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澄み渡る空のようだったのに、今や見る影もなくばっさりと切られて暗い色に染められた絹糸のような髪を揺らす背中が、樹の間に隠れて見えなくなるまでアミールはその様子を窺っていた。
隣には族長となってからずっと己の右腕としてずっと居る戦士。
「宜しかったので?あの御方達を行かせてしまっても」
城からの通達に歯向かうように彼を見逃すことを、もっともらしく説明し仲間達を納得させたのに、彼にはアミールの本心を知られてしまっているようだ。
元より数十年も年上の彼に今まで一度も勝てたことのなかったアミールは、最後まで隠し通せるとは思ってなかった。
―――本当は手荒な真似をしてでも留まらせたい、という本心を。
二か月前の城での出来事を聞いて、アミールは友人の安否だけが気がかりだった。
なのに今の自分の立場ではすぐさま駆けつけることは、族長として一族をまとめ森を守るという責任から逃れることは、できなかった。
ただ重篤だと聞くクローディアの回復を祈ることしかできないのが、悔しかった。
未だ回復しきっていない体で城から消えたという報告に慌て、やっと見つけた存在は見た目だけ取り繕ってはいたものの、平生の彼を知ってる者からしたら一目で分かる程極端に力を失っている。
出会ってから数十年、かつて見た事が無い程に弱り切った友人を見て、城への報告は後にしてしばらくこの森で静養させようかと考える程にはポーカーフェイスの裏でアミールは焦っていたのだ。
何を思って城から逃げ出したのか理解できないが、その状態のまま旅を続けるなんて自殺するようなものだ。
それでも送り出したのは、
「仕方ないだろう……あんな瞳を見せられたら」
きっとこちらがどう言っても、止まらない。
そんな瞳をしていたから。
「それに―――、」
着いて早々、笑ったのだ彼は。
度重なる穢れの浄化をしてとうとう去年弱り切って枯れそうだった一族の大樹が回復しているのを見て、安堵したように、そっと密やかに。
その姿を垣間見たアミールは、確信した。
変わってないのだ、彼の本質は。
「気がすんだら、いつか帰ってくるだろう」
―――それが今まで通りの居場所かどうかまでは分からないが
「なんだか思春期の家出みたいですね」
「あいつは見た目以上の年をとってるが、精神年齢は見た目通りだと我は思う」
隣から押し殺した笑いを聞きながら肩を竦めた。
もう見えなくなった背中を思い描く。
見えない重責をその背中に背負っていた彼を。
国を、そこに住む人達を大切に思う彼の本質が変わらないのならば。
彼が戻る気になるまで、人との仲立ちを代わりに背負うくらいならしてやってもいい―――友 なのだから。
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