猫かぶりのキミへ | ナノ

 (後編)

 そう、あれは数時間前の出来事が発端…

明日提出厳守である課題のプリントを置き忘れていた事を寮室で思い出したのは、もう夕焼けに空が染まる頃。
ルームメイトには「まだ明るいし部活の奴らも居るだろうから大丈夫だろ、まっすぐ帰ってこいよー」なんて気軽に送り出され、会長に連絡を取ってみれば「よし放課後デートがてら一緒に「悪いけど、今から会議があるからこいつは無理だよ」と幼馴染みが電話の途中で乱入され、副隊長は来週のお茶会の買い物に隊員達と行ってるし…
皆つれないなーと思いながら足早に教室へオレは向かったんだよ。
(ちなみに瀬尾くんは城之内くんとの“人としてのマナー講座”があるから無理なんだって)
運動部はまだグラウンドや体育館でやってるんだろうけど、薄暗くなってきた校舎内は結構静まりかえっていたからちょっと駆け足で教室まで行ったわけなんだけど。
ジーザス!
求めていたプリントは無くて、なにこれ陰謀?なんて思いながらも記憶を辿ると、選択授業が自習になった時に少しだけやろうと持っていったのを思い出して、もしかしたらそこじゃね?という結論まで導きだしたわけ。
その頃には夕日もだいぶ山の向こうに姿を隠してて、オレは迷いなく携帯を取り出したんだけど。

「あ、会長?…いや、神宮司先輩?あのね、会議終わりました?お願いがあるんですけど、」
「残念だけど、まだ神宮司は会議中だから」
「ちっ…雄二かよ」
「こらこら舌打ち聞こえてるよ」
「なんで会長の携帯持ってるの」
「そんなの会長があれから携帯ばっかり気にして会議に集中しなくて取りあげたからに決まってるじゃないか」
「……いつ終わるの」
「まだあと1時間はかかる空気ではあるね」
「まったく。使えない」
「セリフの内容とは裏腹に、声に悲壮感が滲んでるよ」

まだダメなの?と続く幼馴染みの電話をぶっち切って最早小走りで別棟にある音楽室まで向かう。
音楽室ならコーラス部とかブラスバンド部とか軽音部あたりがいるよね?まだいるよね、帰ってないよね?ね?!
小走りのせいだけではない動悸の速さを誤魔化すオレには、苦手なものがあった。
そう…今の容姿でも十分チワワと戯れること可能なくらいには整っていて、秀才とまではいかないけど人並みには勉強もできて、運動もまぁ苦手じゃないと言えるくらいにはできて、猫被ってる程にイイ性格をしている完璧なオレだってね、苦手なものくらいあるんだよ。
あの会長だって容姿も家柄も頭脳も極上なのに、残念な趣味してるというウィークポイントがあるんだもの、オレにだってあるんですよ。
神様は完璧な人間なんてつまらないから、誰でも何処かに欠点をあげたんだろうね…
それのせいで、今薄暗い校舎をこんなにも急いでいるわけ。(部活はもう終わってたみたいだねガッデム)
本当は全部の廊下を電気つけながら行きたいくらいだけど、そんな事してる暇があったら一秒でも早くここから立ち去りたいわけ。

つまり…

「え?なにたいちょーさん、苦手なものってもしかして…おばけ?」
「ばか!!お前、そんな、その名を言ったらきちゃうだろ?!やつらが!!」

なんでさっきから濁してんのに、言っちゃうの?ほんと会計の頭は残念無念だね。

「なにその『高校生にもなってお化け怖いの?』っていう顔。バカにしてる?バカにしてるよね、ほんとまじふざけんな。お前にわかるわけ?奴らは実体がないんだよ?つまり蹴れないんだよ、退治できないわけ。オレ昆虫もGも新聞紙丸めて退治できるから平気だけど、奴らはオレの手で葬れないから逃げるしか対抗手段が無いんだよ?特に学校なんていっぱいいそうじゃん、もううじゃうじゃいそうじゃん。そんな中で恐怖に耐えつつプリントの為に勇気を振り絞ってここまで来たオレまじすごい。なんか背後がすごくぞくぞくして寒気なんて気のせいなんて誤魔化し誤魔化し来たオレまじ尊敬する。ほんと偉い、今日は自分への御褒美に食堂のフルコース食べることにする。歩いてる時に背後から人はいないはずなのに、気配とか足音が聞こえたのも無視して来たオレ勇者だよ。ってゆーか、なんで奴ら足ないのに足音なんてさせてるわけ?非常識じゃね?もうやだ帰りたい、まじ泣きそうって思いながらやっと音楽室についたと思って入ったら人居るとか、これはもう腰が抜けるのも仕方ないよね。むしろこの状況で奴らに入られないようにドア閉めたオレグッジョブだよね」
「えー…と、つまり、たいちょーさんは怖くて立てない、と」
「だいたいお前なんでこんなとこでヤってくれちゃってんの?もうちょっと場所選べよ、せめてふかふかのベッドかソファーあるとこでしてやれよ。背中痛くなるじゃん。ばかじゃないの?ねぇばかじゃないの」
「え?そこなの?」

合いの手をいれる会計は案外いい奴かもしれない。
この状況でオレを置いていこうとしないなんて、うん、いい奴だ。
でもまだオレの足に力は戻らないばかりか、こうしてる間にすっかり陽は落ち切って辺りは真っ暗。
会計が電気をつけてくれたけど、一歩出た廊下は真っ暗だろうなーという事を考えちゃって、思いだし恐怖が。

「あー、わかったから。寮まで送ってあげるよたいちょーさん。だからもう泣かないで」
「泣いて、ない」
「いや結構前からもうぼろぼろと零してるから。はい、立てる?」
「…立てない」
「えー、じゃあおぶってあげよう」
「やだ」
「…変なことは一切しないって、かいちょに誓うから」
「やだ。おんぶだと背中ガラ空きになるじゃん、奴らに襲われるからやだ」
「えーいやいや…じゃあお姫様抱っこ?」
「すっごい屈辱」
「さっきから泣いてても俺への暴言は即答だよねー」

たはー、俺の方が泣いてもいいんじゃない?とか苦笑しながら背中と足に腕が通されて冷たさしか伝えてくれなかった床から離された。
浮きあがる体と不安定な心を抱えて、え、ちょ、まだ心の準備できてないんだけど、まだ奴らと対峙する気力が…っ

「怖いなら目つぶってていいからーたいちょーさん」

あっと言う間に暗い廊下に出た会計に、オレは思わず現実から逸らすように顔を間近にある体に埋める。
いやなんで会計は平然と歩いてるわけ?
オレもうまじガクブルよ?
震える手が縋るように会計のシャツを握るけど、それでも取り巻く暗闇が怖い。

「……これは、反則でしょー」

そっと呟く会計の声も顔が近いからはっきり聞こえるが、もう内容までは頭に入らない。
何故なら、今、絶賛お経唱え中だからね脳内で。
ていうか、これ効果あるの?だってさ、もしさ奴らの中に外国人居たらどうすんの?
その場合はお経通じ無くね?え、その場合オレは何を唱えればいいの?

「ぅうー…もうやだ…っ」

泣き過ぎて頭がぼーっとしてくる。
もうむしろさっき会計に頭殴ってもらって気絶させてもらえばよかったんじゃね?とか今更ながらに思いついたんだけど。
ぐりぐりと頭を押し付けて涙をシャツで拭うと頭上からは溜め息。
二酸化炭素だしてるくらいなら、その無駄に長い脚で一刻も早くここから立ち去る努力をしろ。
そう心中では思ってても、最早口には出せないくらいいっぱいいっぱいなオレは。

「たいちょーさんは、猫被っててもかわいいけど、口悪くてもかわいーねー」

そう言って頭のてっぺんに口付けられたことにも気づかず。
そして…


オレの唯一の弱点を最近知った会長が、心配して会議を早めに切り上げて校舎内を探していてくれたことも知らず。
やっと会長が駆け付けた時には既に恐怖で何がなんだかわからない状態にまで陥っていたオレが、まさか会計の腕から身を乗りだして会長に抱き(泣き)ついたことも曖昧で。
更にその上、会長に頭を撫でられて耳元で「大丈夫だもう怖くないよ」と呪文のように言われ続けて安心して、寝てしまったことなんて…とても覚えてないわけで。
そんなオレ達の様子に会計が「ちぇー…やっぱたいちょーさんはかいちょじゃないとダメなのか」なんて残念そうに呟いたことは最早さっぱりだっだわけで。



 翌朝目が覚めたら何故か来た覚えのない会長の部屋で、何故かデレデレとしまりのない顔をした会長と早めの朝食をとって、必死の思いでとってきた課題プリントを会長に時々教えてもらいながらしたオレだった。

to be continued...?


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