01 : いつもの朝


耳障りな音が聞こえる。よく聞き慣れた音、いや、曲だ。
オレは目を閉じたまま頭の周辺にあるであろうその耳障りな曲の原因を手探りで探した。指先に触れた硬くて少し温かくなってしまっているそれを手に持って顔の前に持ってくる。重いまぶたを少しだけ開いて顔の前に持ってきた携帯の画面を見てみると、よく見慣れた名前が映し出されていた。名前の他にも映し出されている日付と時間を見てみると、八月十五日六時とあった。

「…またかよこいつ。……まだ寝れるじゃねえかよ…」

さっきまで重かったまぶたが段々と重くなくなっていっているのを感じて、オレは盛大にため息を吐いて暑苦しい掛布団を横に寄せて上半身を起き上がらせた。そして、いつまでも鳴り止まない着信音を止めようと携帯の画面をタッチする。オレが携帯を耳に当てるより先にこんな朝っぱらに電話をかけてきたそいつはオレの名前を呼んだ。

「あっ!直樹ようやく出た!心配したんだぞ…!あとおっはよー!」

「…毎日毎日本当飽きないよなおまえ…」

「だってこうでもしないと夏期講習行かないつもりだろー?ダメだぞー行かないとー!それに俺も朝から直樹の声聞かないと一日始まった気がしなくてさ、てへへ」

「“も”ってなんだよ“も”って。…ったく」

朝から元気な声をあげてくる親友である悠太の声をはいはいと聞き流しつつ、だるそうにスローペースで学校へ行く準備を始めた。
学校生活での長期休暇である夏休み。どきどきでわくわくで貴重な夏休みの中で行われる夏期講習に今日のように悠太に起こされて嫌々行っていた。今日は一週間という長い地獄のようだった夏期講習の最終日である。最終日くらい休ませてくれてもいいのにと思いつつも言えずに、悠太の話し声に耳を傾けていた。
それにしても、いつになく悠太の声が生き生きしているような気がするような。気のせい、ではないように思えるほどはきはきした口調で話しているため、きっと何かあったのだろう。

「悠太、なんかおまえ今日良いことあった?」

「え、なんで?」

「あ、いや、なんかいつもより元気な気がするから」

「直樹ちゃんと俺のこと見て聞いててくれたんだ!嬉しい!」

うぜえ!それにちゃんと質問に答えてくれていない!そしてこいついつもそんな感じだからなんとなく慣れてきている自分がこわい。
その悠太の返事に対して「うざい」と一言くれてやると、携帯の向こう側の悠太は落ち込んでしまったようだ。本当面倒くさいやつだこいつ、としみじみ思う。

「それで?何かあったのか?」

「……ううん、何もない!直樹の声が聞こえたことが、良いことかな…なんて!照れちゃう!」

「…うざい」

「がーん!二度も言われた!もう立ち直れない…ぐすん」

わざとらしくお決まりの嘘泣きをする悠太にこれもはいはいと流す。携帯を一旦ベッドの上に置き、Tシャツをワイシャツに腕を通してからまた携帯を耳に当てる。着替えは終わったのでちゃんと話を聞いてやるかとベッドに座り込む。

「今日もバイトか?」

「そうだよ!でも今日は午前で上がれるみたいなんだ。午後遊ばね?」

「へえー別に構わねえけど」

「まじで!?やったうひょーい!じゃあそっち終わったころにまた電話するわ!じゃっ!」

そう言って電話を切った悠太に、オレはまたため息を吐いた。そっちからかけておいてこれだ。まあ、オレが電話を切ることなんて滅多にないけれど。本当悠太は嵐のようなやつで疲れるが、一緒にいて楽しいと思えるやつだ。

「…さて、と」

オレはそう言ってベッドから立ち上がる。携帯をベッドに放り投げてから朝食を食べるために自室を出て階段を下りて行った。
ムシムシとこもったような暑さにうんざりしつつ外から聞こえる蝉の声に耳を傾けていた。



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