眠り、誰そ彼は

感じる二つの光。アクアとヴェントゥスの光の気配を辿るが、二つともバラバラだ。二人も分かれてしまったのか。仲良しトリオがバラバラになってしまうとは何か起こってしまうのではないか。そろそろアンヴァースの巨大化だろう。
そんなことはどうでもいい、と腕をと体をぐっと伸ばす。どちらから行こうか、と知らない人の屋根の上で立ち止まって考え込む。

(ここから近いヴェントゥスの方から行こう)

よし、とまた跳び移ろうとぐっと身を縮めたその時。


「おーい!そこのおまえ!降りてこいよ!」


声が聞こえた。そこのおまえとは誰のことか。
縮めていた体を伸ばして下を見てみると、赤髪と青髪の少年二人がいた。そのうちの赤髪の方が両手をメガホンのように口の近くに当てながらボクを見ている。首をかしげながらボクじゃないだろう、と無視して行こうとした。


「おいおい、おまえだって!そこの黒コート!」


黒コートを着ている人はこの辺りでボクしかいない。せっかくヴェントゥスのところに行って謝ろうとしたのに、行く気をなくしたらどうするつもりだ。
このまま無視するのもあれだし、構ってでもやろう。屋根から飛び降り、膝で衝撃を吸収して着地すると二人は驚く。特に赤髪の方は「うおっ」と言って軽く仰け反っていた。


「すごいなお前!人かよ?」


「人」


ただその小さな一言しか答えなかったボクに二人は顔を見合わせた。だが、その二人は急に吹き出して、赤髪はボクの方へ来て背中をバシバシと乱暴に叩く。鬱陶しいな、と叩いていた手を払うも、赤髪は笑う。


「おまえ、面白いな。俺はリア。そんでこいつが――」


「自己紹介ぐらい自分で出来る。俺はアイザだ」


「おまえは?」


「…スペース」


リアと名乗る少年はボクの片手を両手で掴んで上下に振りながら「よろしくな」と笑いながら言った。何によろしくなのかわからなくて、ボクはそのまま押し黙る。
満足したのかリアはボクの手を解放して頭の後ろで腕を組んだ。


「なぁ、物は相談なんだけどよ…」


「何?」


「おまえ強そうだし、俺たちと一緒に――」


「リア!」


いきなりリアを怒鳴ったアイザに、リアは組んでいた腕をほどいた。アイザの方に顔だけ向けながら肩をすくめ「冗談だよ」と言ってみせたリア。あれは本気だったな、とボクは思ったわけだが。


「スペース。俺たちのこと、記憶したか?」


「リアに、アイザ」


うざったいやつだな、と思いながらもちゃんと覚えてしまったらしい。リアは「よし」と白い歯を見せて笑った。


「俺たち用事があるからじゃあな、スペース」


と、手を振ってみせたリアとアイザが背を向けた。

不意に。ボクの頭の中へ見たこともない映像が流れる。
リアによく似たリアよりも成長した、ボクみたいな黒コートを着ている男。その人が、チャクラムのようなものを視界の主に向けた。
音声なんてものはない。その男が音のないこの世界で、口を開く。『行かせねぇ』と、確かに口を動かして。
映像は途切れる。

そこでようやくボクの視界に戻った。
さっきよりも遠くなったリアの後ろ姿に、ボクの口は勝手に動く。


「リア!」


リアに聞こえるように叫ぶと、リアは聞こえたようでボクの方へ足を止めて振り返った。


「また、会えるよね…!?」


ここに来ればまた会えると言うのに、何故かこう言わなければいけない気がしたのだ。何故か、何故か、そんな気がして。
リアは少し固まってから、遠くてもわかる笑みを見せて大きく頷いてまた顔を背けて歩き出した。


途端にすごい疲労感がどっと押し寄せてくる。どうせまたヴェントゥスやアクアには会えるだろう、と今謝るのは諦めることにした。ふらふらと足元が覚束ない状態で闇の回廊を開き、闇の回廊へ入って入り口を閉じてから、そのまま膝をついてうつ伏せに倒れ込んだ。

なんだかすごく眠い。
この疲労感は、あの時によく似ていた。

あの時って、いつだろう。

考える暇もなく、ボクは目を閉じて眠りについた。


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