02 : いつもの終わり |
「なんか暑いと眠くならね?」 学校の玄関の自分の靴箱に内履きを乱暴に入れ、外履きを捨てるように置く。片手が携帯を耳に当てるという行為に使ってしまっているため片手しか使えないというのもあるし、こんな暑さの中しゃがんだり立ち上がったりという動作をしたくないというのもある。 「直樹は暑くても寒くてもあったかくても眠いんだろー?夏期講習最終日だからって気を抜いて寝たんじゃないだろうなあ?」 「大丈夫、寝心地はいつも通りだった」 「寝てんじゃねーか!大丈夫でもなんでもねーよ!」 寝起きであるため寝ぼけているオレは悠太にツッコミをされる。ふがいない。 暑苦しい夏期講習が終わり、帰ろうとして玄関に来たところにちょうど悠太から着信があった。こいつ実はオレのこと監視してるんじゃないかと思ってしまうほどのタイミングに後ろを振り返ってみたりしたが、当然のように悠太がいるわけでもなくオレは大人しく着信に対して応答して今に至る。 玄関の向こう側、学校の外、日陰の外。夏の暑い日差しがじりじりと前庭に射し込んでいる。そのせいかゆらゆらとカゲロウが見えた。そんな外に出たくはないと思い、玄関にこうしてとどまっているわけなのだが、外に出ないと家に帰れないわけで。オレは仕方ないと思いつつ携帯を耳に当て、親友の声を聞きながら外に出た。 じりじり、みんみん。太陽が地面を焼き尽くそうとしている音が聞こえる気がする。それに続くように蝉が騒がしくここに存在していることを示そうと合唱していた。うるさいな。騒がしい。 「そういえば、待ち合わせ場所とかって決めてなかったな。どうする?」 「じゃあ俺が直樹のところに行く!まだ学校出てすぐのところだろ?直樹は普通に家に帰って、途中で会えるような道を通っていくわ」 「え、おまえなんでオレの帰りのルート知ってんのきもいこわいうざい」 「ま、またうざいって言われたあ!だけど、それが直樹なりの愛だって知ってるからいいんだ…へへ」 またこいつは変なこと言って。オレはその言葉に対してため息を吐きつつ笑みを漏らしていつもの帰り道を歩いた。 いつも学校の帰り道に寄っているゲーセンの前に来て一度立ち止まって中を見てみると、また新しくゲームが増えていた。悠太と合流出来たらここに来よう。そう考えながらそのゲーセンを後にしてまたこの暑い中を歩きだした。 車がよく通る交差点に差し掛かり、オレは歩行者用の信号機が赤色を灯していることに気付き足を止める。ここの信号機少し長いんだよな、と思い少しうんざりしつつちゃんと待つ。 「直樹今どの辺?」 「今ちょっと長い信号機のところ。早く青になんねえかな」 「な、直樹…それってつまり早く俺に会いたいってこと…!?」 「違いますからあー勘違いしないでくださあーい」 電話の向こう側にいる悠太が「なんだあー」と残念そうに言った。オレはそれに対してはは、と笑い声を漏らす。 いつもとなんら変わりの無い日常。こんな日常がこれからもずっと続いていくのだろう。それでもいい。オレはこんな日常が結構好きだからだ。 信号機がようやく青に変わる。この信号機が青になるといつも聞こえるとおりゃんせのメロディ。それに合わせるようにオレは足を踏み出した。すると、さっと悠太の雰囲気が変わったのが電話越しにでも伝わった。 「……なあ、直樹」 いつもとは打って変わってふざけた口調ではなく、真剣な口調でオレの名前を呼んだ。どうしたんだ、こいつ。 「なんだよ?急に真剣な声になって。あ、もしかしてトイレ行きたくなったんだろ?行ってこいよ。ちゃんと待っててやるから」 オレの冗談に対して何も返事がない。なんだよ、たまにはオレだって冗談言うこともあるんだぞ。何か言ってくれないとオレが滑ったみたいだろうが。 じきに横断歩道を渡り終わる。何も言わない親友を不審に思いながら歩を進める。すると、悠太の息を吸った音が聞こえた。その息の音がやけに大きく聞こえた。 「――トラックには、気をつけろよ」 「………え?」 間の抜けた声を漏らして直後、強烈なブレーキ音と大きなクラクションの音が聞こえた。とおりゃんせのメロディが、やけにうるさい。世界の音が、消える。 ぼんやりとした意識の中で、オレはきっと仰向けで大の字で道路に寝転がっているのだろうと思った。そうじゃないと、こんなに視界一面に空が映ることなんてないだろうから。思い出したように全身に鈍い痛みが走る。オレは今どうなっている。首を動かせない。オレの体に空を見せられている。 地面にたたきつけられるような衝撃の前に、オレは親友の顔を見た。ここにあいつはいない。きっと、話に聞いた走馬灯というものだろう。つまり、オレは。 耳元で聞こえる親友の声。きっと耳元にオレの携帯が落ちているのだろう。じゃなかったら、こんなに近くで声が聞こえるはずがない。 「直樹!直樹ッ!おい!どうしたんだ!直樹!何か言えよ!!直樹!」 必死にオレの名前呼んでオレの言葉を待つ親友の声が頭に響く。声を出そうとしても、声が出ない。どこからかヒューヒューと空気の抜ける音が聞こえる。 「嘘だろ…!なんで、どうして…!!」 そんな声が、聞こえた。オレは急激な体の冷えと脱力感に身を任せる。 目を、瞑った。 |
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