言い訳、無意識の掌

少し広いところに出たな、と思いながら手すりの元へ行ってみると女性三人と大公とシンデレラとアクアがいた。なんでアクアがこんなところに。
ちょうど大公が椅子に座ったシンデレラの元へガラスの靴をもっていこうと歩いているところらしい。そろそろか、と頬杖をついて眺めることにする。

すると、女性の一人が大公の足を足で引っ掛けたのだ。その拍子でガラスの靴を持っていた大公が盛大にずっこけた。そしてのそのままガラスの靴はというと。
ガシャーンと音をたてて見るも無惨なほどに割れて跡形もなくなってしまった。ボクはぷっつんとキレて頬杖をやめる。
ボクが報酬を諦めた結果がこれか。そうかそうか、これなのか。

(ふざけるんじゃねえ!)

アクアがいることも気にせずにボクは飛び降りた。いきなりの登場にみんな驚いた表情でボクを見るが、そんなことも気にせずにずんずんと大公を転ばせた犯人の元へ。女なんて構うものか、胸ぐらを掴み上げると後ろの女性二人が何やらきゃあきゃあ騒ぐ。


「ママ!」


「ママに何するの!」


「うるさい」


旅立ちの地を出てからのボクは『うるさい』とか『黙れ』とかしか言えていない気がする。後ろの二人にキーブレードを向けると、アクアが「キーブレード!?」と言ったのが聞こえた。


「消えろ」


それがキミのボクへの償いだ。キーブレードを握り直して先を女性に向けると、女性は今にも倒れてしまいそうなほどに震え始める。
追加しよう、『消えろ』も言ってばかりな気もした。
そんなことはどうでもいい、と自分に言い聞かせキーブレードを振り上げる。


「止めろ!」


アクアの声か。まったく、うるさいな。邪魔しないでほしいよ。
今まさに振り下ろそうとした刹那。


「良いのよ、スペース」


うわ、と思った。アクアの前でボクの名前を呼ばれたことで何かが抜けて胸ぐらを掴んでいた手の力も抜ける。胸ぐらを掴んでいたままの状態で固まってしまったボクと、ボクから解放されて座り込んでしまった女性。


「私、もう片方持っているもの」


そういえばそうだった。忘れていた。無駄にキレて損した。ありえない、バカみたいだボク。
そのシンデレラが持っていた片方を受け取って何度もキスをした大公は、シンデレラの足にそっとガラスの靴をはかせる。ぴったり入ったガラスの靴にアクアは笑みを漏らす。

(逃げるなら今しかない!)

ボクは駆け出した。


「あ、スペース!」


屋敷を飛び出すと追い掛けてきたアクア。まさか追い掛けてくるとは思わなかったボクはここでも何も見付からないままに闇の回廊を開いて逃げ出した。


「スペース、待って!」


「バイバイ」


もっとも、もう会いたくもないけど。閉じていく闇の回廊の入り口と、見えなくなっていくアクアの姿。

無意識に、本当に無意識に。アクアに手を伸ばしていた。助けてほしいと、この手を掴んでほしいと言わんばかりに。

完全に閉じてしまった闇の回廊の入り口。行き場をなくした無意識に伸ばしたこの手のひら。その手を胸の辺りに持っていって抱き締めた。

矛盾する心と体と記憶。
無意識という言葉を勝手な言い訳にして。

ボクは逃げたんだ。


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