プロローグ

ぽかぽかとした朝の日差しに反射して鋭くそして力強くキラリと光る。その光を縦に横に伸ばして光の軌跡を描いてゆく。
芝生の上で剣を振るっているのは一人の青年だった。剣の一振り一振りをまっすぐ見据え、ひたすらに剣を振っては頬を滑る汗を輝かせている。


「――ギヴァ」


名前を呼ばれたらしい青年は剣を振るのを止めて額の汗を腕で乱暴に拭いつつ名前を呼んだ人物の方へ視線を向ける。


「ネス…?」


ギヴァは笑顔を浮かべて呆れたようにため息を吐いたネスの名前を呼んだ。その辺に放っておいたタオルをしゃがみもせずに拾い上げ、腕で拭いきれなかった汗をまたも乱暴に拭う。


「相変わらず君はここで素振りか?」


「うん!」


パッと嬉しそうに笑って頷いたギヴァにネスはさっきよりも深いため息を吐いて見せた。そんなネスを不思議そうに眺めて首を傾げ「そういえばネス」と話を振ってみる。


「ネスがここに来るなんて、俺また何か忘れてたっけ?」


とぼけているのか本当に忘れているのかわからないギヴァを相手にネスは眉をひそめつつギヴァを睨みつけた。なんで睨みつけているのかわからなそうにいまだに首を傾げて瞬きを繰り返しているギヴァを見て、ネスはうんざりしたように腕を組む。


「いくら君でも、今日に限ってはそんなことはするまいと思っていたが…。用心して見に来てみれば、案の定とは…」


そう漏らすように言った言葉にギヴァはむっとしたのか頬を膨らませる。


「そんなことってなんだよ。これだって立派な召喚術師になるための訓練なんだからな!ほら、ラウル師範だって言ってたよ?強い召喚術を制御するためには、体力が必要になってくるって!それに、召喚中は術師は無防備なんだし、その辺もカバーしなくちゃいけないし…」


「もういい…。その立派な召喚術師になりたい君が、どうしてこんなところで素振りをしているんだ?」


ネスに問いかけられてギヴァは何のことだろうとううん、と改めて考えてみる。そして思い出したように握った手のひらを開いた手のひらでぽんと叩く。ギヴァが「あ、そういえば」と言い、ネスがようやくかと言わんばかりに首を振った。


「今日って一人前の召喚師になるための試験の日だ」


そう言ったところで空気は凍り付いた。ギヴァの顔がさっと青ざめ冷や汗が吹き出す。
これはちょっと、いや、すっごくやばいんじゃないのか?


「こんなことしてる場合じゃなかったんだ!!」


急に大声で自分に言い聞かせるように声を出して、さっきまで素振りをしていた剣を焦ったように鞘に仕舞い、さっきまで自分の汗を拭っていたタオルをネスに預ける。


「これ俺の部屋のどこでもいいから置いておいて!どっかにぺいって捨てておいてもいいから!お願いネス!」


そう言い残してネスの返事も聞かずに直ぐ様走り出したギヴァ。ネスが「お、おい」と言ったのも聞こえていないのだろう。全速力で走っているのかもうすでにギヴァの姿は見えない。
ネスはギヴァから預かったタオルをしげしげと見つめながら癖になりつつあるのであろうため息をまた吐いた。


「授業はちゃんと出てるし、話もちゃんと聞いているようだが、たまにこうやって授業を受け忘れるからなあいつは…」


ネスは独り言を呟いて仕方ないといった様子でギヴァから預かったタオルを部屋に持っていこうと歩き出し、その場を後にした。




“召喚術の暴発”。
その時のことを俺はあまり覚えていない。気づいたら俺は牢屋の中にいて、俺が召喚術の暴発を起こしたと看守さんに言われた。そして、自分には召喚術を使うために必要な素質があったのだと気付かされたのだ。そのまま俺は今いる場所ここ、蒼の派閥へ連れてこられた。それからというもの、俺は一人前の騎士ではなく召喚師になるための訓練をここで受けてきた。俺に選択の余地などなしに、だ。




扉の前で深呼吸をしつつしゃべる言葉を頭の中で反復し、冷静になろうとする。大きく息を吸って、肺の中の空気をすべて吐き出して、扉をキッと見据えた。
よし、頑張れギヴァ。
そう自分で自分を応援して、扉を数回ノックしてドアノブを回した。
部屋にはたくさんの本棚と隙間などなく並べてある本がある。そしてその部屋にある机にはしかめっ面の中年男性一人と優しそうな笑顔を浮かべる老人一人がいた。
俺は緊張で固まった表情と体でさっきまで反復していた言葉を口にする。


「蒼の派閥召喚師見習いギヴァ、ただいま参りました」


噛まずに言えた、と少しだけ安堵して緊張をわずかながらもほぐれるのを感じていると、試験の立会人である老人ラウル師範は先ほどよりもくしゃりとした笑みで「おお、待っておったぞギヴァよ」と言ってくれた。俺は表情が緩んでしまうのを試験中であるためにぐっと堪えて横目に一瞥をして、真っ直ぐにしかめっ面の中年男性を見つめる。


「時間ぎりぎりか…。てっきり試験を受けるのがこわくなって逃げたかと思ったぞ」


自分の腕時計を大袈裟な仕草で見てそう言った今回の試験監督である中年男性のフリップはことあるごとに“成り上がり”と言ってくる嫌な奴である。俺の苦手な人だ。
そのことを顔に出さないようにして「すみませんでした」と言って頭を下げる。するとフリップはふん、と鼻を鳴らした。


「お前のことじゃ、おおかたネスが来るまで素振りをしておったのじゃろう?」


「あ、あははは…。やっぱり師範にはお見通し、ですかね…?」


ラウル師範の言葉がまさに図星で眉尻を下げて笑う。まあ俺がいつも遅刻する原因といったらそれしかないのだけれど。
それを聞いていたフリップがまたもふん、と鼻をならして「大した自信ではないか」と言った。そこまで自信あるわけじゃないんだけどな、と不安を口にするわけにもいかずに黙り込むことにする。


「どこの馬の骨とも知れぬ“成り上がり”の分際で」


そうあってもなくてもよさ気な余計な言葉を付け足したフリップ。こればかりにはこの俺でもカチンときたわけであって。だがここで怒っても無意味だ。今は試験中であり、相手は試験監督。相手の機嫌を損ねてしまってはいけない。
俺は平静を取り戻そうと深呼吸を数回繰り返す。よし、もう大丈夫。こんなの慣れっこさ。
俺がそんなことをしているとラウル師範がさっきまで浮かべていた笑顔をさっと消し、厳しい顔つきでフリップと向き合う。


「フリップ殿。今の発言は、試験監督として不謹慎ですぞ?」


ラウル師範がフリップに指摘をした。それからラウル師範は俺に向けて笑いかけてくる。
ラウル師範、俺のために…。嬉しくなって俺は頬を少し緩めてしまう。
コホン、とフリップが気を取り直すような咳払いをした。その咳払いを合図に試験会場の空気は再び張り詰める。俺も同様に緊張を取り戻す。


「では試験を開始する!ギヴァ」


「はい」


「目の前のサモナイト石を用い、お前の助けとなる下僕を召喚してみせよ」


俺は目の前のテーブルに乱雑に置かれているサモナイト石に目をやる。
“大事なのは自分と相性のいい属性を見極めること”ってネスが言っていたことを思い出す。自分と相性のいい属性か。どのサモナイト石を見てもいまいちピンとこない。
小さく唸り声をあげながらサモナイト石を見つめていると、隠れるように転がっていた一つのサモナイト石が目に入った。


「よし、決めた」


そう呟いてそのサモナイト石を手に取る。
何度も何度も練習した誓約の言葉。その言葉を今口にする。一度深く呼吸をしてから大きく息を吸った。



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