旅立ち、一歩でも

自室にて、ボクはついさっきゼアノートから受け取った黒の衣服、黒コートを着てみた。サイズがぴったりだ。あの老人どこでボクのスリーサイズを知ったのだろう。

(まさかやつはボクのストーカー…!?)

そんなまさか、とその考えを首を振って振り払う。
ボクは姿見の前に立ち、くるりと一回転してみる。似合っているか似合っていないか、ボク自身にはふぁっしょんせんすというものは全くないから全くわからない。
このコートを着ていることをマスター・エラクゥスにも仲良しトリオにもバレないようにしなければ。この姿を誰かに見せるのはきっとマズイだろう。ズルをして手に入れたものなのだ、見つかったら取り上げられてしまう。
どうしたものか、と考えていると急に何の前触れもなく鐘の音が鳴り響いたのだ。なんだこの鐘の音は。何かの前兆だろうか。

(これはチャンスなのではないか)

この騒ぎに乗るようにしてここから出て行ってしまえ。そうだ、それがいい。僕はこのチャンスを逃してしまう前に部屋を飛び出た。

ボクはひょいひょいと軽い足で走っていると、ついさっきまで試験をしていた部屋に来てしまった。何やら話し声が聞こえる。マズイ、とブレーキをかけて隠れるようにして部屋を覗き込む。
その部屋の中にはマスター・エラクゥスとテラとアクアがいて、何やら話し込んでいた。


「生命に精通しない者、アンヴァースと称した」


「アンヴァース…?」


その名前のものを見たこともないし、今まで聞いたこともない単語だ。これから何が起ころうと言うのか。とにかく鐘が鳴るほどのことだ、大変なことなのだろう。そのアンヴァースの大量発生とか、アンヴァースの巨大化とか。
そんなことはどうでもいい。マスター・ゼアノートからもらった黒コートの力を試せるのかもしれない。
そういえば、と思い出したように辺りに誰もいないのを肌と目で確認してから手のひらを虚空に向けると、その先が歪む。現れた黒と紫の歪んだ世界の扉。今までなんだか怖くて出すことしかできなかった闇の回廊。黒コートのフードを目深に被ってから闇の回廊を見据える。

(今なら、行ける)

右足を一歩出した。次は左足、次は右足、ボクは歩く。
そして、ボクは闇の回廊に入りきり、闇の回廊の入り口は閉じた。

地面も天井もない世界。そんな異様な光景を見ながら、辺りを見回していると、ボクの体の向く先に黒い歪みが現れる。
あれがボクの。


「進む、道?」


ボク自身が導いているのか、この闇の回廊が導いているのかわからないけれど。
後戻りはもうできない。

ボクはその黒に向かって歩く。少し、少しだけ怖い気もするけれど、所詮気がするだけだ。
ボクは歩こう。
強さを求めるために、ボク自身を探すために。

ボクの片割れを、探すために。


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