背を押す手、さよなら報酬

歩いていると、さっきまでいた城には劣るがお屋敷を発見した。ここがたぶんトレメ何とかの屋敷だろう。
屋敷の中からは三人の女性の声と闇を感じる。でも、ボクとはなんか違う闇。妬みとか、そういう類の闇をこのドア越しに感じた。
王子が惚れそうな心の持ち主はここにいない。ボクはこの屋敷を後にしようとコートを翻す。

不意に。
ボクは体を戻して窓を見上げる。電気が点いていないが感じた、今にも絶えてしまいそうな光。
こんな近くにいたなんて。もしもボクが王子だったら今すぐにでも惚れてしまいそうなほどの光の持ち主がここにいる。

(今のボクじゃ不快なだけだけど)

仕方ないがまた不法侵入でもするか。
ひょいひょいと彼女がいる部屋まで跳んで窓から覗き込んでみる。電気の点いていない部屋の中にいるブロンドの髪を持った女性はガラスの靴のもう一足を持っているではないか。ガラスの靴のもう片方を持つ女性を見つけるのは一苦労だと思ったけれど、案外簡単に見つかって一安心。
ガラスの靴の片方を持っている女性は、ガラスの靴を見ながらため息をついたり抱き締めたり。この様子からして、彼女も王子に惚れていると見える。
邪魔しちゃ悪いかな、とも思うが報酬のためまあいいかと窓を軽く叩く。王子かと思ってバッと窓の方を見た女性に「開けて」と顔はフードで見せずに口許だけを見せて口パクで言ってみると、女性は何の躊躇いもなく窓を開けた。もしもボクじゃなく本当の不審者だったなら、と考えたくもないことを考えてしまってその考えを頭から消し去る。


「邪魔するよ」


「どうぞ」


そしてまた口許でさえも見えないようにフードを深くかぶって足を踏み入れた。どうやら屋根裏部屋のようだが、どうしてこんなところにいるのか。真っ先にぶっ飛んで城に行けばいいものを。


「名前は?」


「シンデレラよ」


「ボクはスペース。少し失礼」


もう名前くらいバレてもいいや、吹っ切れた。
シンデレラに名前を名乗ってからドアを開けてみようとドアノブを回してみるが、開かない。あの三人に閉じ込められているようだ。
ドアを背にシンデレラの方へ体の向きを向け直す。


「そのガラスの靴は?大切なもの?」


「えぇ。あの人との小さな繋がりなの」


繋がり。
ボクはその言葉を小さく呟いた。
とにかく、シンデレラをどうにかしてこの屋敷に来るだろう大公のところに連れていかなければ。ボクはシンデレラがうっかりガラスの靴を落とさないように腕を掴む。シンデレラの腕を掴んだままキーブレードを出現させ、その先を鍵のかかったドアへと向ける。キーブレードの先に光が集まり、今鍵を開くぞと、そんなとき。

ガチャリ。

鍵が開いた音。ドアノブを回してみると、ドアが開く。一体何が起こったと言うのだろう。


「シンデレラ!」


足元から声が聞こえる。下を見てみると服を着た小さなネズミがぴょんぴょんと鍵を持ちながら跳ねていた。シンデレラはしゃがみ込んでそのネズミを手のひらにのせて微笑む。


「ジャック、ありがとう」


ジャックと呼ばれるネズミは頭をかきながら照れていた。
もうボクは必要無さそうだ。ボクは掴んでいた手を離してその代わりにシンデレラの背中をどん、と押す。


「急げ」


駆け足で出ていくシンデレラはボクに顔を向けながら笑顔で「スペースも、ありがとう」と言った。
これで報酬はぱあだな、と思いながらボクもシンデレラが向かった先のたぶん大公がいる元へとボクも歩を進める。


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