思考停止、言葉は不要

ヴァニタスに連行なう。
ヴァニタスと手を繋ぎながら、ボクは俯いていた。ボーッとしながら連れていかれて、時折どこに連れていかれるんだろうなと考えては思考がプツリと切れる。今は何も考えていたくない。
ただ足音だけが響くこの闇の回廊内で、ボクはヴァニタスが手を繋いでいるというだけで、前を歩いてくれているだけで、とても嬉しい。

(やっぱり、キミだけなのかな…)

ボクと一緒に歩いていけるのは。ボクの死人のように冷たい手を握って、歩いていけるのは。
またもや何かが込み上げてくる。理由はよくわからないが、またも溢れ出てしまいそうで出ない感覚にうんざりした。


「スペース」


「…ん?」


ヴァニタスはボクの名前を呼んだかと思えば黙りこくってしまい、仕舞いには「いや、何でもない」と言った。何だろう、と首をかしげているとボクは気付く。

(もしかしてヴァニタス、ボクを励まそうとしてくれたんじゃ)

いっそ、恥ずかしがらずに言ってしまえば気が楽だったろうに。それがヴァニタスの良いところと言うかかわいいところと言うか。
ボクは前を歩くヴァニタスの肩の辺りに額をつけて、小さく聞こえるか聞こえないかの声で「ありがとう」と呟いた。彼は黙り込んだまま。もしも励まそうとしたんじゃなかったとしたら、ボクは恥ずかしさで死んでしまうかもしれない。

(まぁ、いいか)

ヴァニタスは何も言わないし、励まそうとしたって思っていたって良いだろう。違ったとしても、今のボクは嬉しいから許してやってくれ。
ぐっ、とボクの手を痛いほどにまで強く握ってきたヴァニタス。ボクは負けないぞ、とボクもヴァニタスに負けないようにと強く握った。


「これはマスターの命令だ」


「ボクの手を潰すくらいの力で握ることが?」


笑みを含めた声で「違う」と言ったヴァニタスに、何だか嬉しくなった。


「マスターの元に、スペースを連れていくことがだ」


「ゼアノートのところ?」


「あぁ」と言って頷くヴァニタス。一体ボクに何を言いたいのだろう。言葉の意味を理解しようと考えてみるも、さっぱりだ。


「逃げてもいい」


「…え?」


ボクをここまで引っ張ってきて、逃げてもいいと言うのか。足を止めるヴァニタスはこちらを振り向きもしない。


「俺が失敗したと言えば済むことだ」


「何で、そんなこと言うの?」


と、また黙り込んでしまったヴァニタス。ボクの手が今にも弾けそうなほどに強く握るヴァニタスの手。確かに痛いけど、このままでもいいやとそう思えた。ボクも弾けてしまえと言わんばかりにヴァニタスの手を力一杯握る。すると、ヴァニタスはボクの方に顔を向けた。


「ここまで連れてきたんじゃないか。今さらだ」


「だが」


「…ヴァニタス、ありがとう。大丈夫」


ヴァニタス相手になら、ありがとうなんて言葉は滑るように出てきた。なんでだろうな、不思議だ。
一度深く息を吸って、目を閉じてから前を見る。


「行こうよ」


これ以上の言葉は不要だ、なんてことを思ったのかボクの言葉に鼻で笑ってからヴァニタスはまた歩き出した。

現れた出口。
ボクらはその中へ足を踏み入れた。


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