いくら問い質そうとも



それからどうしてこうなってしまったのか。
わからないわけではない。だけど、理解なんてしたくない。

赤。この部屋全部が、真っ赤だ。

私は目の前に立っている少年に向けられた、震える銃口に眉をひそめた。
ああ、わかっている。原因は私なのだ。全部は結果なのだ。今こうしてこの場にいるのも、彼に銃を向けられているのも、全部。


「……どうして出て来たの」

「あ、あんた、が……みんな、殺したから……っ!ぼくが、ぼくが、殺して…っ仇、を…!」


途切れ途切れに紡がれるのは私に向ける恐怖、そして憎悪。絶えず涙を流しながら私を仇として睨みつけている。人のこんな表情を、私は初めて見た。
私は右手に持っている武器を下ろして無防備な状態だというのに、彼は震える両手で握っている銃で撃ってなど来ない。
当たり前だ、彼は今の今まで銃なんて握ったことなんてなかったのだから。使い方なんて知らないはずなのに、今彼は私に銃を向けている。そんな彼にそんなものを握らせてしまったのは誰でもなく、私だった。
私は視線を落として、下ろしていた武器で私の右側で横たわっている動かなくなってしまった女性に軽く触れる。それだけで彼が動揺したのを、彼の姿を見なくてもすぐにわかった。それから私は、落とした視線をまた彼に戻す。


「私はみんながあなたを隠したことを知っていた」


「……っ!?」


彼は私の言葉に息を呑んだ。彼の視線が定まらない。どこを見ているんだ。私はここにいるのに。
私はそんな彼に追い打ちをかけるように言葉を続けようと息を吸い込む。この部屋に充満した血液の嫌な臭いに、思わずむせ返りそうになってしまう。だが、少しだけ慣れてしまっていたのだろうか。私はそのまま言葉のナイフを彼に突きつけた。


「あなたが隠れたまま出てこなかったら、私はそのまま気づかないフリをして去るつもりだった。…でも、あなたはこうして私の前に現れた」


彼の呼吸が荒くなる。さっきまで震えていた銃口がさらに震える。銃口だけでなく、体も尋常じゃないほどに震えていた。
今すぐにでも彼に駆け寄って抱きしめてあげたかった。大丈夫、怖くないって声をかけてあげたかった。でも、それは許されないってわかってる。彼をそうしてしまったのは私自身なのだから。
後悔や罪悪感は、きっとあの時置いてきた。私は、私は、ただの人間じゃないのだから。
無意識に唇を噛む。これ以上私はどうすればいいのか。これ以上私は彼に何をするつもりだ。


「もう一度、問う」


ここに来るまでにたくさんの血を浴びた。私自身も、この剣も、真っ赤だ。そんな私がそんな剣の切っ先を彼に向ける。彼が私の向けた切っ先を真っ直ぐに見つめ、私に向けていた銃を下ろした。


「どうして出て来たんだ」


それはもはや質問ではなかった。
彼が崩れ落ちる。銃を両手で握ったまま、両膝をついて座り込んでしまった。マリオネットの糸が切れてしまったように、脱力するように。
彼はタガを外したのか、ぽろぽろと大粒の涙を真っ赤なカーペットに落としていく。カーペットの色が少しだけ歪んだ。彼はとうとう声を上げて泣いた。わあわあと、たった独りで。
私は目を伏せて武器を下ろす。その光景にはとても見覚えがあった。

そうだ、夢で見たんだ。

私の夢に出てくるアスタルテが、朽ちる直前。彼の姿は彼女にとてもよく似ていた。
彼もきっと私を殺したいほど憎むのだろう。いや、もう既に、だろうか。愛する人を、愛した人を殺されて、憎まないやつはいない。きっと、私も。
私は足の力が抜けて、ふらりとよろける。私も彼のそんな姿を見てか、緊張が緩んでしまったのだろうか。そろそろここを出ないと。ここに長居しすぎてしまった。
未だ声を上げて泣き続ける彼に背を向ける。剣にこびり付いた物を振り払っても、何かが変わるわけでもない。もう何度振り払っても拭っても元に戻れはしない。それでも私は今日もきっと明日も剣を振るい続ける。強くなるために、あなたのために。

やけに一枚一枚のドアが重かった。開けるときはあんな簡単に開いたのに、閉めるときはとても重いものを押しているかのように重くて。
もう乾ききってしまったこの階段を下りていく。ごろごろと転がっているものに私は目もくれずただ下りて行くだけ。
何だかとても疲れた。頭も痛い。今すぐベッドに飛び込んで眠ってしまいたい。だけどきっとそんなことは許されないのだろう。
ざっと二、三人くらい。この屋敷の前に誰かがいる。異能者捕縛適応法、だったか。誰かが騒ぎを聞きつけて軍にでも通報したのだろう。長かったな。今までなぜ私がこうしてのうのうと居れたのか不思議なくらいだ。
壁を伝って自分の体を支えていた左手に、ふと視線が向いた。


ああ、真っ赤だ。


「レイン・ミラージ。異能者捕縛適応法によりお前を連行する」


私が何かしらの抵抗をするだろうと思っての四人か。私も勘が鈍ってしまったようだ。王都兵四人は私をこの世の物ではないような目で睨みつけてくる。もう慣れた。私はもう疲れたんだ。好きにすればいい。
何の抵抗も見せずに俯いてばかりで黙り込んだ私を見て、王都兵四人はチャンスだと思ったのか、途端に二人で私の両肩を掴み上げた。それでも何の抵抗もしない私を不審に思いながらも警戒は解かずに、残りの二人は私に銃を向けたままだ。


「ほら、とっとと歩け!」

「この悪魔め!」


悪魔。
その通り、図星だ。
私は俯きながら小さく笑い声を漏らした。くつくつと声を押し殺すように、肩を揺らして笑う。それだけで警戒心を強めたらしい四人の体は強張る。


「……はは、あっははははは!!」


笑いざまに顔を上げて青空を仰ぐ。笑った。腹から笑った。空に向かって。きっと同じ空の下にいるあなたに聞こえるように、出来るだけ大声で。
辛かったことも、悲しかったことも、辛いことも、悲しいことも、全部何もかも笑い飛ばしてやる。
――だから。


「あなたに、会いたいなあ……」


あなたはこんな私でも、好きだって言ってくれるかな。
あなたはこんな私でも、助けに行くって言ってくれるかな。
あなたとこんな私は、今でも心は繋がっているのかな。

清々しいほどの青空が、水を数滴垂らしたように滲んだ。世界が閉じた。


私は弱いままだ。

 


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