それは至上の | ナノ

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「はーらーへったー」

 陽が昇って間もない森の中、小鳥たちの囀りに耳を楽しませる一人と一匹の旅が始まっていた。

「はーらへったにゃー」

ルコリスを出てからおよそ1時間、道は平坦で歩きやすい。
城にある庭にも緑が溢れていたが、自然の深い緑はやはり雰囲気からして違うと目を楽しませている一行は、『わざわざご丁寧に』街道を通っていた。

「腹減ったーにゃ」
「えぇい、さっきからにゃんにゃんと五月蠅いぞキアラ!」
「そっちこそ、こんなに俺様が愛らしく朝食を促しているのにまるっと無視しやがって!!」
「まだ5時なんだ。そんな早くに朝食を食べたら、昼時辛いぞ」
「へっぷー、だ!俺様はしっかと見たんだからなクローディア。お前あの宿の女将を誑しこんで朝食どころか昼飯までもらってただろ!このタラシが」

なんだかさっきから、肩に居る友人がいつもの彼らしくないテンションで非常にクローディアは困っていた。

(これは…さっきマタタビが群生してるところを通って来たからか?)

まぁ特に問題は無いだろう、とあっさり結論づける。

「失礼だな、これは女将の善意で用意してくれたものだ。決して誑しこんでなんかいない」
「無自覚なのが一番タチがわりーんだよな」
「…そーかそーか、キアラくんはこのおいしそうなサンドイッチがいらないわけか」
「あっ!!てめー、そんな、ちょ、ズリーぞ」

耳元で五月蠅い旅の同行者に辟易している所を、道の脇にちょうど切り株を見つけ、そこへ腰かけて肩から掛けていた鞄の中から包みを取り出す。
それは出掛けの際に宿の人から、女将から預かったとして渡された物であり、中には一人分の食事と思われるものが二つ。
ちょっと多めなのはクローディアが成人男性であることを考慮してのことだろう。
本当に、良くしてくれた女将には早朝の為、直接感謝を伝えられなかったが、いつか寄る機会があったなら何か手土産でも携えていこうと優しさを噛みしめながら決意した出発だった。

「にゃあぁん!!俺様のツナー!!!」
「…さっきから軟弱な声出すな」
「むぐっ!!」

ツナサンドを友人の口に放り込み自分も卵サンドに手をつけてひと時の食事を楽しんでいれば、急に辺りが濃霧で満たされ景色が白一色に染まる。
濃密な霧はすぐ目の前のものすら見えなくなるくらいのもので、急な発生が自然のものでは無い事くらい2人(1人と1匹)には分かっていた。
人為的なもの、それも2人が気づかないうちにこの場に充満させた速度からしておそらく相手は並の魔術師ではないか、それとも人ではない、か。
どちらにしても、こちらに好意的である可能性は低い。

「…キアラがにゃんにゃんうるさいから」
「むぐごっごごが?!(俺様のせいにするのか?!)」

未だ口の中のものを消化できてないキアラと呑気に責任のなすりつけ合いをしながらも、態勢はいつでも動けるように低く構える。
しかし段々と薄くなる霧と共に人ならざる者の気配に囲まれた事を感じれば、それも無駄な気がして、クローディアは居住まいを正した。

「クローディア・アルフォード様とお見受けします。我々に着いて来て頂けませんか?」

数人従えて一歩前に出た人物のそれは、確信を得た響き。

「人違いではないだろうか。オレは流離いのキアラ・キラリー。相棒と一緒に世界一のショコラを探す旅の途中なのだが」
「…クローディア様、長がお待ちですのでご案内いたします」
「…キアラ・キラリーだ」
「………」
「せめてスルーするのはヤメてくんね?ちょっとは疑ったり否定したり、とりあえず反応返せよ恥ずかしいから」
「失礼致しました。では、……御髪の色は変わっておいでだが、その御尊顔は以前拝見したクローディア様に違いありません。我ら森の一族の長がお待ちですので来て頂けませんか」
「まじめに返されるのもツライ」

濃度は違えど金髪をなびかせ翠の双眸を持ち、先端が尖った耳の彼らは確かに森の一族だった。
先頭で恭しく傅く男は、クローディアにも見覚えがある。
城で何度か顔を合わせていた相手であればとぼけるのも難しいかと、諦念の体で見下ろす。
丁寧な懇願でありながら囲うのは弓矢を携えた森の戦士達だ。
逃げようものなら容赦はしないと無言で語られているようなもの。
彼らの矢は人間が放つものより威力が高く、クローディアでも受けてしまえばすぐに癒せる傷ではない。

「ショコラ探しの旅ってのがまずったんじゃね?肉球堪能の旅にしとくのが無難だっただろ」

自分だけ朝食を摂り終えたキアラが前足で顔を洗いながら見当違いな意見を述べてくるが、逆にそれが尖らせていた緊張をほぐした。

「朝食くらいゆっくり食べたかった」

溜め息とともに柔らかいパンを包み直すとクローディアは、半分以上が生真面目さでできていますと言わんばかりの顔をした男の先導に従うことにしたのだった。


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