Short | ナノ

 3

決意を改めて固くした翌日に災難はふりかかっていた。
え?神様オレ何か悪いことしましたか?

「悠―パス回せー」
「……おう」

のんびりとしたクラスメイトの指示に従ってワンテンポ遅れぎみになりながらも反応する。
コートの中では試合の時ほどの緊張感は無く、ただただ授業だからということで楽しむ雰囲気がそこかしこで感じられる。
が、普段ならその仲間に入ってはしゃいだり簡単な賭けをしながらミニゲームを楽しむけど、今のオレにはこれっぽっちもそんな余裕はなかった。
理由は唯一つ。

綺麗な弧を描いてゴールポストに吸い込まれていくようなボールに湧くチーム。

「ナイスシュート」
「おー流石我らが委員長、これで俺らの勝ち確実じゃね?なぁ悠」
「…だな」
「あんまりあてにされてもなぁ。球技は得意じゃないんだけど」
「あんな綺麗なシュートの後に言われても嫌味にしか聞こえねーぞ長谷川」
「ハハ…でも俺よりもきっと小野寺の方が上手だよ。前にバスケ部の助っ人してたし」
「そーなの?よっし、悠と長谷川が居るなら今日の昼飯は楽勝であいつらの奢りだな♪」
「そうはさせるか、岡崎め!!こっちには怪我した山下の代わりに守也が入ってくれたんだぞ」
「あっ!!きったねー、おいバスケ部の助っ人なんてありかよ。おい悠、長谷川、俺の昼飯はお前らの腕にかかってるんだ頼む」

この運動全般苦手なクセにやたらとミニゲームの度に昼飯を賭けたがる稔のはしゃいだ様子からわかるとおり、オレは近づいたら第六感が危険信号を告げてくる委員長と同じチームになってしまった。
いつもならさりげなーく回避するこの事態に陥ってしまったのも全てはこの稔のせいだ。
恨むぞこの野郎…
とにかく危険だ。
何故かって、華麗なるオレの運動神経をもってしてもこんなバスケのゲーム中に委員長から距離をとることなんて無理に近い。
現在進行形で全身の神経が右隣の存在に傾けられている気がする。
同じクラスになってからというもの、こんなに接近したことは初めてなのだ。
あぁ…稔め、覚えてろよ。

「大丈夫?」
「っふ、あ?」

何度目かの恨み言を心中で呟いた時、突然体中に痺れるような感覚が走ったと思ったら背後から声を掛けられた。

「小野寺さ、さっきからなんか顔色悪くない?」
「…そうか?」

ぞくぞくと背筋を駆けるよくわからない反応に戸惑いながらも、声の主即ち委員長相手に平静を保つ。

「いつもより静かだし、どこか具合でも悪い?」
「そうか、も」

声音からしてあくまでこちらの心配をしてるのだろう委員長が近づく気配にざわつく己の体の変化が信じられない。
これ以上は何かが壊れそうで、さりげなく手で顔を覆いながらその場を一歩離れる。

「おーい長谷川、悠、試合再開すっぞ」
「岡崎、小野寺の体調悪そうだから休ませた方がいいかもしれない」
「えっまじで?!…うわ、ほんとじゃん、なんか熱っぽそうだな悠」
「…わり、オレ保健室」

今度はタイミング良く割って入った稔に感謝して、心配気に覗きこんでくる友人に荒くなりそうな息を抑えながら手短に退散の意思を伝える。
了承の返事を背中に聞きながら、走りそうになる足を鎮めつつ体育館から抜け出した。

なんなんだ、なんでこんな、なんでどうしてなにがあって、こんな、これは…なに?

扉が閉まった音を聞いてから、全力でダッシュする。
混乱から抜け出したいのに頭の中ではただぐるぐると疑問だけを繰り返すことしかできず、周りを気にせず駆ける。
途中人ではありえないくらいの段差を一気に飛び下りたことも、到底一息では無理な位置にある木の枝に飛び乗ったことも、今ではどうでもよかった。
とにかく人目のない所にという一心で校舎から少し離れた林の中に着いた時、ようやくしゃがみこんだオレは運動だけのせいではない息の荒さだけをしばらく聞く事になった。
幾分か落ち着いた呼吸の中で、震える指を見下ろして考える。

さっき、委員長が近づいただけで今まで以上に背筋が震えた感覚。
ひと一人分は間隔があったはずなのに、自分の鼻は委員長の匂いを嗅ぎとって……一瞬体中の血が沸騰してるのかと思うくらい体が熱くなった。
なんでそんな反応をしてしまうのかさっぱりわからない。
分からないから、怖い。
怖いから離れなきゃ、と思うのに何故か足が動こうとしなかった。

稔の声で我に返らなかったら、あの後自分がどうなってたか分からない。
分からないけど、一つだけ分かることはある。
これはおそらくオレが猫であることが関係している、と思う。
だってこんな感覚、猫に変わる一年前までは無かった。
クラスは違ったけど一度だけ委員長と話したことがあって、その時は普通に話せてたし肩とかに触ったりした気がするけどこんな反応は無かったはずだ。
オレの中の猫である自分は、一体委員長に対してどうなってしまったのか…

ぐるぐると結論もつかない疑問を巡らせて、それでもその結果を知りたくないオレは今後更に注意して委員長への接触を避ける決心をしたのだった。


本能と理性は対立することもあることを知るのは後のこと…


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