頼み事



妙に重いまぶたを開けると、そこは知らない世界だった。視界いっぱいに広がる空は淀んでいて、今にも降り出しそうな空模様で。
私は一体誰だろう。そんな疑問が浮かんでは、どこかへ消えて行く。
思い出したように体中が痛み出して、私は顔をしかめる。どうやら私は大の字で地面に寝転がっているようで、起き上がろうとしても体に力が入らなくてそれをなすことが出来ない。私は諦めたように息を吐き出して、空を見ていた。空に見下ろされているような気がして気味が悪い。
もういいと投げやり気味に夢から覚めようと目を閉じる。そこで、どこからか足音が聞こえてきた。なんとか動かせる首を無理矢理動かして、閉じようとしていた目を開けてその足音の主を見る。その足音の主はどうやら二人組の男性のようで、とても大きな鎌を携えていた。その二人は私の元へと歩いてくる。逃げようにも動けないので、そのままその二人が歩いてくるのを待つ形になってしまう。


「兄者、誰かいる」

「うむ、地上の者ではないようだな」


地上、とは聞き覚えのない単語だった。私が小さく首を傾げると、額から土のかけらが転がっていった。
その二人はどうするやら何やら話し合っているようだが、私のこれからについてだろうか。私はどうしたらいいのかと狼狽えているところで、どうするか決まったようで二人組のうち一人が私のすぐそばまで歩み寄ってくる。


「名前は?」

「名前?」

「そうだ。名前、あるだろう?」


そう問いかけられて私は黙り込む。黙り込んでしまった私を見て、困ったなといった表情をしたその人に、私は口を開く。


「名前を聞くのなら、自分から名乗るのが礼儀というものじゃないのか?」


挑発気味にそう言ってみせると、その人は少し黙った後に愉快そうに笑った。私は何か間違った変なことを言ったのだろうかと、未だに笑い続けるその人の顔をじっと見つめる。ひとしきり笑った後にその人は「面白い!」と言って、私の腕を強引に引っ張って起きあがらせた。


「私はヒュプノス。そして、あちらに立っているのはタナトス。私の兄だ。これで良いか?」


そう言ったその人に、後ろにいたタナトスと言うらしいその人の兄は不機嫌そうに眉をひそめた。私はその人、いや、ヒュプノスと目を合わせてふふと笑う。なかなか人の良さそうな奴だ。そこで、私は良いことを思いついたように笑うのをやめて、改めてヒュプノスに向き直る。


「私はアスタルテ。すまないがお願いがある。聞いてはもらえないか?」


私がそう言えば、ヒュプノスは後ろのタナトスと顔を合わせる。タナトスは何も言わないし何も反応しない。構うなと言いたいのだろう。そんなタナトスの反応を見てからヒュプノスは再び私に視線を戻して、参ったと言いたげに小さくため息を吐いた。


「私に聞けるものなら、な」

「大丈夫。そこまで無理なお願いはしないつもりだ」


ほんの少しだけ首を傾げて見せるヒュプノスと、相変わらず不機嫌そうな顔で私を見ているタナトス。ただの他人である二人であるが、私は二人の顔を交互に見て意地が悪そうに笑う。


「私はどうやら記憶が無いらしい。自分の名前以外覚えていないのだ。記憶が戻るまでそばに置いてはもらえないか?」


その時の二人の表情は今でも忘れないし、これからもずっと忘れることなんて出来ないのだろう。それが私たちの出会いであったし、なにより私たちの始まりだったのだから。

 


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