遠い昔のような



「好きだ。結婚してください」


その言葉も、そう言ったあなたの顔も、私は今も鮮明に思い出せる。
いつも私の前で笑ったり怒ったり、色んな表情を見せてくれていたあなたが妙に真面目で、普段のあなたとの違和感。私も釣られるように表情を消した。
私がただ茫然とあなたを見ていると、様子がおかしいと思ったのかあなたが私の顔を覗き込んで名前を呼ぶ。すると、あなたが私の顔を見てぎょっといった表情になる。

ぽろぽろ。私は泣いていたのだ。
自分でも気づかないほど静かに涙があふれて、頬を滑り落ちていく。
ああ、神様。こんな私にでも人並みの幸せを与えてくれるとでも言うの。


「だ、大丈夫か?!」


あなたは本気で私を心配しているようで、両手で私の肩を掴む。あなたにこれ以上心配はかけさせまいと頷いてみせながら、私は涙を指で拭う。ほっと安堵のため息をついたあなたは私の肩を掴む力を弱めた。
私が「大丈夫」と言えば、あなたは少し困ったように眉尻を下げて「驚かせんなよな」と言葉を漏らす。その後すぐに歯を見せて笑ってみせたあなたに、私はまたも釣られるように笑顔をこぼす。


「そんなに、嫌だったか?」


不安そうに私にそう問いかけるあなたに、私は笑顔をそのままに首を横に振った。それを見てあなたは太陽が昇ったようにぱっと笑う。その笑顔。私はその笑顔にも強く惹かれたの。


「嬉しいの。あなたのそばにいれること。あなたに好きだって言われたこと。だって、私もあなたのことが好きなんだもの」


そう言えばあなたは硬直する。今度は私があなたの顔を覗き込んで名前を呼ぶが、無反応。完全に固まってしまったが、私は一体どうすればいいのだろうか。私はどうすればいいのか悩んでいると、彼はようやく自分が生物であると思い出したように口を動かす。


「本当か?オレが、好きだって?」

「う、うん」


ずいずいと顔を寄せてくるあなたに、私はたじろぐように顎を引いた。私が頷くようにそう言えば、彼は私の方から手を放す。解放してくれた、と思った直後に衝撃。私は彼に抱きしめられていたのだ。


「うあ、あ、あの、えっ…?」

「やったあ!マジで嬉しい!これ以上嬉しいことなんてねぇぜ!」


私が状況を理解できずにまともな言葉を喋れずにいる中、あなたは私を強く抱きしめてその場をくるくると回り始める。世界が回る。あなたの顔がすぐ目の前にあるのに、背景だけが動いていく。私は楽しくなって、もう理解なんて出来なくて良いやと考えるのを止めた。
あなたと一緒に笑って、路地のど真ん中で回る、回る。誰かの通行の邪魔になることなんて考えていられない。私は、あなたとこのままずっと二人の世界を回っていたい。
するとあなたは突然回るのを止め、私を解放して「そうだ」と何やらいいことを思い付いたような顔をしてみせる。


「このまま結婚式をしようぜ!」

「え、ええっ?!」


突然何を言い出すのやら。私はついそんな間抜けな声を出してしまう。だって、結婚式って。私たちまだ子供なのに。しかもここ人の通る路地だし、こんなところで。
恥ずかしそうに視線をあちらこちらに巡らせている私は、ふとあなたの顔を横目に見る。私は思わず息を呑んだ。
あなたはとても幸せそうに笑っていた。私は体の奥の方から何かが溢れてしまいそうな感覚に襲われ、堪えるためにきゅっと軽く唇を噛む。あなたはいつだってそう。私に溢れんばかりの色んな大切なものを与えてくれる。だから、私は。


「…うん、しよっか」


あなたの隣にずっといたいと思ったし、あなたの温もりをもっと感じたいと思った。
あなたは咳払いを一つして、普段とは打って変わって真剣そのものと言った表情を見せる。私はそれを見て、微笑ましそうに笑みを残したままあなたと向き合う。


「えっと、だな。オレの言葉に続けて言ってくれよな」

「誓いの言葉覚えてるの?意外にロマンチストなんだね」

「…うるせ。悪ィかよ」


私がそうあなたの言葉に対して茶化すと、あなたは照れ臭そうに鼻を掻きながらそう言った。ふふ、と言葉を漏らして私は「別に」と言ってみせると、あなたは私の表情を見て釣られるように笑う。
深呼吸をして「よし」と気合を入れたあなたに、私も少しばかりの緊張感を持つ。なんだか恥ずかしくなってきてしまったのか、あなたの顔が見れなくなって私は俯いてしまう。ちょっとの沈黙の後、あなたが息を吸い込んだからか空気が乱れる。


「私スパーダ・ベルフォルマは、レイン・ミラージを妻とし、健やかな時も病める時も彼女を愛し、彼女を助け、生涯変わることなく愛し続けることを誓います」


心臓がドキリ、と大きく跳ねる。あなたの声が言葉が態度が、いつもと違う。胸に何かが詰まって呼吸が上手くできない。ああ、でも、私も続けなくちゃ。
私は息を大きく吸って勢いよく顔を上げ、あなたの顔を真っ直ぐに見つめる。目の前にあなたがいる。いつもと変わらないあなただった。


「私レイン・ミラージは、スパーダ・ベルフォルマを夫とし、健やかな時も病める時も彼を愛し、彼を助け、生涯変わることなく愛し続けることを誓います」


それからは喉を口の中を滑るように言葉が出て来た。あまりにあっという間に終わってしまった出来事に、私は驚いたように黙り込んでしまう。
えっと、これからどうするんだっけ。ああ、そうだ、指輪の交換だったような。だが、もちろんのこと私もあなたも指輪なんて高価なものは持っているはずもない。
どうしたものかと私とあなたと二人でただ黙っていると、あなたは良いことを思い付いたように笑った。


「なあ、レイン。左手出せよ」

「な、なに、するの…?」

「何って、誓いの言葉の次は指輪の交換だろ?」

「私指輪なんて、スパーダだって持ってな――」


その先の言葉はあなたに遮られる。あなたが自分の左手の薬指を、ずいっと私のすぐ目の前まで持ってきたからだ。
あなたはにいっと歯を見せて笑い「あるだろ」と言った。私はどこにもあなたの言う指輪が見当たらないものだから、意味が分からないと言いたげに首を傾げる。それでも私はあなたの言ったように左手を出すと、あなたはまたも突然に自分の左手の薬指と私の左手の薬指とを絡めてきたのだ。つまり、普通なら小指同士でする指切りを薬指でしてるような状態になったわけで。


「約束の指輪!」

「約束の、指輪…」


あなたの言った言葉をそのまま繰り返すと、あなたは「そ!」と満面の笑顔でただそれだけを言った。私は呆けながらお互いに絡み合う薬指を見つめる。絡ませづらそうにぎこちなさそうにしているお互いの薬指を眺めて、私は思わず小さく吹き出してしまう。


「あ、笑ったな!」

「はは、ごめんね。うん、約束の指輪。とっても良いと思う」


私の言葉に拗ねたように唇と尖らせるあなたに、私はますます笑ってしまう。そんな私を見てあなたは耐えきれなくなったのか、私の額にデコピンをかます。それが案外痛いもので、私は思わず「いたっ!」と声をあげて右手で額を押さえる。すると、今度はあなたが笑い出し、私が唇を尖らせる。


「例えどんなに離れても、心は繋がってる。レインが危なくなったら、オレがすぐに助けに行く!」

「私だって、スパーダが危なくなったらすぐに駆けつけて守る!」


返すように私がそう言えば、あなたも負けじと「いやいやオレが」と言う。さらに負けず嫌いで頑固な私も続けるように「いやいや私が私が」と言い返す。それを数回続けてお互いにむっとした顔で見詰め合う。それから、同時にぷっと吹き出して笑い出す。やっぱり、あなたはいつだって変わらない。


「ほら、指輪交換まだ終わってないだろ?」

「うん、そうだね」


二人で幸せそうに笑って見詰め合う。その視線はお互いと、お互いの未来を見据えてる。きっと、いや、そうなのだ。
きゅっと絡めづらいあなたの薬指をぎこちなく私の薬指で絡める。あなたの隣にいつまでもいられますように。あなたの手をいつまでも握っていられますように。私が、あなたの幸せでありますように。


「指切りげんまん嘘ついたらはりせんぼんのーます。指切った」
「指切りげんまん嘘ついたらはりせんぼんのーます。指切った」


二人で声を合わせて交わした約束。交わした指輪。


この出来事は今からわずか九年前のことである。

 


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