!」
「そんな涙目で訴えなくても・・・冗談だよ(8割は本気だったけど)」

結局、それから友人はいかに幼馴染みが可愛いかを熱弁したせいで著しく時間を浪費してしまったので、できなかった仕事を押し付けて数学の授業を受けに行った僕は、薄情だろうか?

to be continued...?


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