00 : プロローグ


暑い。そして、寒い。
視界いっぱいに広がる青と白。あれはなんだっけ。頭の中がついさっき起こった出来事の衝撃でぐちゃぐちゃに乱されてしまって、上手く整理ができない。
そうだ、あれは空だ。退屈な教室から頬杖をついて、ぼんやりと窓から眺めていたいつもと変わらない夏の空だ。それを思い出したオレは安心したように体の力を抜いた。そもそも、全身に力などはいらないのだが。
口に広がるのは、鉄をそのまま食べているのかと感じてしまうほどの鉄の味。当然、鉄を食べたことはないし、この味を好んでなんていない。むしろ気持ちが悪くて吐きそうだった。咳き込む。鉄の味が喉も支配し出す。
これからオレはどうなるんだ。そんなこと、暑さと衝撃でぼんやりとしている頭でもなんとなく理解できた。
周りの野次馬の声に紛れて聞こえてくるのは、歩行者用の信号機から聞こえる聞き覚えのあるメロディと、右手に持っていた携帯から聞こえる聞き慣れた声だった。うるさいな。騒がしい。そう思っていると周りの声がどんどんと小さくなっていくのを感じた。同時に、青一面だった視界も赤黒く霞んでいく。力が、抜けて行く。
呼ばれる。名前をずっと呼ばれる。ひたすらに、ずっと。もういい。もう、いいんだ。オレはもう、名前を呼ばれたってそれに対して何の返事もできなくなる。だから、もういい。

「……と…りゃ……せ……とお……や…せ……」

信号機から聞こえる聞き覚えのある歌を歌ってみる。口からは液体が溢れ、歌も音程がバラバラで聞けるものではなかった。だけど、気付いてほしかった。携帯の向こう側にいるあいつに、オレがここにいるって。ただ、それだけ。
携帯からは声が聞こえなくなる。あいつが声を出すのを止めたのか、それともオレがもう聞こえなくなってしまったのか。だが、そんなのどうでもよかった。
オレは歌うのを止めた。遠くから救急車の音が聞こえた。誰かが呼んだのだろう。だが、それもどうでもよかった。
閉じた口をまた開いて、たぶん最期であろう言葉を口にする。

「………ゆ……た………」

おい、聞こえるか馬鹿野郎。呼んでやったんだ、返事でもなんでもしてみろ。
オレの思っていること、全部伝わったとは思わない。全部なんて伝えきれない。でも、それでも。オレがここにいたってことをおまえが忘れないでいてくれるなら、オレはずっと生きていられるような、そんな気がしたんだ。
おまえと出会えてよかった。おまえと親友でいられてよかった。楽しかった。嬉しかった。いっぱい、いっぱい、ありがとう。返せなくて、ごめん。また会えたら、会おうな。

青い空。白い雲。その下で過ごした親友の名前。思い出。夏の温度。
それらをオレは、きっとずっと、忘れることはないだろう。



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