それは至上の | ナノ

 1

 建立して約600年その壮麗さを崩すことのなかった城が、突然発現した【歪み】により破壊されて、二月が経とうとしている。
半壊状態で見る影も無かったその城―シュナベルディ―は、国の名立たる技術者達の手により修繕が進められていた。
昼の間は修理で平生より人が溢れる城も、月が昇るとそれぞれが与えられた宿舎や城下にある家に帰り、途中で中断された作業の有様がそのまま残る。
見回りの兵士が居るはずだが、それでもがらんどうになったように感じる程静まる城を自室の窓から見下ろしているのは一人の青年。
月明りに照らされて金色に光る髪を無造作にかき上げるその凛々しい顔立ちは、苦渋の色に染められていた。
彼の後ろにはゆったりとくつろげるような家具が絶妙な位置で配置されているが、一つだけそれらとは放つ雰囲気が違うどっしりとした構えの机が置いてあり、それがこの部屋を奇妙な空間へと演出していた。
それもそのはずで、元々は青年の自室として割り当てられたそこは、【歪み】によって壊された仕事部屋の代わりとして仮の執務室となっているのだ。
ここ最近の、格段に増えた仕事量とは別に煩悶とした思いから疲れを滲ませた瞳を閉じて、背後でうずたかく積み上がっている書類の山という現実から目を逸らしていた青年は、控えめになされたノックに応えて振りかえった。

「今ちょっといい?」
「神子か。もう夜も遅い、部屋に戻って休め」
「うん、そうなんだけど…あの、さ、レイから聞いたんだけど、あの、クローディア居なくなったって、本当?」

遠慮がちに入ってきた少年はしかし、今この城の誰もが言いたくてでも口を噤むしかなかった事を口に出した。
無遠慮な質問に一瞬身を固まらせた青年の様子から、問うた事が真実だった事を悟った少年は表情を曇らせた。

「ほんとなんだ…。もしかして誘拐、とか?」

天井の高いその部屋に散らばる服の数
争った形跡は無いが、部屋の持ち主の性格からしておよそ考えられない荒れた部屋
空が見渡せるようにと意匠を凝らされた何枚もの大きな窓は、一つだけ開かれていた
残されたのは主を失って空虚に感じられる空間

「…あらゆる可能性を考慮した上で今捜索している」
「そ、…っか」

呆然とただ求める姿のない部屋を見遣るだけだった、あの時のイメージが浮かんでくる。
残像を頭から追い出すように目を閉じたのに、逆に強くなった幻影に舌打ちしたいのを堪えて青年は重厚な机に向かった。
目の前の少年に感情を悟られたくなくて、隠すように書類に目を通すフリをする。

「神子が心配するのも無理は無いが、我が国の優秀な騎士団の中でも精鋭が捜索にあたっている。神子は今は各地で発生する【歪み】の収束に全力を注いでくれると有難いのだが」
「それはっ…する、よ、勿論。俺にしかできない事みたいだし。けど、クローディアさんが居なくなったなら、俺だって探しに、」
「神子」
「……っ」

話を遮るように、少し語調を強めて声を発せば息をのむ音が聞こえた。
神子といってもまだ少年である彼に少々大人気なかったことを自覚して、他人を威圧するような視線を再び伏せる。

「今、君が心を配ってもそれが彼を見つける助けにはならない。君よりも遥かにこの国を知ってる騎士の方が効率がいい。やるべき事があるのだからそれを優先するのが、神子の役目だ」
「…」
「今尚いつ現れるかわからない【歪み】に恐怖する民がいる。それを救えるのは今や神子、君だけだ」
「わかった」

渋々というように納得した少年を追いやるように退出を促す。
その際従者を呼んで部屋まで送るように言いつけるのは忘れない。
このまま一人大人しく帰るだろうが、意見を改めて再び舞い戻って来ないとも限らないからだ。
そんな気がおきないように、比較的人懐こい従者を選んでつける。
少年に宛がった部屋までの帰り道、せいぜい少年に話しかけて気を逸らしてくれることを期待して。
廊下に敷かれた絨毯は立ち去る者の足音を消してしまうが、遠ざかった気配を感じ取った青年は息をついていささか乱雑に手元の書類を机に投げた。

『俺だって探しに、』

耳に残る言葉に、つい舌打ちをする。
役目も責任も投げ出して追いかけたいのは、こちらの方なのだ。
翼をもった彼の人なら、雄大に広がる大地すら純白に輝く羽でどこまでも飛んでいってしまうだろう。
世界の果てまで、己の手の届かないところまで行ってしまわぬうちに捕まえねばならないのに・・・


prev / next


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -