Short | ナノ

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まん丸月夜がぽっかりと浮かぶその日、オレは知る

神様ってほんとに時に意地悪だって。



この学園での夜の散歩にも大分慣れてきたが、決してその日オレは油断していたわけじゃないと言いたい。
不可抗力だったのだ。
そう、恒例になりつつある管理人とのおやつタイムを楽しみに悠々と歩くのも。
その途中で不穏な気配を察知したことも。
通り道であるそこを慎重に窺えば、最近遭遇する1年の生徒が物騒な連中に囲まれている所だったことも。
偶にお菓子をくれる恩返しにと助太刀宜しく割って入り、自慢の爪と牙で追い払ったことも。
そして闇雲にナイフを振り回した奴のせいで腕に切り傷ができてしまったことも…
まったくの不可抗力である。

切られた傷がちくちくと痛むが、茫然と涙を流す後輩にさっさとここから退散するよう額を足に押し付けてぐいぐいと寮の方向に促す。
悪いが男の涙を舐め取る趣味は無いんで、慰めは友人にでもしてもらえ。
伝わることはないのはわかってるがついつい語りかける。
案の定口から出てきたのは、にゃーにゃーという鳴き声だったけど。
それでもやっと状況に気づいた後輩がしたことは寮に帰るではなく、オレを抱き上げて涙声でお礼を言うことだった。
男に抱き上げられるのも不本意だったので、たしたしと額を爪をしまった猫パンチで叩き離れるよう意思を伝えたつもりだったが、そのせいで腕から僅かに滴る血に気づかれてしまったようだった。
不覚…と後悔しても遅い。
後輩は慌ててオレを抱き上げたまま寮へと走り出したのだ。
まぁ手当てくらい別にいいかと諦めたオレ、何故ここで逃げ出さなかったんだ、と数分後に激しく先程の比ではない後悔をすることとなるのは当然知る由もない。

後輩がオレを連れて行ったのは、自分の部屋ではなく寮内に設置してある救護室だった。
夜間に具合が悪くなった時対処できるように保健医が常駐しているので、まぁ怪我人(今は猫だが)を連れていくなら己より怪我の対処の上手い人物の元へ行くのも頷ける。
ただ、残念な事にタイミングが悪かったらしい。
後輩が勢いよく扉を開けたその先には、老齢の保健医ではなくここ数週間避けに避けていた委員長だったのだ。

《な、なんで委員長が?!》

「悪いけど、先生なら急病の生徒を連れて病院に行っているんだ。留守番を頼まれたんだけど、大した事は出来ないよ」
「え?!そうなんですか?あの、でも今僕の部屋騒がしくて、猫が怪我したんですけど、血が出てて、でも同室者が居るとちゃんと手当てできるかわかんないし、ナイフで襲われて助けてもらってそれであの、」

《おいこら放せ、あのじいちゃん居ねーならオレ自分で手当てするから》

混乱してるのか拙い説明をする後輩は、それでも救護室に入って暴れ始めたオレをしっかりと抱えて放さない。
おまけに委員長は支離滅裂な説明でも要点はしっかり理解したのか、「猫の手当てなんて余計専門外なんだけど、とりあえず具合を診てみようか」なんて消毒液やら何やら準備し始める始末だ。
人間の時よりも余計鋭くなった感覚は、オレに何かを伝えてくる。
逃げろ、と第六感が告げているのに後輩の腕にホールドされてできない。
なんでこんな事になったんだ、と激しい後悔が走馬灯のように今夜の出来事を思い出させる。

散歩に出なきゃよかった…いやだって今日はクッキー焼くからおいでって管理人が昨日言ってたんだ。
後輩を助けなきゃよかった?…それは人として寝覚めが悪い。
大人しく手当てに連行されなきゃよかった…でも泣きながら「ごめんね痛いよねすぐ手当てするからね」と懺悔されたら逃げる気がおきないじゃないか。

まったくの不可抗力だ。
オレは食欲とちょっとした善意と同情を出しただけなのに、結果がこんなのってあんまりじゃね?
誰にこの恨みをぶつければいいんだ、とがむしゃらに暴れながらとりあえず神様に向かって文句を列ねてみた。

《ギャーッッ来んな寄るな近づくなー!!神様の意地悪ぅー!!アホぉおおおお》

その夜、救護室には化け猫の怨霊がとり憑いては夜毎雄叫びをあげるとかいう噂ができたとか。


人生っていうのは辛いこと半分嬉しいこと半分だと言うが、だからってこんな試練はないだろう




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