届かないであろうあの人へ



ゆらゆら。どこか浮いてるような感覚を感じながらも、私は自分の膝に顔を埋めたまま顔を上げられずにいた。
私はあの後、王都兵に連れて行かれながら周りの住人たちに畏怖の表情と言葉を送られ、どこに連れて行かれるかもわからない船に乗せられた。そうして改めて実感させられたのだ。私はただの人間じゃない。私はみんなに恐れられる、悪魔なのだと。
私以外何も置かれていない薄暗い倉庫に入れられて、私はその隅で膝を抱えて縮こまっていた。私はここに存在していていいのだろうか。そんな疑問を自分に投げかけながら、私はさらに部屋の隅で小さくなる。
鉄のにおいがする。それはとても近くに感じられた。それもそのはずだ。私はあの家にいた一人を除いた全員分の血を浴びたのだから。それを浴びた衣服は重く、乾いて動きづらい。加えて、肌にこびり付いたそれも、乾いて気持ちが悪かった。
もうどこにでも連れて行ってくれ。きっと今の私の手なんかじゃ、あの人を守ることなんて。泣き出しそうになるのを堪えながらも、私は船に揺られていた。

そんな時だった。この部屋のたった一つのドアが重く錆びついた音をたてて開かれる。私はようやくそのドアを開けた人物が見える程度に顔を上げた。


「来い」


それだけを言った王都兵が、言葉だけでなく仕草でも来いと私に言った。私は重い体を持ち上げようと、踏ん張るように力を込めて立ち上がる。それから王都兵は、私に視線もくれずにそのままドアの向こうの廊下へ歩いて行ってしまう。私は体を引きずるように、言われたことにただ従ってその足の速い王都兵の後をのろのろと付いて行った。
付いて行った先はどうやら脱衣所のようだった。何のつもりだとその王都兵の言葉を待っていると、乱暴に私に向けてタオルが投げられる。それだけをして王都兵は部屋から立ち去ってしまった。つまり、シャワーを浴びても良いと言うことなのだろうか。私は乱暴に投げられたタオルを眺めながら、小さく笑みを漏らした。そういえば、私は久しく笑ってなかったような気がする。


「ありがとう、ございます」


もうドアの向こうにはいないであろう王都兵にお礼を言ってから、私は衣服を脱ぎ、置いてあったカゴに血でカサカサになっていながらもきちんと畳んで入れた。
蛇口をひねると、とてもちょうど良い温度のシャワーを浴びることが出来た。こんな私でもこんな扱いしてもらえるんだ、とそんなことを思いながらふと無意識の内に俯いていた顔を上げる。目の前の曇りかけている鏡に私の姿が映った。とても情けない、あの頃よりも大きくなった自分が映る。その鏡に頭をコツンと当て、そのまま寄り掛かった。自分の左手の薬指を眺め、触れるように口を付ける。
あなたは今どこにいますか。私がいなくても、笑えていますか。幸せですか。あなたに、とても会いたい。
私はゆっくりと目を閉じる。シャワーの水が床に当たって、とても騒がしい。

 


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