誘惑、相似する者

結構来たかな、と一旦休憩にと足を止めて息を整える。確認するために空を見てみると、アンヴァースは速度も緩めずに向こうへと飛んでいく。こっちのことも考えてほしいよ、と到底無理なことを意味もなく考えながら息を整えるのに必死なボク。元から仲良しトリオみたくスタミナあるわけじゃないんだから。
もうどうせみんなには黒コートを着てるボクがバレてしまっているからフードは被らなくても良いか、と頭から取れてしまっているフードをそのままにしておこうと思いつつ手袋がはめてある手の甲で汗を拭う。

(よし、また走るか)

そう思って休憩を終わらせて再び走り出そうと体を前に傾ける。
そんなとき、腕を掴まれて勢いづけていた体が引き留められ慣性の法則によるものなのかガクンと頭が思い切り前に倒れて首を痛めた。掴まれていない方の手で痛む首を押さえながら後ろを見ると、そこには。


「…ヴァニタス?」


闇の回廊以外で彼と会うのはこれが二度目だ。太陽の光で仮面に光が反射している。ヴァニタスがボクの腕を掴んでいたらしくて、ボクはちゃんと体の向きをヴァニタスに向けて首を傾ぐ。


「何?」


「スペース」


ドキリと心臓が跳ねた。初めからおまえとかじゃなくスペースだなんて、なんか驚きだ。驚きを見せないようにいつものような平然と装っていると、ボクの手を掴む力が強まる。痛い痛い、痛いんですけど。


「仲間になれ」


「はい?」


「マスターが、おまえを必要としている」


思わず間抜けな声を出してしまった。それなのにくすりとも笑わないヴァニタスはきっと真剣なのだろう。
ヴァニタスの言うマスターはきっとゼアノートのことだろう。

(えー、ヴァニタスには悪いけど嫌だなあ)

ボクにはちゃんとしたマスターがいるし、何よりゼアノートは好きになれない。好きになろうとも思わないが。そんな人をいきなりマスターだなんて、寒気どころではない。
でも、何故かヴァニタスは本気で真剣らしい。少し気が重い気もするが、断ろう。


「嫌か?」


「え」


今まさに断ろうと口を開こうとしてこれだ。そんなこと言われたら断ろうにも断れないだろうに。しかも、今までずっと上から目線でたまに素直な面も見せてくれる程度のヴァニタスがこんなこと言うなんて。
とりあえずヴァニタスの仮面の額辺りに手を添える。


「何だ?」


「いや、熱があるかと」


「仮面越しじゃわからないだろ」


「うん、わからなかった」


何でまたボクはこんなアホなことしてるんだろ。仮面越しじゃ熱があるかどうかはわからないが、仮面越しでもわかるヴァニタスの熱い視線に目をそらす。


「何で目をそらすんだ?」


「いや、元々目を合わせるのが苦手で」


そう言っているのにどうしてキミは顔を近づけてきているんだい、とボクは猛烈にキミに問いたい。


「わかっているんだろう?」


近付いてくる太陽の光を反射する仮面にボクはほぼ真横を見る状態だ。

(近い近い、近いって!)

そのヴァニタスの低い声が耳をくすぐる。耳から入っていって脳まで侵されてしまいそうな人として魅力的な声の持ち主のヴァニタスの声を近くで聞くなんて、これは拷問か。


「な、何が」


「俺たちは似ている、と」


ボクは突然ヴァニタスに抱き締められた。珍しく狼狽えたように「あ、え…」と声を出したボクにヴァニタスはおかしそうに少し笑ってボクを解放する。それはほんの数秒間。抱き締めたときでさえ放さなかったボクの手から伝わるヴァニタスの熱。

くそ、これは作戦か。ボクを魅了してメロメロにしてからの返事はイエスかはいのみ的な作戦だろう。生憎、ボクはそんな作戦には引っ掛からない、引っ掛かるものか。

ボクの手を握るヴァニタスの手を握り返してやった。優しく、壊れ物でも扱うかのように握るヴァニタスの手。さすが男の手、少しゴツい。そんなヴァニタスの手を握りながら、慣れないながらも仮面の奥にあるヴァニタスの目とボクの目を合わせる。


「うん、ボクたちは似てる。けれど、だからってボクはゼアノートの元へは行けない」


一度にこんな長い文を言うなんて、我ながら珍しい。
固まってフリーズしてしまっている、ヴァニタスの手からするりと抜け出す。


「ごめん、ヴァニタス」


ヴァニタスを置き去りにしてボクは嫌な予感しかしなくとも気になるアンヴァースが向かった先へと走り出した。
置いていってよかったのだろうか、とヴァニタスのことがすごく気掛かりで仕方ない。けれど、ボクの判断は間違ってないはず。
何度もそう自分に言い聞かせて、アンヴァースの元へ向かった。


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