懐かしさの残った



何やら薄暗い怪しい雰囲気の漂った、鉄製の扉が無数に並んでいる場所に連れて来られた私は、物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回す。相変わらず両肩を抱えられたままだったが、それは突然解放される。私たちを迎えるように、独特な仮面を付けている男性が一人こちらへ歩み寄ってきた。


「転生者一名。収容しておけ」

「はっ!」


それだけを言い残して、先ほどまで私の両肩を掴み上げていた王都兵は仕事を終えたのか来た道を戻っていった。私はその背中を見送っていると、独特な仮面を付けている男性に「おい」と声を掛けられる。それに応えるように「はいっ」と声を上げると、ついて来いと言いたいのか私を一瞥してから背を向けて歩き出した。私はその人の後ろをのろのろと付いていく。


「天術を使おうとしても無駄だからな」

「え?どうしてです?」


歩きながら話しかけてきた独特な仮面を付けている男性に返すように問いかけると、彼は歩を止めずに私の問いに答えてくれた。


「我等はグリゴリ。長きに渡り神の血を引き継ぐ者。貴様らのような転生者の天術を封じることなど、我等にとっては初歩の初歩だからだ」


なるほど、ということは抵抗しても無駄ということだろうか。ここは転生者研究所。他の転生者も異能者捕縛適応法で捕まって、抵抗も出来ずにここに収容されているのだろう。さぞ悔しかろう。でもまあ、元々私には抵抗する気なんてないのだが。
私は彼を見失わないように重い体を引きずっていると、彼は一枚の鉄製の扉の前で立ち止まる。どうやらそこが私の収容される部屋らしい。


「入れ」


私がやっとの思いで独特な仮面を付けている男性のすぐ近くまで歩いて行くと、彼はその扉を開けて私に入るように顎を動かして促した。私はそれに対して何も言わず何も抵抗もせずにその部屋に入っていく。一人では少し広いが、人数が増えると狭く感じるであろう広さの部屋に私は足を止める。すると、私の後ろで唯一の出入り口である扉が閉められた。扉一枚の向こうにいるはずのその人に向けて「あの」と声をかけてみると、親切にも「なんだ」と反応してくれた。


「これから何が行われるんですか?ただ捕まえてここに入れて終わり、じゃないんですよね?」


私の疑問に対して、その人は少し黙り込んだ後に答える気になったのか私のいる扉側に向き直ったのを、扉一枚越しに感じた。


「貴様ら検体の主な使用法は二つ。一つ、貴様らをエネルギー源とした兵器にする。二つ、戦場で兵士として直接戦ってもらう。そのどちらかだ」

「使用法って、私たちを物みたいに言うんですね」

「フン、何を言うか。貴様ら天上人が天上を滅ぼしたお陰で、この地上までも滅びの道を辿ることになったんだ」

「…何を言って――」


そこで、私は激しい頭痛に襲われる。なんだ、一体どうしたというのだ。天上人が天上を滅ぼした。加えてこの地上までも滅びの道を辿ることにって、一体この人は何を言っているんだ。
私が頭痛に襲われ黙らざるを得ない状況になっているのも知らずに、彼はどんどんと話を進めて行く。ところどころ途切れ途切れにしか言葉が耳に頭に入ってこない。


「貴様らは管理されなければならない危険な存在。そんな貴様らを管理するために異能者捕縛適応法があるのだ。狩りを合法的に行うためにな」


ああ、そうか。私たちは一般人から見たらただの化け物で、管理されなければならない危険な存在なのだ。その部分は妙に納得してしまって、私は俯く。それなら、誰かに管理されて物のように扱われても、仕方がないのかもしれない。諦めのような何かを抱いて、私は「そっか…」と息を漏らすように返事をした。頭の痛みも徐々に薄れていって、遠退きかけていた意識が覚醒する。


「直に適性検査を行う。それまで大人しくしているんだな」


そう言って彼、グリゴリという一族であろう一人は私と扉から背を向けたらしい。もう話すことは無い、ということだろう。私ももう話すことはないので、体内にたまっていた二酸化炭素を肺が空っぽになるくらいに吐き出してから扉に背を向けた。
そこでようやくこの部屋に私の他にもう一人誰かがいたことに気付く。アシハラでよく見かけた着物と言われている衣服を身に纏い、目元に赤いメイクを施した少女が壁を背にして立っていた。少女の美しさをそのまま体現したような少女に私は思わずほう、と息を吐いてしまう。先ほどのグリゴリの一人は直に適性検査を行うと言っていたが、おそらくまだ時間はあるのだろう。私は意を決してその少女に話しかけることにした。


「あの…」

「こんにちは、初めまして」


喋った!私は少しばかり感動してそう言いかけるが、いやいや彼女はどこからどう見ても人間なので喋ることなんて当たり前だろうに。危うく失礼なことを言いかけてしまったので、私は軽く首を振って忘れることにする。それにしてもその姿に見合った声の持ち主であった彼女に、私は更に感動してしまうほどだった。


「こんにちは、初めまして。私はレイン・ミラージって言います。あなたは?」

「私はチトセ・チャルマ。敬語なんていいわ。私たち同じくらいの歳だと思うもの」

「うん、ありがとう。チトセさ…じゃなくて、チトセ」


私がそう言えば、チトセは笑顔を見せた。その笑顔は比喩なんてものではなく、本当に花が咲いたようなものであった。この人は何度私を感動させるというのだろうか。
お互い自己紹介を終えたところで、私はチトセの前に立っていたのを隣に移動して壁に体を預ける。そろそろ足が体を支えることを投げ出したくなってきただろうか。出来ればもう動きたくないし、正直な話適性検査なんてもっての外だった。柔らかくて気持ちの良いベッドにダイブするのはまだまだ先になりそうだ。いや、私にはもうそれすら許されていないのかもしれない。ここまで来て、まだそんな人並みの幸せを願ってもいいのだろうか。


「レインちゃん?」

「えっ?!あ…ど、どうしたの?」

「ううん、ボーっとしてたみたいだったから。大丈夫?なんだか疲れているように見えるわ」


心配そうな表情をしてそう言ってくれたチトセに私は少し困ったように笑いながら両手を左右に大袈裟に振って「大丈夫大丈夫!」と強がって見せる。そうだ、私は大丈夫だ。言い聞かせるように自分の心の中でそう唱えると、チトセは「本当?」と言って私の顔を覗き込んできた。話を変えようと話題を考えて言葉にしてみる。


「ここにいるってことは、チトセも転生者なんだよね?」

「そうよ。そう言うレインちゃんも転生者なんでしょ?」


その質問返しに、私は「うん」と言って首を縦に振った。すると、チトセは少しばかり安心したように息を漏らした。どうかしたのだろうかと思っていると「あのね」と話してくれたチトセに、私は黙って聞くことにする。


「少しだけ不安だったの。転生者ってみんな良い人ばかりではないって聞いてるもの。でも、レインちゃんが良い人そうで良かったわ」

「……そうだね」


私にそう言って笑いかけるチトセに、私は良い人なんかじゃないと否定できるはずもなく、弱々しい声で肯定する。きっと私は、良い人じゃない側なのだろう。この力を、正しいことのために使うことが出来なかったのだ。でも私はそれでも、そうだとしても、なすべきことがあったはずなのに。
右手に力を入れて黙り込んでいると、チトセは誰かを思い出すように私から視線を外す。


「私人探しをしててね、その人もきっと転生してるはずなの。そして、その人と必ず巡り合う。そういう運命なのよ」


そう言ったチトセに私は少しうらやましさを覚えてしまう。必ずその人と巡り合う運命だとそう言い切れることが、私には出来なかったから。会いたいと願うだけで、望むだけで、私には。


「だから、私アルカに入信しようと思ってるの」

「アルカ?アルカって、あの転生者や罪人を守ってくれるっていう…」

「そう。アルカにはきっとその人もいるはず。いなかったとしても、そこにいればいずれ必ず会える。そう思うの」


確か、アルカには王都の異能者狩りも手出しできないと聞いたことがある。そこにいれば、ここにいて兵器やら兵士やらになるより何倍も良いのかもしれない。それに、私も会いたい人がいる。あちらが私を今も覚えているがわからないが、それでも私はその人のために今まで生きてきたのだ。
そうだ、アルカに入信すれば私もきっと会えるはずだ。いや、会えるんじゃない、会いに行こう。捜しに行こう。そうだ、そうしよう。私はずっと強く握っていた右手の力を緩めてチトセに向き合う。


「チトセ。あの、私もアルカに――」


そこで私の言葉は途切れる。すぐ近くで男性の声が聞こえた。騒がしいような耳障りなような、でもどこか懐かしいような叫び声。


「また、異能者狩りに遭った異能者が来たみたいね」


チトセがそういつものことのように漏らしたところで、その叫び声の主はすぐ近く、おそらくこの部屋の扉の前まで来た。衣擦れの音も聞こえることから、ここまで来てもまだ抵抗していることが伺える。


「クソッ!お前らなんか天術さえ使えればコテンパンに…!」

「ええい!大人しくしろと言っているのが分からないのか、この転生者め!」

「言わせておけば…!放せつってんだろこの!」


もういい加減鬱陶しくなったのか、グリゴリの一人はこの部屋の鉄製の扉を勢いよくかつ乱暴に開けてその叫び声の主も乱暴にこの部屋に押し込んだ。突然のことに叫び声の主はバランスを崩したのか、前のめりにこの部屋に入って来るが、すぐさま扉から出ようとするもその扉は残酷にも重い音をたてて閉められる。
その人物は「おい!」やらなにやら言って扉を殴るが、扉の向こうにいるであろうグリゴリの一人は何も言わないし何もしない。とうとう諦めたのか「クソッ!」と言って鉄製の扉を一蹴りしてこちらに体を向ける。

時間が、止まる。
そんな、まさか。どうして、あなたがここに。

私に気付いたらしいその叫び声の主の少年は、私と同様に目を見開く。その姿は記憶の中のあなたより背が伸びていて大人びてはいるけれど、まだあの頃の幼さは残っていて。声も声変わりを済ませたのか記憶よりも大分低くなっていた。私の知っているあなたとは少し違ったけど、そこにいるのは間違いなくあなただった。


「レイン…?」

「スパー、ダ…?」


私の名前を呼んでくれたあなたに、私はこみ上げてくる感情に泣き出しそうになるも、それを堪える。そうして、改めて理解する。
私はあなたに会うためにここにいたのだ、と。

 


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